遠藤周作
出典: へっぽこ実験ウィキ『八百科事典(アンサイクロペディア)』
- 初めに言葉があった。
- 言葉は神と共にあった。言葉は神であった。
- 言葉は初めに神と共にあった。
- 万物は神によって成り、その内に言葉によらずに成ったものはなかった。
- 言葉のうちに命があり、命は人間を照らす光であった。
- その光の恩恵を受けて、一日中寝床にとどまり、自らの屁にむせる男がいた。その名を狐狸庵といった。
| 遠藤 周作/狐狸庵山人 | ||||||||||||||||||
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キリスト教作家 | ||||||||||||||||||
| 分類 | ||||||||||||||||||
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目次 |
[編集] マンボウによる福音書
[編集] 第一章
- この子何処の子小枝の子、狐狸庵先生の系図。
- アブラハムはイサクをもうけ、イサクは与作を、与作は田吾作とその兄弟たちを、
- 田吾作は正直者と馬鹿者を、馬鹿者は嘘吐きを、
- 嘘吐きは作家を、作家は私にとってのメシヤたる狐狸庵を。
[編集] 第二章
- 狐狸庵の誕生は次のようであった。母イクはツネヒサと結婚していたが、精霊により二人目の子を身ごもっていると分かった。
- ツネヒサがどう思ったかはともかく、男の子が生まれた。
- そして周作と名づけられた。
- 彼が生まれて間もなく、周作の両親は為政者ヘロデの野望を察知して満州に逃れた。
- その地で周作は女の子たちに無理やりおままごとに参加させられるなどしてつらい幼少期を送り、やがてヘロデが死ぬと帰国した。
- 帰国後周作の母イクは彼を教会に連れて行った。
- そこで周作は神父により頭頂部に脱脂綿に染ませた聖水を受けた。
- 後年周作の髪はそこから抜けていった。
- とにもかくにも洗礼を済ませ、「パウロ」の名を与えられて、周作はいつの間にか基督教徒になっていた。
- 周作の父ツネヒサは彼を神学校ならぬ進学校の灘中学校に入学させた。
- 中学では最も優秀なAクラスに入ったが、読書と映画鑑賞を大いに好み、その甲斐あって周作の成績は順調に下がっていった。
- 一学年上がるごとに一つ下のランクのクラスに入れられ、卒業時には最下位のDクラスにいた。
- そのときの志望校は、当時一高と並ぶ難関校、第三高等学校であった。
- そして、神は周作に三度の試練を与えた。
- 周作の浪人三年目に、父ツネヒサは慶応大学の医科を受けるよう息子に命じた。
- 苦しむ周作の夢枕に基督が立ち、こう言われた。
- 「勉学は秀才に任せよ。さらばそれなりに与えられん。」
- そしてそのようになった。
- 父ツネヒサは、無断で願書を書き換えて慶応の文科に合格した周作にこう言った。
- 「行け。好きなようにするがいい。」
- 周作はそのようにした。
- 大学卒業後フランスに留学していた周作に神は再び試練を与えた。
- 周作は血痰を吐いて留学を中止した。
- 「神から幸を受ける私は、災をもまた受けるべきだ。」
- そう言った周作は間もなく幸を受けた。
- 神からの三度目の試練は、周作が作家として再びフランスに赴いた際与えられた。
- 周作はまさにヨブの生まれ変わりであった。
- 周作は手術中に一度死に、蘇った。
- こうして周作は狐狸庵となった。
[編集] アイコによる福音書
[編集] 第一章
- 亀の子、狐狸庵、遠藤周作の福音の始。
- 預言者イザヤ・ベンダザンの言に、「見よ、我なんじの顔の前に我が便を残す。
- 汝に『いざや便出さん』と促されし故なり。」とありける如く、
- その齢に比例して生え際の後退し、眉は三角定規と見まごうばかり、前歯ビテカン・トロプスの如く突出したるその容貌、脱糞とは言わずとも、噴飯ものなり。
- 狐狸庵常に着流しの着物の腰にへこ帯して、布団よりその首のみ覗かせ、惰眠を貪る。
- 文士となりて間もなき頃はその仕事量同期の者に比類なく、出版社にとっては真に善き人でありしが、留学せし折に傷めし肺を再び病みて生死の境を彷徨いて後にそのぐうたら症再発し、万年床を敷きて滅多に出ざれば、庭に糞する犬と時に目の合うこと、この上なく情けなし。
[編集] 第二章
- さて、その昔、狐狸庵山人若き頃の物語。
- 狐狸庵、詰襟に身を包み帰途につかんとすれば、
- はるか前方に白兎のごとき美少女をば見出したる。
- すなわち我なり。
- 狐狸庵距離を保ちつつこの美少女があとを密かに尾行す。
- 共に電車に乗りて、わざとらしく狐狸庵のたまう、
- 「カルピスは恋の味」
- その尊き言葉全く意味を成さねば、我すなわち無視しけり。
- 十数年の後三文文士夫人の身にて再開するも、狐狸庵それと知らず、
- われ利発なれば、たちどころに了解しけり。
- 我が思うに、この狐狸庵すこぶる愚かなれど、我が元夫なる田畑の比にはあらず。
- 男にしては上出来なり。
[編集] アガワによる福音書
[編集] 第一章
- 狐狸庵の有能。
- 我が友人であるから才能があるのはもっともだが、狐狸庵はなかなかであった。
- 作品の質は安定して高い。
- 『海と毒薬』のときはあまりに冴えていて、右翼から抗議が相当あった。
- 大方陸軍あがりの馬鹿だろうが、日本刀を送りつけた奴までいた。
- 陸軍は海軍と違って無茶だから嫌いだ。
- 狐狸庵は、ポルノまがいのものを書いたとか何とか難癖をつけられてノーベル賞をふいにした男である。
- 無能がふんぞり返って人のものを批評している。
- 実にとぼけた話だ。
- 狐狸庵は、作品の量も実に多い。
- あまりに多いので、勝呂や森田ミツやガストンといった同じ名前を複数の作品で使っても、
- エッセイで書いたことを流用しても、お咎めなしなのである。
[編集] 第二章
- 狐狸庵の敬虔。
- 言うまでも無いが、狐狸庵は大変敬虔なキリスト教徒である。
- キリストは苦悩する人間に寄り添って「踏んでもいい」「転んでもいい」と言ってくれる、究極の愛だという。
- ガンジス河はあらゆるものを受け入れ、平等に流してくれる、愛の河なのだという。
- 私にはどう見てもあれはドブ河にしか見えない。
- 肺の手術で死にかけたときも、飼っていた九官鳥が身代わりになって自分が助かったのだと言っていた。
- 「オハヨー」もろくにいえぬような馬鹿な鳥だったらしいから大方自分で頭でも打って死んだのだろうと思ったが言わなかった。
- 狐狸庵がキリストのように見えることもあった。
- 佐藤愛子に右頬をぶたれたら、左の頬もぶたせていた。
- 細君が下着を買いたがったら、上着も買ってやった。
- 公演に来いと言われれば、断わらず何処までも行った。
- 北杜夫が昼飯を求めれば、何杯でも食わせた。
- 息子がモデルガンを買えば、無理して自分の分も買った。
- ただのお人好しとは違うと思いたい。
[編集] 第三章
- 私もそうだが、狐狸庵は友人をとても大事にする男である。
- よく馬鹿騒ぎのパーティーによんでくれた。
- 佐藤愛子の容貌を知っていながら、自らが主催する文士劇のヒロインに抜擢してやった。
- 昼飯時になるといつもやってきて、毛ズネをかきながら厚かましくご馳走になろうとする北杜夫ことキタ・モレオを決して拒まなかった。
- 北が操になって変な電話をかけてきたら付き合ってやり、あとでやり返した。
- 北の馬鹿な歌を最後まで聞いてやっていた。
- 北の手製のコインをうるさがらず全部受け取っていた。
- 北の……もう止そう。
- 私の食い物についての話はともかく、船の話はあいつにしてみれば退屈だったかも知れぬ。
- ともかく狐狸庵はよい友人であった。
- 佐和子もとても気に入っていた。
- 合掌、アーメン。
[編集] 精霊による祝福の言葉

