謦咳に接する

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謦咳に接する(けいがいにせっする)とは、明晰な人、偉大な人物から直々に風邪をうつしてもらうという、極めてナンセンスな行為である。

謦咳という呼称について[編集]

謦咳とは偉い人の咳を意味する言葉である。だが、仮令偉い人が発し様が、咳は咳である。ウィルスを大量に発散する、ばっちい行為である。しかしながら、大衆達は、「偉人が出したものだから」という理由で咳にすら値千金の価値をつけ、「謦咳」という、大仰な名称で呼ぶ。きっと彼らは、排泄物吐瀉物でさえ、偉人が放出したものであれば金塊並の値打ちを付けるのだろう。

方法[編集]

文豪、哲学者、宗教家、誰でもいい。顕著な業績を成し遂げ、世間から礼賛されている「偉人」で、かつ、風邪をひいている人物に直に会いに行って対面し、「風邪をうつしてください」と要望して、咳をしてもらってウィルスを自分に感染させる。これだけでOK、「謦咳に接した」ことになる。

しかしながら、多くの偉人はスケジュールが過密であり、時間が開いていたとしても我々のような貧弱一般人と直に対面することを承諾する確率は天文学的に低い。彼らの内、風邪をひいている人物のみにターゲットを限定すれば、その確率は更に下がる。しかも、出会い頭早々、開口一番に「風邪をうつしてください」というのはあまりにも礼を失している。偉人は風変わりな人が多いとは言え、機嫌よく承諾し、ゴホンゴホンと咳をしてくれるような気前のいい人は早々いない。風邪をうつしてもらうという馬鹿げた行為だが、達成するのはとても難しいのだ。

何故自発的に風邪をうつしてもらうのか[編集]

そのような難儀なことをしてまで、何故風邪をうつしてもらうのか。いかに相手が偉い人とはいえ、風邪をうつされていい事なんて一つも無いはずなのに。

だが謦咳に接したい人達は、偉人から風邪をうつされることを一日千秋の思いで待ち続け、その機会を得るために奔走し、あらゆる手段を尽くすことを厭わない。何故、謦咳に接したい人達はここまでの行動を見せるのだろう。その根幹にあるのは、一つの風聞である。その風聞の趣旨は「偉人から風邪をうつされると、ウィルスと同時にその偉人が持っている明晰な思考も感染し、自分もまた偉人になれる」というものである。

これは決して風聞ではなく検証可能な事実であるという見解もある。事実であると主張する人々が論拠とする話がある。正岡子規の弟子として知られる河東碧梧桐高浜虚子は、元々は凡庸な才覚の人物だったのだが、難病を煩っていた師匠の子規に、顔面に咳と、ついでに吐血をぶっかけられたことで、咳や吐血と一緒に活性化した思考が伝播して、子規譲りの卓越した才覚を会得し、共に後世に名を残す俳人になれたという。いかにも胡散臭いエピソードだが、今日の日本の文学界ではさも実話として流布している。嘘も百回言えば事実になるということだろう。

謦咳に接すれば接した偉人なみに偉くなれるのは本当か[編集]

効能の真贋については、科学的観点から入念な調査が行われてきた。その結果、文豪や俳人と共に暮らし、謦咳に接することも多かったであろう門人達の多くが、師匠同様、あるいは師匠以上の文化人となっている事例なども鑑み、八割方事実であるというお墨付きが学会からでた。しかしながら、残念なことに思考の鋭敏化が顕在する時間については個人差があることが指摘されており、人によっては思考が洗練される前に、一緒にうつされた風邪やウィルスに身体を蝕まれて死んでしまうこともある。

関連項目[編集]