翼をください

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「ちゃんと折れないような強度がある翼をください
ボーイング787の開発遅延 について、ボーイング
「ちゃんと折れないように設計された翼をください」
ボーイング787の開発遅延 について、富士重工業
「けど背中にそんなものがあると邪魔だよ」
翼をください について、ポルノグラフィティ
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ユーモア欠落症患者のために、ウィキペディア専門家気取りたちが「翼をください」の項目を執筆しています。
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ユーモア欠落症患者のために、ウィキペディア専門家気取りたちが「赤い鳥」の項目を執筆しています。

翼をください』(つばさをください)は、赤い鳥によって歌われた最後の楽曲である。

本記事では、まず、この楽曲が作曲された背景について説明し、次いで、楽曲についての具体的な解説を述べることとする。

作曲の背景

青い鳥の双子の妹として生まれた赤い鳥(生年不詳)は、物心ついたころから、兄の青い鳥とともに鳥かごの中で慎ましく暮らしていた。

飼い主である2人の人間は、いつも青い鳥と赤い鳥を分け隔てなく扱い、エサも水も充分に与えてくれていた。鳥かごの中という狭いところに閉じ込められてはいたものの、そんなことは気にならぬほど、青い鳥も赤い鳥も幸せであった。

そして、その状態が、何年も何年も続いた。


しかし、あるとき、飼い主の人間たちに異変が起こった。何があったのかよくわからないが、人間たちは「幸せの青い鳥を探しに……」などと言いながら出かけてしまい、それきり、何日経っても帰ってこないのだ。

エサと水は数日分まとめて置かれていたものの、やがてそれも尽き、青い鳥と赤い鳥は飢えと渇きにのべつ悩まされるようになった。野生の鳥であれば、自力でエサと水を求めて飛び回るところだが、青い鳥と赤い鳥は、鍵の掛かった鳥かごのなかに閉じ込められてしまっている。それに、もし鍵が掛かっていなかったとしても、彼らは生まれたときからずっと鳥かごの中で暮らしているのだ。果たしてうまく飛べるものだろうか。いや、そもそも、彼らは自分たちが「」であることを知っているのだろうか。


やがて、極度の飢えで意識が朦朧としてきた赤い鳥は、何ごとかを呟きはじめた。

楽曲解説

1番

 いま私の願いごとが叶うならば、翼がほしい。
 この背中に、鳥のように白い翼、つけてください。

生まれてからずっと飛ぶ機会も無く、他の鳥と出会うことも無く、人間たちと同じ家で暮らしていた青い鳥と赤い鳥に、自分がを持っているという自覚は無かった。彼らは自分たちのことを、まだ未成熟で小さいだけの人間だと思っていた。身体が青かったり赤かったり、かごの中に閉じ込められていたりするのは、その未成熟さゆえのことであろうと思っていた。

彼らにとって、「鳥」とは自分たちのことではなく、まわりの人間たちが読んでいる絵本や、鳥かごのすぐ傍にあるテレビに出てくるだけの存在だったのである。


ふと周りを見渡すと、遠くに水道が見える。遠くと言ってもほんの数メートルしか離れていないのだが、しかし、いまの彼らにとっては無限にも等しい距離である。

あれはいつもお父さんとお母さん(=彼らからみた飼い主の人間たち)が水を出すところだ。せめてあそこまで飛んで行ければ、水が飲めるかも知れないのに。


 この大空に、翼をひろげ、飛んで行きたいよ。
 悲しみのない自由な空へ、翼はためかせ、行きたい。

彼らは悲しかった。もちろん飢えと渇きによる悲しさはあったが、それだけではなく、父と母がいつまでも帰ってこないことが悲しかった。

自分たちは見捨てられたのだろうか。なぜこんなに悲しい思いをしなければならないのだろうか。


——と、彼らが悲しみのうちに最期を迎えようとしていた、そのとき、人間たちは、出かけたときと同じように突然に、彼らの前に再び帰ってきた。

人間たちは、いままでずっと探していた青い鳥が、鳥かごのなかで倒れていることに驚いた。エサと水の皿が空っぽになっていることに気付いたため、人間たちは早速これを補給し、既に動けなくなっている青い鳥を優しく掴んで、水皿とエサ皿に口をつけさせた。
ほどなく青い鳥は意識を取り戻し、以前と同じように美しい声で鳴けるようになった。人間たちは「幸せの青い鳥が死ななくて良かった」などとよくわからないことを言っているが、実際、青い鳥は自分が死なずに済んだことに安堵していた。

一方、赤い鳥はまだ倒れたままになっている。こちらも既に動けなくなっており、自力では水皿やエサ皿まで辿り着けない状態である。

「お父さん、お母さん、妹にも水と食べ物をあげてくれよ」

——青い鳥は叫ぶが、しかし、人間たちには、その叫びも、ただの鳥の囀(さえず)りにしか聞こえない。いや「これで幸せは私たちのものだ」、「まずはテレビ局に連絡をして……」などと浮かれている人間たちに、その囀りさえ聞こえていたかどうか。


やがて人間たちは、青い鳥を別の鳥かごに移すと、青い鳥を連れて再びどこかに行ってしまった。


2番

 いま富とか名誉ならばいらないけれど、翼がほしい
 子供の時夢見たこと、今も同じ夢に見ている


お父さんとお母さんは「トミ」とか「メイヨ」とか言っていたけど、何のことかしら。
そんなことより、私は水と食べ物がほしいのに。
せめて翼があれば、あのお皿くらいまでは飛んでいけるのに。

青い鳥が父と母と一緒にどこかに行ってしまい、ひとりだけになった赤い鳥は、悲しみに沈んでいた。父と母は何故か兄だけを助け、自分のことは助けてくれなかった。そのことが赤い鳥の悲しみに追い討ちをかけ、彼女から生への希望を奪っていった。


赤い鳥は、いつしか夢を見ていた。自分の背中に白い翼が生え、鳥かごから外に出て自由に飛び回っている夢である。鳥かごのある家からはなお外に出られないが、それでも、彼女にとってそれは初めての体験であり、その喜びは言葉にできないほどであった。

外は、こんなに広かったんだ。

もっとも、夢の中といえども飢えや渇きがなくなるわけではない。赤い鳥は、水道の蛇口から滴り落ちる水を舐めて、渇きを癒し、次いで食べ物を探した。
しかし、父や母がいつも食べ物を出してくる箱のなかには、何も見当たらない。青い鳥をどこかに連れて行くときに、一緒に持っていってしまったのだろうか。

ふと、屋根についている天窓の外を見ると、そこには、青い大きな空が広がっている。空は、今までは鳥かごの中からテレビ越しに見るだけのものだったが、いま目の前には真っ青な空が広がっている。飢えは限界に達しつつあったが、鳥の本能ゆえか、赤い鳥は、無性に、この大空を飛んでみたくなった。

人間たちが出掛ける際に慌てていたからか、天窓の施錠は完全でなく、赤い鳥が何回か体当たりをするだけで開けることができた。

初めて見る青い空。初めて飛ぶ大空。

父や母が自分を置いていってしまった悲しみを、赤い鳥は忘れ、自由に空を飛びまわり、そのまま、天高く昇っていった。

 この大空に、翼をひろげ、飛んで行きたいよ。
 悲しみのない自由な空へ、翼はためかせ……

再び帰宅した人間たちと青い鳥が、家じゅうに充満した死臭に驚き、鳥かごのなかでひっそりと息絶えた赤い鳥に気付くのは、この数日後のことである。

 この大空に、翼をひろげ、飛んで行きたいよ。
 悲しみのない自由な空へ、翼はためかせ

 行きたい


外部リンク

関連項目

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