金子みすゞ

出典: へっぽこ実験ウィキ『八百科事典(アンサイクロペディア)』
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『光り輝くことばたち』の時間です。今回リスナーの皆様にご紹介する金子 みすゞは、1903年(明治36年)に山口県は大津郡の仙崎村に生まれ、1930年(昭和5年)に26歳で自ら命を絶つまでのその短い生涯のうちに、多くの素晴らしい童謡を生み出しました。西條八十をして、「彼女の歌はじつに愛謡措かない」「童謡作家の最大の素養である最も尊いイマジネーションの飛躍を会得している」と賞賛せしめたほどです。彼女の遺した数々の作品は、何かとのすさむような出来事の多い現代日本に生きる私達が忘れかけてしまった、弱いものや小さいものに対して絶えず暖かいまなざしを向けるやさしい心を改めて思い出させてくれます。

では、彼女の代表作『わたしと小鳥と鈴と』をお聴きください。朗読は空野青子さんです。


私が両手を広げても、

お空はちっとも飛べないが、

飛べる小鳥は私のように、

地べたを早くは走れない。


私が体をゆすっても、

きれいな音は出ないけど、

あの鳴る鈴は私のように、

たくさんな歌は知らないよ。


鈴と、小鳥と、それから私、

みんなちがって、みんな、ア、グ、ウングアア!


写真写りのちょっと悪いみすゞちゃん

ちょっと、ほんとに意味分かって読んでんのかしらこの人。アッタマ来ちゃうわ。いいえ、こいつだけじゃない、みんなただ騒いでるだけなんだ。「みんなちがってみんないい」なんて、本気で思ってる奴がいるわけないわ。「個性の尊重」?「オンリーワン」?バカ言うんじゃないわよ。何の苦労も知らない中流階級の能天気野郎どもが、何にも知らないくせに、分かった気になって。くだらないどもの面子の潰し合いに巻き込まれて一生を棒に振った私の気持ちが、あんたらに分かってたまるもんですか。私のは、宮本はねえ、女癖が悪くって、たかが本屋の番頭の癖して妙にプライドが高かったから、叔父さんにちょっといちゃもん付けられたからって、店を飛び出したようなちっちゃな奴で、しかも自分が悪いのに私に八つ当たりしやがるの。お前の文章が誉められるのが気に障るからもう書くなって言うのよ。そこで私が何で離婚しなかったか?決まってんじゃないの、そんなことしたら旦那に子供取られちゃうでしょう?元々子供が欲しかったから結婚したようなものなのに、それじゃ意味ないわよね。ねえ、いいこと、私の生きてた頃はね、はねえ、いくら才能があってもねえ、男の言いなりにならなきゃいけなかったの。そういう時代だったの。分かる?分かんないでしょうね。女がいくら頭がよくても駄目だったの。利口なさくらんぼが気を回したばっかりに、巨きな靴に踏み潰されてしまうの。夫はねえ、バカだからねえ、ふうちゃん(娘)を連れて行こうとしたの、自分だけで育てられると思って。私と一緒に折り紙を折ったりを歌ったりおしゃべりをしたりお風呂に入ったりさくら餅を食べたりしてるときに、あの子がどんなに嬉しそうにしているか知らないで。あんなのと暮らしていたら、あの子はお金ばっかり与えられて性格のひねた子になってしまう。絶対にそんなことさせたくなかった。いいこと、女は大事なものを守るために体を張ることができるのよ、覚えておきなさい腰抜けども。私は遺書を書いて自分で毒を飲んだわ。これであの子は無事祖母のところへ…いいえやっぱり変よ、やっておいて何だけど。なんで夫が生き残って私が死ぬの?おかしな話だよ。それにどうしたって娘は私と離れ離れになるじゃない、ああ可哀想なふうちゃん。そうよ、ふうちゃんは、いえ、ふうちゃんと私は世界一可哀想なの!そうよそうに違いないわ、本当になんて不憫なんでしょう馬鹿な周りの男に翻弄されて。ええバカよ男は、みんな馬鹿。あいつらのお○○ぽなんか腐り落ちちまえばいいんだわ。いいややっぱり死ね、死んでしまえ。みたいにばたばた死ねばいいんだ。

ええ、分かってますよ、私が今感情にまかせて到底筋の通らない無茶苦茶を言っていることくらい。私は本当は控えめで貞淑な良妻賢母ですもの。でももう駄目よ、思い出してしまったんだから。ああ、はらわたが煮えくり返るようだ、このままでは死にきれなブツッ


先ほどは少々ノイズが入ってしまったようで、申し訳ありませんでした。みすゞのは、私達に、「見えないけれども確かにあるものの大切さ」を教えてくれます。子供達にも、しっかりと語り継いでゆきたいですね。『光り輝くことばたち』、来週はサン・テグジュペリの『星の王子様』を紹介します。心に響く言霊が、貴方に幸せを運んできますように。それではサヨウナラ……。

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