豊桜俊昭
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豊桜 俊昭(とよざくら としあき、1974年3月12日 - )は、ヒロシマ出身で、陸奥部屋所属の現役相撲レスラー。本名は向 俊昭(むこう - )、実兄は北の湖部屋の北桜。
[編集] 来歴
父は元三段目力士の豊櫻。父は兄北桜よりも弟の方を愛していたため、父の名を継ぐことになった。北桜については北桜の項を参照のこと。また、兄弟仲が悪く(公の場ではそれほど悪いようには見せていない)、兄が北の湖部屋に入門したと知ると、自身は一門も違う立田川部屋に入門(北の湖部屋は出羽海一門、立田川部屋は時津風一門)した。
1998年9月場所、十両に昇進。なんと、北桜も実質新十両であり、これを不愉快に思った豊桜は、不調を装って負け越し(7勝8敗)、東十両12枚目ながら、翌場所は西幕下筆頭となった。
すぐに関取復帰するのは尺に触るとして、陥落場所も怪我を装って休場。途中出場で、兄弟不仲を隠そうとした。結果的に1つの白星を手に入れた上に、8番相撲までとったため結果は2勝3敗3休となった。
2000年3月場所、兄が不調で幕下陥落は免れない状況となったため、「給料がない生活は嫌だから」という理由で奮起、西幕下筆頭で5勝2敗をあげて再十両。翌5月場所は西十両11枚目(北桜は西幕下2枚目)となった。
2000年7月場所、西十両8枚目であった豊桜は、東十両11枚目の北桜の存在に怒りを覚え、相撲がバラバラに。4勝11敗で幕下陥落となった。
時は流れて2003年11月場所、新入幕。北桜はこの時十両。
2006年1月場所、北桜と同時幕内となったこれを不快に思い、すぐに陥落。
2008年1月場所中、北桜の奮闘に大激怒した豊桜は、部屋の若い衆に八つ当たり。協会からは減俸処分、さらには書類送検となった。実は、2007年6月26日の、時津風部屋で行われた殺人相撲の稽古に参加していたといわれる。
[編集] ハゲの進行具合
- 北桜 白露山ほどではないが、かなり進行している。
- 豊桜 ハゲとは言いがたい。
[編集] 関連項目
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