豊聡耳神子

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豊聡耳神子
豊聡耳神子.jpg
基本資料
本名 豊聡耳神子 
通り名 聖徳道士聖徳太子 
身体情報 ノーパン? 
職業 皇族 
好物 道教 
嫌物 仏教関係 
所属 霊廟
親戚等
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豊聡耳神子(とよさとみみの みこ)は、飛鳥時代を生きた摂政聖徳太子である。現在は幻想郷に復活し、道教の布教をしている。

東方神霊廟にも出演しており、6面ボスである。テーマ曲は『聖徳伝説 ~ True Administrator


特徴[編集]

数々の逸話や偉業を成し遂げた聖人であり政治家でもある彼女ことはアンサイクロペディア内にもあるのでこのあたりは割愛する。ただ、聖徳太子とは通称のようなものであり本名ははっきりとしていない。豊聡耳というのもそのうちの一つであり、「十人同時に話しかけられても聞き分けることができた」という逸話から名付けられたと言われている。

また、幼少期に厩戸皇子と呼ばれていたことから分かるように、世継ぎの男児に恵まれなかった父用明天皇が苦肉の策として女である豊聡耳を男として育てられた。そのため幻想郷で男の娘と間違われるリグルの気持ちがよく分かり、二人は意外と仲がよい。

こうした偉人にはありがちな「寿命で死にたくない」という願望もあったようで、邪仙である霍青娥につけこまれるような形で道教の研究に没頭し、その最中劇薬で魔法使いのように体を壊したから尸解仙(死んでから復活する仙人)になろうとして姑の物部布都を実験台にするなど行動も結構見られる。

摂政時代[編集]

自身への嫌悪感[編集]

父親によってフランスの近衛師団のように男として育てられ、その才能から推古天皇の摂政として親族の蘇我馬子と共に日本の政治を担い、同時に仏教の布教に努め人々からあがめられる聖人としての地位を確立した彼女だったが、次第に人の目を気にした振る舞いをしている自身に嫌悪感を抱くようになる。そんな時、中国から来た邪仙、霍青娥に出会いまったく未知なものである道教を知りその魅力にだんだんのめりこむようになっていく。

日本最古の傾奇者[編集]

その奇妙な格好および言動は人々をあっと驚かせた。

それは突然起こった。それまで女性として着飾らなかった彼女が『大きな耳のように見える髪型にヘッドフォン、ノースリーブにスカート』という当時としては誰も思いつかない奇抜な服装で人前に現れ自身を『聖徳王』と名乗ったのである。人々はこの理解不能な彼女の行動に驚愕し「太子は頭のネジが飛んでしまった!」「もう倭国オワタ」と一時的に混乱したが、政治に関しては特別問題視されるような行動は起こしていなかったため、女だと知らない民衆は女装だと思い「だがそれがいい」と次第に彼女のファッションセンスは理解されるようになった。 余談になるが、後の戦国時代の傾奇者の間では男は女装、女は男装が一台ブームだったことは奇妙な一致というしかない。

後に物部氏との間で勃発した丁未の乱においては、黒駒に跨り道教の力を借りいくさ場を一騎がけして部隊を蹴散らす姿に物部軍は恐怖した。ただ、馬子はこの独断行為を快く見てなかったのか、後の記録においては後方で仏像を彫り必勝祈願したという話に置き換わっている。

朝廷での彼女[編集]

彼女の変貌ぶりは朝廷の役人の間ではかなり問題視された。特に彼女の出生の秘密を知っている馬子は彼女が秘密を暴露して蘇我一族の地位を失墜させるのではないかという恐れを抱いた。そこで彼は彼女に娘である蘇我屠自古を嫁がせ、自らの野望のため蘇我氏に嫁いできた物部一族の娘であり、妻の布都をも監視役として送り込むことにした。しかし、彼女の人柄に惚れ込んだ二人は彼女に本気で慕うようになったため意味をなさなくなっている。無論女同士では子供はできないので息子は蘇我一族からの養子、もしくは当時近くにいた小野妹子との隠し子であると思われる。

また、彼女は冠位十二階という冠の色で区別する階級制度を考案したが日本独自色を出したいと考え、服の種類で区別する制度に改良しようと自身でデザインしたものを考案したが保守的な役人達からは猛反対された。そのため実際に着用していたのは慕っていた蘇我屠自古、物部布都の他には小野妹子しかいなかったと言われている。(なお、その階級は袖の無い者ほど低いというものであったという。)

これをきっかけに、今まで以上に斬新すぎる改革を強引に推し進めていったため次第に彼女は朝廷内で孤立するようになった。事実、嫁達以外とはまともに扱ってもらえなかったことが記録されており息子ともうまくいっていなかったようである。しかし、道教の研究を進めたい彼女にとっては好都合であり、馬子にしても目の上のたんこぶになってきた彼女が邪魔しなくなったことをよしとしていたようだ。

眠りについた太子[編集]

道教の研究に没頭し政治から身を遠ざけた彼女は、息子に後の世を託し尸解仙となって妻達と共に眠りについたが、道教を信仰し仏教を欺いたとして仏教の僧侶達によって霊廟ごと封印されてしまった。しかし、太平洋戦争に負けGHQなどの政策によって西洋化が進んだことで仏教の力が小さくなり聖徳太子不在説が浮上してことによって、皮肉にも幻想郷において復活することになる。

人物[編集]

元々聖人であるためか、性格は非常に温厚であり、人種差別とは無縁である。復活できないように神子の霊廟を封印した僧侶達を憎んではおらず、[1]、幻想郷で復活の邪魔をした聖白蓮に対しても、それほど悪い感情は抱いていない様子である。基本的にはしっかりしているが、少々自意識過剰なところもあり、能力の割りに人の話を聞いていなかったりする。そこまで説明すれば、この方が時代を先取りしたアホの子だと分かるだろう。だが、戦闘では最終ボスであるわりにあんまり強くない。嫁達のほうが強いのである。資料にも小野妹子にボコボコにされているものがあるので、戦闘には向かない内政タイプなのだろう。

当時としてはだれも行っていなかった髪染めをおこない、獣耳をイメージした髪型と流行を何世紀も先取る傾きっぷりを発揮している。「和」と書かれたヘッドフォンを装着しているが当時ラジカセとかあるあわけないので完全にデッドウェイトにしかならない無駄っぷりも彼女のこだわりなのだろう。(聞こえすぎるなら目立たない耳栓をすればいい)なお、平安時代に生きた藤原妹紅蓬莱山輝夜は時代相応の服装だったので彼女がさらに際立つ結果となっている。

また、食文化にも精通していたのかコンビニでおなじみのドライカレーおむすびの原型を作ったのも彼女である。(当時はカレーをそのままおむすびに入れたことで妹子に不評だった。)

神子が所持している剣はゲームでもおなじみの国宝『七星剣』である。ただ彼女の戦闘力については触れてはいけない。なぜかかなり低い位置に装着していることを妹子に指摘され叩き折ったことがある。

交友関係[編集]

星蓮船組[編集]

東方星蓮船の中では僧侶である聖白蓮とは因縁がある。霊廟の上に寺を建てて復活の邪魔をしたりと先代の僧侶の教えに従順だったのだろう。とはいえ、後に誤解が解けたのかそれほどまで関係はギクシャクはしてないようである。身体強化の魔法を操るが、太子は力みすぎるだけで似たような状態を作り出せるので、こちらのほうが上だったといえる。

永遠亭組[編集]

後に蘇我一族が無茶苦茶やったことにキレた中大兄皇子蘇我入鹿を暗殺した大化の改新の功績によって藤原の姓を得た藤原氏の一人であるとされるのが藤原妹紅である。 豊聡耳にとっては息子の敵を取ってくれた恩人にあたることになり感謝しきれないことであろう。また、彼女が求めた不老不死を得られる蓬莱の薬を作った八意永琳とも関係は良好であるといえる。

紅魔館組[編集]

中国っぽい妖怪、地下に閉じ込められ続けていた妹様など共通する話題が意外と多い。特に彼女と違いフランは眠につくことなく生きたまま地下に閉じ込められていたのだから、その辛さは比べ物にならないだろう。(まあ人と吸血鬼では時間の流れが違うかもしれないが)

飛鳥時代の関係者[編集]

  • 小野妹子
とにかく名前が覚えやすいが、女と間違われやすい。似たような悩みを浦島太郎も持っていた。
彼女の今までの反動ともいうべき傾いた行動は役人達に理解されず、「アホの太子」と馬鹿にされるようになった。そんな彼女にとっては遣隋使当時から長く付き合い続けていた彼は、嫁達以外では唯一まともに接してくれた人間であり異性だった。いつの間にか妹子に惹かれるようになった彼女だったが、男としてしか意識してなかった太子が女だと知った彼は、彼女がレズだと勘違いしてしまい、一緒にいたいという彼女の願いも空しく共に生きることを拒絶されてしまった。
  • 蘇我蝦夷
自分の姑・物部布戸の兄であり、一時期肉体関係もあった可能性が示唆されているものの当時からすれば同性愛者と勘違いされてしまうことも多々あったようだ。
  • 山背大兄王(息子)
息子と血が繋がっていたか、そもそも愛情があったかどうかさえ怪しい複雑な家庭だったため、関係はかなりギクシャクしていたのか当時の資料にも詳しい逸話等は記載されていない。
どっちにせよ、傾いた格好に周りに女ばかりはべらせ朝廷では馬鹿にされる人物を見て尊敬できるか?と言われてはいと即答できるやつはいないだろう・・・
いい加減な態度を戒められる太子
  • 秦こころ

飛鳥時代に自分が作ったお面に魂が宿って産み出された妖怪。息子・山背大兄王と違って身元が明確なせいか可愛がっているが、実の息子すらまともに愛せない親に甘えられるかといわんばかりに彼女は太子を拒絶しいる。 本人は生まれて間もない娘が、ライバル関係の命蓮寺や愽麗神社に入り浸っているのを気にしている。

奇妙な関係[編集]

彼だけでなく、戦国武将の多くが女性ではなかったという説が浮上している。

実は彼女の復活のチャンスが戦国時代にあった。その鍵が織田信長である。彼も奇抜な格好や思考をした、高いカリスマ性を持つ傾奇者であったが、南蛮文化が入り始めた当時では飛鳥時代ほどのインパクトは無かったともいえる。

彼は当時のあらゆる概念をことごとく破壊して新たな発想によって日本を治めていった。特にこれまでの我が物顔でいた仏教は日本の民と自分へ障害としか映っていなった。そのため比叡山延暦寺の焼き討ちと初めとした仏教の弾圧を徹底的に行いキリスト教の布教を許可するなど、まさに仏教滅亡のピンチを迎えていたことになる。結局本能寺の変によって天下統一はできず、後の天下人である徳川家康が政治的な理由で仏教を保護したことで復活のチャンスはついと消えた。 この際、封印されていなかった青蛾さんが助けてれば・・・という妄想も膨らむが、移り気であるうえ、当時日本にいたという確証があるわけでもないので考えても無駄であろう。

仮に信長が天下を取っていた場合、仏教は間違いなく日本の国教ではなくなっていたことは確かであり封印を解かれた彼女が復活していたことは確実であろう。その際、彼女は信長と共の道を歩むのか、または大きな戦になるのか想像するのは面白い。

現在の彼女[編集]

道教を学んだ時点で国政なんかどうでもよくなっていた彼女(仙人とはそんなもん)は、完全な不老不死のため修行を再開すると同時に暇な際は人里で人生相談をするなどの慈善事業も行うようになっている。 当時は傾いていた服装も、現在となっては特に珍しいというものでもないためか現在は目立つことも無くなっている。自然体のまま過ごせる時代が来てよかったとも言えるだろう。 唯一の欠点としては、仙人特有の自分勝手さによって自分の身の回りの世話を弟子や嫁まかせにしてダラダラしている点であり、最近認知した娘には拒絶されてしまっている。

どこまで傾く気か!

・・・だが、自身が生み出した付喪神が引き起こした異変によってやはり彼女のセンスは傾いていることが再確認された。歴代の傾奇者が好んだマントはともかく、彼女をコントロールするために作り上げたお面のデザインは現代においてもどこか傾いた出来であると話題となった。誰もつけたがらながいが・・・

脚注[編集]

  1. ^ ただ仏教は好きではない。道教が政治には向かなかったので利用しただけ。

関連項目[編集]

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