金太郎 (史実)

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金太郎(きんたろう)とは、「気は優しくて力持ち」の元祖となったといわれている少年。または彼の冒険譚。

概要[編集]

現在では「金太郎=坂田金時」という等式が定説となっているが、日本にこれほどメルヘンチックな歴史があったかと思うと楽しくなってしまう。現実にはおそらく、足柄山野生児が暮らしており、同じ地域に住んでいた坂田金時がたまたま「気は優しくて力持ち」であったため習合されてしまったものとみられる。実際、ストーリーの中でも足柄の野生児は意味も無く伐採し続け、住処を荒らされたクマを強引に謝罪させるという性格の持ち主であり、力持ちであることは確かだが、「優しかった」という評価は疑問符のつくところである。

足柄の野生児の生涯[編集]

当然ながらとなったのは坂田金時であるため、野生児の人生についてはほとんど知られていない。その後の彼を指し示す史実は今のところ見当たらないことから、おそらくは若くして病気あるいは事故によって亡くなったのだろうと思われる。また食生活の面では、や穀類(おにぎり)が主体であったろうと推測されているため、身体は童話のようなブヨブヨした幼児体型ではなくいわゆるガテン系のようなタイプであり、性的にも早熟であっただろうと考えられる。以下は、現代における男児の平均的な性格に「世間知らず」という要素を加味して推測した、彼の生涯である。

  • 956年頃誕生?
山姥と、彼女の夢に現れたとの間に生まれた?
  • 963年(7歳)
無闇にを伐採し始め、動物たちの住処を荒らす。怒ったクマをなぎ倒し、謝罪させる。以後、クマの背中がお気に入りの場所になる。また、前掛け(出所不明)を身につけるようになったのもこの頃であろう。以後、生涯にわたって全裸の上に赤い前掛けというスタイルにこだわる[1]
  • 965年(9歳)
自分の股間が気になりだす。しばらく無言になる彼をクマが心配する。
  • 966年(10歳)
ときどき内股でクマの腰を締め付けるようになる。みるみるうちに生い茂る陰毛がクマの背にからまってしょうがない。これを通じてクマの毛じらみが移る。
  • 967年(11歳)
クマが歩くときの振動と毛の刺激により、精通を迎える。この頃からクマの背中を洗ってやったり、前掛けを洗濯するなど現実味のある生活を覚えていく。その甲斐あって毛じらみの被害を最小限に抑えた。
  • 969年(13歳)
重みのため、クマの歩行スピードが鈍りはじめる。また、前掛けがつんつるてんになったことで腰紐が食い込み、完全に下半身が露出。
  • 971年(15歳)
クマにまたがっても地に両足が着いてしまい、乗って歩くのが困難となる。並んで歩き始めるのはこの頃である。クマとの間に微妙な距離感が現れる。
  • 972年(16歳)
いままで気づかなかったクマの色々な面が気になりだす。
  • 973年(17歳)
クマと交わる。
  • 974年(享年18)
肛門を通じてクマに宿っていた寄生虫により、死去。

外部リンク[編集]

注釈[編集]

  1. ^ 裸エプロンは男性特有のファッションだったのである。