鈴鹿サーキット稲生駅
出典: へっぽこ実験ウィキ『八百科事典(アンサイクロペディア)』
鈴鹿サーキット稲生駅(すずかさーきっといのうええき)とは、三重県鈴鹿市にある、JR東海・紀勢本線の駅と信じられているアトラクションである。
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[編集] 駅舎
駅はふだんはサーキットの一部となっている。1989年にアラン・プロストが駅舎に突入して破壊して以来、1990年にはアイルトン・セナが駅構内でカーマゲドンを行う(翌年の記者会見で「わざとぶつけた」と放言する)など、建設しては破壊されを繰り返しているため、常時存在する駅舎というものは存在しない。
[編集] 構造
[編集] ホーム
2面2線のホームを持つ。上り線と下り線それぞれがコース両端に設置された併用軌道となっており、上り線は130R手前とスプーンカーブ直後でそれぞれコースを横断する。このためしばしば列車を300キロで追い抜くレースカーがみられる。 また、この併用軌道はドリフト走行には絶好のキッカケ発生源であり、併用軌道に乗った瞬間に瞬時に横を向き、そのまま130Rを白煙をふりまき高速で走り抜ける光景がしばしばみられる。
[編集] 通路
上り線と下り線は駅の外の連絡通路で繋がっている。この連絡通路は、デグナーからヘアピンへ通じる比較的速度が遅いとされる場所に存在する。前述の通り、駅そのものがサーキットの一部であるため、エクストリーム・抜け道などの競技中に乗降客をはねる事故が多発している。
[編集] 歴史
- 1973年 - 開業。当時は国鉄伊勢線の駅であった。
- 1977年 - 富士スピードウェイにて行われていたエア・レースの日本GPで、ジル・ヴィルヌーブが離陸に失敗して観客席に墜落炎上し観客に多数の死傷者が発生する大惨事となる。以後、日本GPは鈴鹿サーキットで行われることとなり、観客輸送のため駅の移転拡張工事が開始された。
- 1987年 - 国鉄伊勢線の第三セクター移行に伴い、伊勢鉄道の駅となるが、大多数の利用者は紀勢本線と勘違いしており異常に高い料金の原因をよくわかっていない者が大多数である。
[編集] 将来
将来は中央新幹線との乗換駅となるといわれている。完成は2025年ごろとされ、中線を260キロで通過し普通列車を追い抜く上りの新幹線を、レースカーが300キロで追い越し、対向する下りの新幹線から素早く退避する、というスリリングな光景が期待されている。
| この「鈴鹿サーキット稲生駅」は、延伸の案が出ています。延伸して下さる協力者を求めています。 (Portal:スタブ) |


