蜻蛉日記

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蜻蛉日記(かげろうにっき、かげろうのにっき、かげろうにき)とは、菅原孝標女おばちゃんでもある右大将道綱母が自身について綴った、自称世界初の同人ではないノンフィクションドキュメンタリーである。小説でもない。

概要[編集]

当時連載されて間もない腐女子向け同人誌である源氏物語を見て、あまりの妄想電波っぷりに憤慨した晩年の筆者が、今迄書き溜めたチラシの裏の山を体裁だけは物語かつ随筆っぽくまとめたものである。ドキュメンタリーであるので3年から5年に及ぶこともある、継続して書かれていない空白期はそのままにして残している。

しかしその彼女のあまりの率直さ―ともすれば桂言葉のようになってしまうような狂おしい感情から、本作をドキュメンタリーは勿論、随筆ですら無く、あたかも小説のように捉えてしまう読者が後を絶たない。出版当時の読者も同様で、本作は枕草子源氏物語のような形式的なキャラクターやマンネリ化した様式美をただなぞっただけのいわゆる人気作品に金だらいすりきり一杯位の冷や水を浴びせ、これらに飽き飽きしていた当時の日本人を驚愕させた。

そのような強いインパクトを与えた最大の要因は、皮肉にも筆者自身の性格が、まさしく前述した形式的なキャラクターやマンネリ化した様式美の主要な要素を複数、そのまま具現化したような存在であったことにある。このことは前述した定義における世界初の件より遙かに興味深い、別の側面での世界初の作品として、その名を轟かせている。そのような人間自身からダイレクトに発せられる、かつ中古三十六歌仙および女房三十六歌仙に名を連ねる者としての文章構築能力から作り込まれたかのように見える生の心情により、強烈なリアリティも兼ね備えていたことから、長い間どの作家も本作を範とする作品を執筆する事はなく、現代語訳や同人誌[1]を制作することが精々であった。

しかし、戦後以降は本作の筋書きが、また近年ではついに本作のキャラクター類型が注目され、インスパイヤオマージュの数々が金太郎飴のごとく量産され続けている。性格の上では主人公またはヒロインとして最適な彼女自身の言動や心情が克明に記されていることが、背景や設定を作りやすい理由となっている。

筋書き[編集]

上巻[編集]

「殿は今日も来ないわ!」ではじまり、「殿はもう1ヶ月もこないわ!」と続き、「殿はやっぱり私がいいのね! でもあの方に比べたら…。」と終わる。

日本におけるツンデレの起源である。当時はまだ物珍しいものであったため、ツンとデレが1:1の比率で繰り返されるという極めて分かりやすい構成となっている。しかし夫が来ない日が増えるにつれ、徐々にツン指向が強まっていく。
今に残るヒロインが引きこもったバンガロー。京都市右京区。

中巻[編集]

「看病してやったのに、殿は元旦すら来なかったわ!」ではじまり、「そんなに私のことが気に入らないのなら、家出してやるんだから!」と続き、「戻ってきてやったわ! でも…、殿のことなんて…、どうでもいいんだから…。」で終わる。

日本におけるヤンデレ、及び現在の類型に通ずるモンスターペアレントの起源である。ツン指向は更に強まり病へと転じ、感情は極めて混乱する。そしてこの混沌は2008年現在ですらみやこびとにとっては片田舎の郊外に位置する鳴滝青少年自然の家への逃避行、そして当施設での引きこもりへと駆り立てさせることとなる。ただ、さすがに対象読者は貴族であるので、残虐な演出は悉く回避されている。

下巻[編集]

「殿の産ませ捨てた娘を引き取ってやるのだから、感謝しなさいよね!…」ではじまり、「道綱! その書き方はノーマナーよ!」と続き、「もう殿は私のことなんて忘れているわよね…。でも、こうして書き残してやったわ!…」と帰結する。

日本における各種物語作品の、番外編や引き延ばし続編原作レイプの虚しさを風刺した内容となっている。「たった1人の半生における晩年すらこのように出涸らしもといかげろうのようなものなのに、どうして小物に過ぎない子孫たちが見栄ばかり張る作り話が面白いのだろうか」と、源氏物語の宇治十帖ドラゴンボールGTに対する痛烈な皮肉となっている。その上で前二巻の底にあった激情というが大幅に外されており、この一転したユルさが逆に感情移入して読破したスイーツ(笑)にとっては、前二巻以上に心をかき乱されるものとなっている。

登場人物[編集]

結納を終えた藤原兼家と後の道綱母。954年平安京にて。

主要人物[編集]

藤原兼家(ふじわらのかねいえ)
不倫は文化」と公言しそうな浮気者であるが、それでも彼直系の子孫(ヒロイン直系ではない)がモデルである光源氏よりはマシである。ヒロインを捨てたかのように思われがちだが、これについては兼家はヒロインのツンデレな所こそ愛していたとする説が学会の主流である。つまり、世界で初めてのツンデレ愛好家。でも毎日見るのは嫌。つまり、女にとっては人をタイプでしか見ない最低の男であり、効率よく人付き合いができる極めて有能な人物でもある。また、浮気をしてもすぐにバレてしまう間抜けさがヒロインの母性本能を刺激し続けていたという説もある。HITACHIでヤり捨てた女が産んだ子供の子孫が、あの小栗上野介花さか天使テンテンくんである。
藤原道綱(ふじわらのみちつな)
兼家とヒロインとの一人息子。自己主張の激しい父母に挟まれて磨き上げられた、生真面目な常識人。母は彼の縁談についてよく苦言を挟んでいる[2]。結婚すれば嫁姑の仁義なき争いが勃発することは確実で、おそらくこれが作中道綱が独身のままでいた重要な要因であるとされている。ひょっとしたら父のように、いや父とは比較にならないほど用意周到にこっそり見えないところであれこれしていたのかもしれないが。苦労性なのか、子孫は断絶した。
藤原道綱母(ふじわらのみちつなのはは)
本作の筆者にしてヒロイン、そして、文学作品におけるツンデレヤンデレかつモンスターペアレントの起源である。同時期の類似したキャラクターといえば、それぞれ葵上六条御息所さぬきのみやつこが挙げられる。しかし彼はともかくとして、彼女らが束になってかかっても、道綱母ほど分かりやすく典型的な類型を描写されているわけではない。
姫君(ひめぎみ)
兼家の隠し娘でヒロインの養女。無口童顔としてヒロインは嫁に出したがらないが、そんな例は若紫を筆頭に幾らでもいた時代である。きっと本当の理由が他にあったのだろう。道綱とは違い、ヒロインはあれこれ思案をめぐらせてはいるもののお節介を焼くことが憚られる存在でもある。
小路の女。藤原兼家により960年頃都内某所にて撮影。

脇役[編集]

時姫(ときひめ)
兼家の正妻。仲睦まじく前述した某モデルをはじめとする子孫にも恵まれた。一時の若さ以外でヒロインが張り合える相手ではない。
小路の女(こうじのおんな)
上巻で兼家がヒロインの許へ行かない間通っていた所。ヒロインは彼女を呪い殺すことに成功し、その時「天罰だわ!」と喜んでいる。
その他
場の収拾に心苦しめるヒロインの父や侍女たち、家出先のキャンプ場職員、兼家や道綱の上司や部下を除けば、あとは全て兼家がお手つきした女ばかりである。

脚注[編集]

  1. ^ 異母近親相姦もの(あわよくば子間でも何かあったかもしれない)[1]が代表的な作品である。
  2. ^ 小倉百人一首に載せられた筆者の和歌は、実際には道綱のために代返したものであるという説が先斗町学会筋では有力である。一方、祇園のみやこ学会では、この歌は最近の若者になりきり皮肉した筆者自身のものであるとしている。

関連項目[編集]

Upsidedownmainpage.jpg 執筆コンテスト
本項は第6回執筆コンテストに出品されました。