足利義量
出典: へっぽこ実験ウィキ『八百科事典(アンサイクロペディア)』
~ 足利義量 について、足利義昭
足利 義量(あしかが よしかず)は、室町幕府第5代将軍で足利義持のたったの一人息子。あまりにも虚弱体質で病気がちだったので、通称「虚弱将軍」。5歳児の頃から自らの虚弱体質を顧みず朝から晩まで飲んだくれ、案の定頓死したこの上ない親不孝者である。義量の頓死にショックを受けた義持は、ガキが酒を飲むことを厳禁する法律を策定、施行し、これは現代における未成年者飲酒禁止法の嚆矢となった。
足利将軍家の中でも最も体重が軽かった将軍でもある。ひどい話でございましょう?義円(後の足利義教)を将軍に推挙せんとする三宝院満済からパワハラ・セクハラを受けていた。当の満済自身が日記の中で暴露している。そのため北村弁護士に頼んでいた。
愛息義量の頓死は父義持の精神に相当な痛手であったらしく、義持はこれ以降すっかり意気消沈してしまい、後継者なんてくじ引きで決めればいいと投げやりな遺言を残して逝去。叔父の義教が6代将軍に就任することとなった。ちなみに義量自身は叔父の足利義教のことを「叔父上は人間じゃなく魔人でおぢゃる…」と後見役の畠山満家に言って、極端に恐れていた。
大した成果も残していないが、一応形式上だけでも将軍に就任したため日本史に名を残し、百科辞典に掲載してもらえる程度の知名度は得ている。きりがないと言いながらも人々は歴史のIF,たらればを好むが、もし義量が生きていたらというたらればを膨らませる人は絶望的に少ない。もし長生きしていれば室町幕府が早々と衰退せずに済んだかもしれないのに。もっとも、彼が生きていたとしたら室町幕府はもう少し安定期が続いていたかもしれないが、義教は還俗できず結果として義教の破天荒な暴政が見られなくなってしまう蓋然性が高く、井沢元彦のようなトンデモ史家や歴史小説家にとってはつまらない歴史となっていただろう。和光同塵の境遇にあった奇才の人足利義教を歴史の表舞台に引きずり出した事が、義量の最大の功績かもしれない。
[編集] 病気のエピソード
- くしゃみで骨折。
- ソフトクリームを食べて風邪を引く。
- 針で指を刺して出血多量で重体。
- その上血友病(血が凝固せずに止まらない病気)。
- 子供をおんぶしてぎっくり腰。
- 午後9時以降に1秒でも遅れて寝ると睡眠障害になる。
- キャッチボールをすると手の指を骨折。
- バットを振ってボールに当てるとバットより先に腕の骨が折れる。
- 指をポキポキ鳴らそうとして指の骨を折る。
- 首をかしげたとたんに首の骨が折れる。
- 「ポロニウム」と聞いただけで被ばくする。
- 「癌」と聞いただけで失神。
- 半径50m以内に風邪を引いた人がいると5秒でうつる。
- 蹴鞠をして、足を複雑骨折。
- 歩いただけで動悸、息切れ。
- 笑っただけで顎が外れる。
- 泣くと水分が不足するくらい泣く。
- 近くで「痛い」と言うと死にそうなくらい勝手に痛がる。
- 痛そうな効果音で瀕死になる。
- 痛車を見ただけで心臓が痛くなる。
- 血を見ると全身の血が噴き出す。
- 興奮すると脳内出血を起こす。
- 細木数子に死刑判決を受けるとショックで即死する。
- 体内の病原菌を消毒するといって飲酒する。結果、症状は悪化。
- ちょっとした段差から落ちても心停止。
- 髪を切っただけで円形脱毛症になる。
- 硬い物を食べただけで歯が全部抜ける。
- 長門争奪戦を見ただけでネトゲ廃人になる。
| 人はこの足利義量の事を嘘だとかいい加減とかいうかもしれない。 でも、見たんだから仕方がない。行ってきたんだから仕方がない。 間違いない、太鼓判。 (Portal:スタブ) |