義捐金

出典: へっぽこ実験ウィキ『八百科事典(アンサイクロペディア)』
移動先: 案内検索
Wikipedia
ユーモア欠落症患者のために、ウィキペディア専門家気取りたちが「義捐金」の項目を執筆しています。

義捐金(ぎえんきん)とは、無駄金の美称である。

概要[編集]

常用漢字ではないため、あまり見慣れないかも知れないが、「捐(えん)」という漢字には「捨てる」という意味があり、つまり「義捐金」とは「義のために捨てる金」である。義のためなら金も惜しまない、あぁ、何と漢(をとこ)らしい……と、うっとりしている人々に冷や水を浴びせるのが、「義」という漢字にまつわる現実である。

義とは[編集]

「義」という漢字は「正義」「大義」「仁義」など、素晴らしい意味合いの言葉が多いが、その構成をよく見ると「」と「」である。古来、中国大陸においては丸々と肥えた羊は「美しい」ものであり、そもそも「美」という漢字自体が「羊」が「大」きいと書くくらいである。その意味から、「我を美しくあらしめるもの」として「義」は賞賛されたのであるが、解釈によっては「自らを飾り立てるもの」とか「自分が美しい(≒よい)と思うもの」とする事も出来るため、最近では「私が納得しているのだから、金の使い道について、ご意見無用に願いたい」とばかり、パチンコ風俗通い、ブランド品を買い漁ったりする手合いもいる始末。これが「義」の曲解・誤用である。

結論[編集]

義捐金とはすなわち「自分がいいと思ったものに投じる金」であり、ドブに金を捨てる行為とも言えるのである。義捐金によって得られるのは「いい事をした」という満足感だけであり、自分の投じた金がどこへ行こうが、誰の手に渡ろうが[1]知った事ではないのであった。

脚注[編集]

  1. ^ 例えば日本ユニセフは、東北地方太平洋沖地震において集めた義捐金を「自分たちの判断でよそへ送る」と明言していた(2011年3月24日に取り止め)。

関連項目[編集]