足軽女
出典: へっぽこ実験ウィキ『八百科事典(アンサイクロペディア)』
足軽女(あしがるおんな)とはアメリカ合衆国のダコタに出没する中世日本の雑兵の一種を生業にする女性である。評判はよくない。
[編集] 概要
足軽とは応仁の乱の頃から戦力として用いられる事の多くなった雑兵の事である。当初は奇襲に用いられる軽歩兵としての運用が殆どであったが、戦国時代になると戦力の中核として弓・鉄砲・槍・投石などを用いて集団戦においての有用性が証明され、戦国大名たちに使用される事になる。江戸時代に入り太平の世になると、武士社会の最下層として組み入れられるか、そうでない場合帰農するなどして次第に存在を消していった。武士の階層としての足軽は同心などと名を変えるなどして江戸時代を通じて存在したが、明治維新以降は完全に姿を消す事になる。もちろん現代の日本において足軽は存在していない。そしてどのような場合でも足軽達は男性であったと言われる。
ところが電子掲示板において現代のアメリカ合衆国国内で足軽の存在が確認されたのである。それも非常に珍しい女性の足軽である。
89 名無しさん@恐縮です:2007/01/30(火) 20:05:13 ID:NvF1pZEhO 友人にダゴタの知り合いがいるが、 この子、あまり評判が良くないらしい 頭が悪い足軽女で、簡単に寝るんだって言ってた
[編集] 考察
足軽女が何者かはこの報告内では言及されていないが、足軽女が現代米国において存在したと言う事は確かである。
武家社会において女性が入り込む余地は基本的にはないが、戦国時代において女性が活躍していたのは周知のとおりである。取った敵兵の首に化粧をするなどが主な仕事ではあったが、中には戦場で活躍したものも居たと言う。高貴な姫君でも忍城攻略戦における甲斐姫や関ヶ原戦役時の九州における立花 誾千代(ぎん千代、ぎんぽっぽ)のように戦場で暴れていた女性がいるため、足軽のような下級武士階級でそのような女性が居た事は想像に難くない。かの徳川家随一の猛将本多忠勝(ホンダム)をして「ワシの若い頃は女が普通にいかめしい格好をして武者働きをしてたし、それは最近の若いもんとは比べもんにならんぐらい強かった」と遠州中泉本多忠勝聞書において書き示している。女性は普通に足軽になれるのである。
足軽は現在で言う兵~下士官の地位であるが、それほど高等な教育を受けずとも訓練さえ受けていれば誰でもなれるため、頭が悪かったとしても一切問題は無い。また「評判が悪い」あたりは応仁の乱の頃から放火略奪など悪事を働く事に慣れていた足軽らしさに溢れているともいえる。軍事上過酷な環境でのサバイバルも考えられ、夜討ち朝駆けなど時間帯を選ばない戦働きも頻繁にあり野営も日常であった。「簡単に寝る」にはそういったいかなる環境においても睡眠を可能にし、わずかな時間でも十分な休息を得るすべを身に付けていることがうかがえる。
一方、アメリカ合衆国のダコタに現われた理由については一切不明であるが、恐らくノースダコタ州あたりが軍勢を率いてカナダに攻め込むために募兵でもしていたのであろう。