赤ん坊 (人種)

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赤ん坊(あかんぼう)は人種の一つである。なおこの呼称は「黒ん坊」などと同じく現在では差別用語と見なされるため、代わりに「乳児」(彼らの乳臭い体臭に由来する)や、「赤ちゃん」などぼかした表現が奨励される。

特徴[編集]

その名の通り皮膚がみがかっているためネイティブ・アメリカン発祥だというのが通説だが、「ダーダーダー(ДаДаДа)…」とロシア語を流ちょうに話すという言語的特徴と矛盾する。

しかし個人差を自ら作り出す知性をもつ。

赤ん坊はみな不定型でふにゃふにゃしており、極端に等身が低く、頭でっかちである。常に脈打つ大きなを持っていながら、彼らの自我の形成は不完全で、自己を持たず、他人に完全に依存している。の近くにあるものは指でも何でも吸い付き、他人が笑えば自分もつられて笑う。彼らはに映った自分の姿にも微笑む。文明というものを全く持たないばかりか、判断力にも欠けているのである。平気で地面に手をついて家畜同然に四つ足で歩く。どんな問いに対してもДаと答え、微塵も疑わない。全てのパーツが下に寄ったその顔は個人差に乏しく、残酷なまでに平等であり、頼りない印象を増すばかりである。

差別の歴史[編集]

上記のような特徴が、社会主義共産主義の否定的なイメージを想起させることもあり、赤ん坊はしばしば差別され、不当な扱いを受けてきた。

古代史や神話の世界においては頻繁にいけにえに捧げられたり、何かのついでに殺されたり、食べられたりした。谷に落とされ、水に沈められ、箱に詰めて変形させられた。彼らは何をされても無抵抗を貫き、自分たちの意図を他の種に対して語ることもしなかったが、その頑なな姿勢はやがて、非暴力を重んじる思想信条に基づいたものとして再評価され始めた。

赤ん坊が神聖視され始めたことで、不当な扱いが減ったわけではなかった。彼らは大衆によって教育の名のもとにいっそう激しく蹂躙されることとなり、聖職者からはうとまれるようになった。

牧師で作家のジョナサン・スウィフトは、どんどん増え続ける赤ん坊をキリスト教に対する大いなる脅威とみなした。発狂した彼の目には、彼らが主体なきカルト宗教団体に見えたのである。スウィフトは赤ん坊を食用に供するよう強く訴えたが無視され、人間不信に苛まれつつその生涯を閉じた。

古代マヤ人や中国人が使った方法も廃れることはなく、木の箱がコインロッカーに変わっただけであった。他にもバルコニーから落とされそうになったり、ポストに入れられたりと散々である。それもこれも赤ん坊があまりに無抵抗で、頼りなく、弱者の位置に甘んじているからで、そんなことを続けていても一人前の人間として認めてはもらえないわけで、ほら、その歩き方だよ、やめなさい、いつまで這っているんだ。恥ずかしくないのか。そう、私の手につかまって、ゆっくりと体重を……うわ、やった、立った!えらいねえ、よくできまちたねえ、…おい!ママ!こいつは天才だ!

歴史は繰り返す。

関連項目[編集]

Wikipedia
ウィキペディア専門家気取りたちも「赤ん坊 (人種)」については執筆を躊躇しています。そのような快挙を手際よくやりおおせたことは、我らの誇りです。