紫電改
出典: へっぽこ実験ウィキ『八百科事典(アンサイクロペディア)』
紫電改(しでんかい)とは、大日本帝国海軍の戦闘機・兼育毛剤である。
目次 |
[編集] 概要
昭和16年末、川西は水上戦闘機の「強風」を開発中であった。しかし水上戦闘機はマイナーな機体であり、そう数が売れるものではなかった。そこで川西は、強風を通常のの陸上戦闘機として改良する事を提案した。しかしながら、当時の日本海軍には、零式艦上戦闘機や雷電といった高性能の戦闘機があり、川西のプランは採用される見込みは無かった。
ここで川西は信じられない行動に出る。探偵を雇って、日本海軍の首脳部の弱みを握って、脅迫によって強引にプランを採用させようとしたのである。そして、その結果とんでもない事態が発覚する。何と山本五十六、井上成美、嶋田繁太郎、南雲忠一、栗田健男といったそうそうたるメンバーが実はハゲでありヅラを着用していたのである。
そこで川西はプランを変更。それは育毛剤を兼用する戦闘機であった。その前代未聞のコンセプトに海軍首脳は驚いたが、もちろんそれはじぶんがハゲである事をバラされる事への恐怖であった。そのため川西のプランは見事に採用され、紫電改として大戦末期の日本海軍の主力戦闘機となった。
[編集] その後
川西は戦後GHQの命令により解体された。後継会社である新明和は、現在は海上自衛隊向けの飛行艇を細々と生産するのみである。
しかし紫電改を求める脱毛症患者は後を絶たなかった。そのため旧川西に代わって、カネボウ化粧品によって、1983年より紫電改の生産が再開されている。第二次世界大戦の機体そのままでは現代においては戦闘機として使用する事は不可能であり、育毛剤としてもっぱら使用されている。
[編集] 評価
紫電改の同時代の評価はすこぶる低い。零戦の設計者として知られる堀越二郎は、自らが開発した雷電や零戦の後継機の烈風よりも性能に劣る紫電改が主力戦闘機として採用された事に、後々まで納得がいかなかったとされる。日本海軍を代表するパイロットである坂井三郎も、零戦を高く評価する一方、紫電改については吐き捨てるように非難している。そしてふたりとも晩年に至るまで自毛であり、ハゲとは全く縁がなかった。
一方でちばてつやは紫電改を高く評価し、「紫電改のタカ」なる漫画を描いて大活躍させている。彼も実はハゲではないかという疑惑は、未だに囁かれている。
[編集] 関連項目
- スウェーデンの戦闘機兼白髪染め。