西麻布

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西麻布(にしあざぶ)は、東京港区の行政区画。六本木赤坂青山白金といった「オタクが入りにくいゾーン」の中核をなす地域であり、バブル期以来ギョーカイの隠れ家的存在としてトレンドの発信源になってきた地域である。この項目を読む君がオタクだったら読まなくてもいいよ。どうせ全然関係ないことだから。さっさと行った、行った、シッシッ!

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陸の孤島[編集]

2000年の東京地下鉄南北線麻布十番駅開通まで、港区麻布は陸の孤島と呼ばれてきた。近隣地域が発展する一方で、坂による高低差の激しいこの地域は、江戸時代はおろか古(いにしえ)の武蔵野の面影が色濃く残り、しばらく電気・水道・ガス・電話のライフライン設置すらおぼつかない時期が長く続いた。

なにしろ麻布狸穴町(あざぶまみあなちょう)という地名があるくらいである。この地域では21世紀になるまで狸が各地に生息し、その穴に嵌(はま)って、ジタバタしながらもがき続ける間抜けな住民をよく見かけたものである。ちなみに「」をこの地域の東京方言では「まみ」と呼ぶ。近年まで山瀬まみを狸が化けた小娘だと思っていた住民もいるらしい。

しかしこうした麻布の交通の悪さを転用して、発展したのが西麻布である。とにかく六本木にすぐ隣接しているのに、めったなことでは他人が来ない。日頃パパラッチに追いかけられプライバシーをズタズタにされているギョーカイ人士や芸能人は、これ幸いと1980年代後半には、この地域に揃いも揃って隠れ家を作り始めたのである。

ギョーカイ人とバー[編集]

タクシーや車でないと遊びに行けない街、それが西麻布である。彼らギョーカイ人の行きつけの店には、秘密の個室、隠し扉、抜け道、釣り天井など伊賀忍者屋敷も真っ青な仕掛けがなされ、顔の知れた人でなければ理解できない符牒や合言葉が用いられたのである。例えば「オレこないだサァ、ジンガイのパツキンのナオンとテルホにシケこんでリーヤしたんだけど……」といった、およそ普通の一般ピープルには理解できない言葉がしばしば使われた。

そうして彼らは1980年代のバブル期には独特な文化を生み出したのである。カフェ・バー、プール・バー、ダイニング・バー、ジンガイのチャン・バー、そして寿司バーがそれである。特にハチマキした毛むくじゃらの手のオッサンが握る、生の魚の肉とすっぱいコメをギュッギュッと握っただけの見るからにいけ好かない野蛮な料理「寿司」が、外国人も絶賛して涙を流すような食べ物として認知されたのは、この時代の寿司バーの存在が大きい。そしてわたせせいぞうのイラストに出てくるようなカップルが、「君の瞳に乾杯!」を口にして、フルーツの突き刺さった変な色のカクテルを傾けながら、アボガドとツナが入ったカリフォルニア巻きを食べる、そんなシーンがこの時代を席巻したのである。まさに「バブルにGO!」である。

「雨の西麻布」[編集]

バブル最末期にはこうしたギョーカイ人の秘密の隠れ家が続々と並び立ち、愛人や二号さん、妾(めかけ)や隠し子、辣腕プロデューサーにあやしいスポンサー、枕営業デリヘル、タニマチに闇金まで、芸能界が秘密にしているありとあらゆる隠し事がこの街に集まってきた。赤坂の某局や、六本木の某局ではとても口に出せない噂が飛び交い、この街全体がスキャンダラスな存在に変わっていったのである。しかし一方ではパパラッチもこの街をあきらめたわけではなく、「芸能人のよく行くあの店」「芸能人に出会える店」をダシに、この隠し砦(とりで)を掘り崩そうとしたのである。

こうして芸能人とレポーターたちの終るはずのない熱い取材合戦は今日も続く。この熱気を冷ますかのように、この街にはよく雨が降る。西麻布には雨がよく似合う。「長崎は今日も雨だった」の長崎、日本で最も年間降水量の多い都市尾鷲、それらの街を抜いて「雨の街」と言えば「西麻布」なのである。この街はいつも泣いている。とんねるずの絶叫そのもののように。

関連項目[編集]