都下独立問題

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都下独立問題 (とかどくりつもんだい)は増田ジゴロウ2004年に提案した、都下地域の東京都からの独立構想、およびそれに起因する一連の騒動である。


目次

[編集] 2004年

増田ジゴロウは神奈川県のテレビ局であり嫌東京過激派組織であるtvk(Tokyo Versus Kanagawa)で放送していた番組内で構想を発表し、主に都下・神奈川で普及活動を行う。この際、独立後の自治体の呼称をどうするかで議論が白熱した。以下は主な呼称案の例である。

  • 都下県
  • 多摩県
  • 西東京都[1]
  • 三多摩県[2]

[編集] 2005年

普及用DVDを全国に配布した。これにより、都下独立の重要性、および東京23区の傲慢さが全国に知れ渡り、普及活動は軌道に乗ったかに見えた。しかし増田のtvkでのパートナーだった木村カエラが実は23区から送り込まれた刺客だった事が発覚。増田はtvkを脱退する事を余儀なくされた。増田の跡継ぎとして白井ヴィンセントがtvkに加入してからは都下独立構想は語られなくなり、事態は一気に終息へ向かった。

[編集] 2006年

しかし白井は増田の思想を引き継いでいるらしく、2006年には木村カエラが辞職 (事実上解雇された)。木村の跡継ぎには中村優 (穏健派、関西出身、都下ド素人)が選ばれた。


[編集] 関連項目

saku saku

[編集] 注釈

  1. 都から県にランクダウンするのはいかがなものか、という理由で提案されたが、首都が西東京市になってしまうのでは、と心配する声もあった
  2. 響きが埼玉県っぽくてなんかやだ、という理由で却下