軍艦島
出典: へっぽこ実験ウィキ『八百科事典(アンサイクロペディア)』
軍艦島(ぐんかんじま)は、長崎にある島の一つ。名前の通り軍艦に見えることから、かつて住んでいた人々からはそう呼ばれていた。正しくは端島(はしま)。
なお、どの軍艦に見えるのかといった事については、毎年長崎県議会で議論されている。最も多い意見は「土佐」である。
ちなみに本年は何に見えるかまだ決まっていないが、2006年はアニメの「涼宮ハルヒの憂鬱」がヒットしたことにより、作品内のキャラクターより「長門」に見えると決められていた。
[編集] 軍艦島について
- 江戸時代初期、花坂さんというおじいさんが飼い犬に「ここ掘れワンワン」と人間の言葉で言われ、気が狂いそうになりながらも穴を掘ったところ、穴の中から大量の大判小判が出土した。この出来事をきっかけに軍艦島(当時は端島と呼んでいた)に人が集まるようになる。
- 西郷隆盛が沖永良部島に島流しになったと歴史にあるが、実は手違いで軍艦島に島流しされた。その後、この島に眠る大判小判を保釈金として国に献上した。
- 昭和初期、戦争で多くの金が必要になった事で、この島に眠っている財宝を掘り出し戦争費用に当てる。この時島の人口は本土の2~3倍ほどであったと言われている。
- この頃から島の周りをコンクリートで固めたり、不用意に地下通路を作ったりと開発が進み、いつしかその見た目から軍艦島と呼ばれるようになっていた。
- 長崎に原子爆弾が投下された記述について、実は軍艦島に眠る財宝を無きものにしてしまおうと、この島にピンポイントに落とされたものである。だが、この時すでに財宝は掘りつくされており島内にも住民はおらず、アメリカは無人島に爆弾を落としたこととなる。
- 現在は島内の放射能の危険性も消え、廃墟ポイントとして多くの廃墟マニアが集う場所となっている。しかし、現在島内は特殊国家公務員以外は立入禁止となっており、不用意に島に近づく者には発砲が許可されているので大変危険である。なお、島内に近づく魚に対しても発砲が許可されている。
[編集] 軍艦島の活用
この軍艦島を動かそうというアイデアが最初に出たのは江戸時代中期で、複数のからくり技師達が様々な案を出した。
この案は、当時の技術では莫大な費用がかかるとの理由で却下され、日の目を見ることは無かったが、第一次世界大戦以後の大艦巨砲主義の時代、政府がより確実に巨大な戦艦を造る必要性に迫られると、それにあわせるように再び歴史の表舞台に登場した。
このアイデアを実現するため、まず地上部分に各種の構造物を設置し、続いて地下をくりぬく作業が行われた。それに伴って必要な機器を内部に設置し、軍艦としての体裁を整えて行ったのである。
残念なことに、太平洋戦争には完成が間に合わず、工事は一時的に中断された。しかしこの発案は現在、特殊国家公務員に受け継がれており、複雑な地下通路の奥には島の制御区画が設けられ、移動・砲撃・変形・合体が可能である。
この情報は特殊国家公務員の中でも、上層部のみしか知らされておらず、不用意に外部に漏らす発言を行ってしまうと、存在を消されてしまう事が・・・・・・ちょっと待って、チャイムが鳴った。誰か来たみたいだ。ちょっと見てくる。
パン!パン!パン!ドサッ!