自己中心的

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曖昧さ回避 この項目では、ドラマ『世界の中心で愛を叫ぶ』のファンについて説明しています。全ての物事が自分を中心に回っているかのように思い込むイタイ人については自己中をご覧ください。
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自己中心的(じこちゅうしんてき)とは、ドラマ『世界の中心で愛を叫ぶ』の熱心なファン、およびファン活動が過ぎて自身をドラマの主人公と同一視してしまった中二病罹患者の総称である。

概要[編集]

自己中心とは、空間座標軸を常に自己を基準点とした相対座標で示す考え方で、最も最初の提唱者はルネ・デカルトである。彼は端的に「我考える、故に我在り」とのみ述べたが、後にこの考えは拡張され、空間認知において紛糾する「何処に基準点を設けるか」という問題を一挙に解決してしまった。現在ではカーナビに同座標系が採用され、常に自己の存在地点を中心とした地図が表示されるようになっている。

この座標系の最も優れた点は、常に基準点が観測者(または観測点)に付随していると言うことであり、これは自己を見失っている者にあっても常に一意であるため、極めてシンプルに扱えることである。反面、この座標系の欠点としては、観測者Aと観測者Bの2者が観測を行った際に、相互の観測結果が一定の誤差を含むことである。この場合、観測者Cを加えることで、状況を更に混乱させて問題を解決させることが可能である(→ウォルト・ディズニーの亀)。

自己中心“的”の定義[編集]

自己中心的とは、こういった「自己中心座標系的な価値観念を持つ者」のことで、全ての事象の認識において、まず自己の存在を基準点に据える者達である。

例えば、自分がビルのある所定の階にいる場合は、そのビルのフロアごとに示された階ではなく、自分のいる階を0階とし、自分よりしたの階を-n階、自分より上の階を+n階(nは整数)とみなす。つまり彼らは、どんなに下に降りていっても上に登っても、1階に到着することができない。

また学校でテストがあった場合には、自己の点数を基準点として、自分より点数の高い者を見れば、自分が記憶できなかった事柄を覚えることなどできないのだからカンニングしたのだと考え、自分より点数の低い者を見れば、テストには正解を書いたのだが、書く場所を誤ってしまったために減点されたのだと考える。この場合、平均点の存在は「ただの教師の示した期待値」程度の意味しか持たない。

関連項目[編集]

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