裏のおじいちゃん

出典: へっぽこ実験ウィキ『八百科事典(アンサイクロペディア)』
移動先: 案内検索
Wikipedia
ウィキペディア専門家気取りたちも「裏のおじいちゃん」については執筆を躊躇しています。そのような快挙を手際よくやりおおせたことは、我らの誇りです。
「うちがなんじゃない!お前らの家がなんじゃ!」
裏のおじいちゃん について、磯野家の裏のおじいちゃん
ふっふっふっ、"Kamisori"と呼ばれていた頃が懐かしいのう..

裏のおじいちゃん (うらのおじいちゃん)とは、日本を代表する庶民磯野家に隣接する場所に住む80歳ぐらいの老爺を指す。本名は明らかにされていないが、長谷川町子メモなどをみると「浦野二郎左衛門(うらのじろうざえもん)」ではないかと、推定されている。ちなみにその夫人が裏のおばあちゃんである。尚、EDクレジットに拠れば「裏のおじいさん」を通名と使用している可能性も否定できない。

磯野家との確執[編集]

マンガやアニメの「サザエさん」では、とんちんかんで、すっとこどっこいで、蜂の巣をつついたようなうるささで、ハタ迷惑なあの磯野家と、裏のおじいちゃんが親しく行き来している様子が表されている。しかしそれはそれ、大人の事情である。マンガやアニメでぼやかされているが、どうも磯野家とはぎくしゃくした不自然なつき合い方をしているように思われてならない。

アニメの画面をよく見ていただきたい。サザエらが「あら、裏のおじいちゃん、こんにちは」と馴れ馴れしくぶしつけに声を掛けるシーンに出くわすことだろう。裏のおじいちゃんをビデオのスローモーションで再生してみると、眉間にピッとしわが深く刻まれ、サザエを睨み返すようなまなざしを投げかけ、青筋がびくんびくんしている様子を見て取ることができる。

それとかすかに聞こえるおじいちゃんの声を拾ってみよう。サザエに気づかれないようにボソッと「うちがなんじゃない!お前らの家がなんじゃ!」と、剥き出しの怒りの呪いの言葉が吐き出されていることに気づくだろう。しかし通常の再生ではこうした変化は読み取ることが出来ず、日曜夕方6:30から放映されている「サザエさん」を惰性で見ている多くの人々はそんなことを知る由(よし)もなかったのである。

どうやら裏のおじいちゃんは、おそらくおばあちゃんも、磯野家は好きではないらしい。そればかりか今度コトを起こしたら告訴をも辞さない気持ちで一杯である。よく新聞の読者投稿欄に投書しまくる孤独なクレーマー老人を見かけることがあるが、この老夫婦もそういった類の老人らしいのである。だからカツオワカメタラちゃんらが遊びに来ると、この老夫婦がサッと書類を隠して、何事もなかったようにシドロモドロで応対することがあるが、それはたいてい、いけ好かない隣人の悪口を書き連ねた新聞の投書を書きかけたものと見て差し支えない。

しかしこの老夫婦を責めることは出来ない。と言うのも、しょっちゅうトラブルを持ち運んでくる磯野家にいいようにあしらわれ、泣き寝入りすることが多く、夫婦そろって「くやしいのうwwwくやしいのうwww」と嗚咽しているらしいのである。ちなみに裏のおじいちゃん家の磯野家による物質的な被害総額は2億6000万円にも及んでいるという。

また、カツオが波平に怒鳴られるのを聞いて楽しむ嫌味な老夫婦(飼)でもある。ちなみに怒鳴るのをピタリと止めると「磯野さんどうしたんですか?」とか「ワシはカツオちゃんがお父さんに怒鳴られるのを婆さんと楽しみにしてるんじゃよ」と嫌味気に言う。しかし疑問なのは、カツオは嫌味だとも知らずになんとなく気まずいと思うのが不思議なくらいだ。 この事例は度々あり 波平が浦野に言われるとき その日の夜は大声が響くという。

陸軍中野学校最後の生き残り[編集]

しかしこれで裏のおじいちゃんを、ひ弱な老人と侮ってはならない。彼が名前を公にしないのはある種の特務機関に属しているからである。昭和史の裏の裏を知り尽くした大本営参謀の瀬島龍三でさえ「裏さん(裏のおじいちゃん)だけには私は秘密を隠し通すことが出来なかった」と告白している。裏のおじいちゃんは諜報活動で名高い陸軍中野学校の出身であり、21世紀の今日でも存命中の数少ないメンバーの一人である。戦時中は満州国からインドネシアまで渡り歩き大東亜共栄圏の維持に腐心したようである。「剃刀(かみそり)」の仇名でも知られており、敵はおろか、味方すらも恐れられた伝説の武神。

彼のもとでの軍の規律はよその部隊よりも峻厳であったとも伝えられている。

ちなみに裏のおばあちゃんは、戦前には「東洋のマタハリ」とも呼ばれた女スパイ川島芳子の右腕として活躍した女性で、列車爆破、暗号解読、色仕掛けなどお手の物であったらしい。おじいちゃんとは、雪降りしきる極寒の日、南満州鉄道の列車の中で出会ったらしい。両者とも一瞬にしてその筋の者と察知したが、やはり恋は魔物である。二人ともスパイ稼業そっちのけで甘い恋に落ちていったらしい。ランデヴーに浸るまもなく1945年8月に満州国が崩壊すると、必死の逃避行で日本に戻り、戦後の混乱期には筆舌に尽くしがたい辛酸を舐めたと言う。

裏のおじいちゃんと中島のおじいちゃんの秘密[編集]

やがて戦時下のスパイ活動を告発されそうになってこの夫婦にも危機が迫る。この当時ようやく東京は世田谷あさひが丘に居を構え、安定した生活を迎えようとした矢先のことであった。場合によっては極東国際軍事裁判にて告発される可能性すらあったのである。しかしそんな彼を庇ってくれた人物がいる。カツオの友人に中島ひろしがいるが、その中島のおじいちゃんこそ、裏のおじいちゃんの苦境を救ってくれた大恩人だったのである。

余談だが「サザエさん」は戦後の闇市の時代から連載が始まっている。この歴史的状況をまず理解されたい。だからカツオは終戦時に闇市の買出しに連れて行かれたし、同学年である中島も同じような状況にあったと考えてよいだろう。中島の家には何故、おじいちゃんと兄しかいないのか考えたことはないだろうか。「サザエさん」ではおおっぴらにされていないが、実は彼は東京大空襲で兄と祖父以外の身内を失っているのである。若年にして両親を失った孫を哀れみ、日本の再建を夢見る「中島のおじいちゃん」にとって、陸軍中野学校出身のエリート「裏のおじいちゃん」は、まさに惜しむべき逸材であり、むざむざと戦勝国の法廷に差し出すわけには行かなかったのである。

あさひが丘町内会に大きな力を持つ「中島のおじいちゃん」は、町内で鼻つまみ者だった磯野家に隠れるように「裏のおじいちゃん」の新居を提供し、世間の目が磯野家のお馬鹿な行いによって目くらましされることをいいことに、彼らの身の安全を保障したのである。裏のおじいちゃんとおばあちゃんはここでようやく腰を落ち着け、磯野家に隠れるようにして諜報活動やその他の活動に従事できるようになったのである。日本の冷戦時代の諜報機関の中枢はあさひが丘にあったと言っても過言ではない。

しかし予想に反しててこずったのが、磯野家メンバーの馬鹿騒ぎであった。「磯野家との確執」の項でも前述したように、こいつらのろくでもない行為が、どんなにか諜報活動を妨げたかは想像するに難くない。世間をはばかって生きているように見えながら、実質日本の諜報活動を切り盛りし、日本の安全保障を全うしていたのは、この裏のおじいちゃんだったのである。「うちがなんじゃない!お前らの家がなんじゃ!」という台詞(セリフ)は、テレビで「サザエさん」を惰性で見ている多くの日本人に向けた警鐘だったのかもしれない。

ちなみに磯野家に対するあり余るほどの苛立ちと憤りを、奴らを叩きのめす方向で晴らさないのか、という問いについて、裏のおじいちゃん曰く、『中島のおじいちゃんには大恩ある身、よって中島老の孫が「あのけったくそ悪い磯野のガキ』と友人である限り、磯野家に大々的な報復はしない。だが中島孫と磯野のガキが絶交でもしたら、磯野家には何の義理もない、全精力を傾けてあの忌々しい一家を根こそぎ潰す、猫一匹だとて容赦はしない、以上」、と語っている。

関連項目[編集]