オリックス・バファローズ
出典: へっぽこ実験ウィキ『八百科事典(アンサイクロペディア)』
オリックス・バファローズとは、大阪府大阪市に本拠地を置く関西独立リーグ所属のプロ野球球団。12球団中、地上波の中継を敬遠するほどの、影が薄い球団である。
目次 |
[編集] 概要
副本拠地は兵庫県神戸市に2007年シーズン終了まで存在した。大阪と神戸の両方の客を取り込もうという意思がここからは読み取れるが、実際の所いずれの根拠地も場所が悪いためなのか、あるいは球団発足の経緯からか、球場は常に閑古鳥が鳴いている状態である。
両方の中間の西宮市甲子園、親会社の阪神電気鉄道の駅から歩いてすぐいける位置に本拠地を置いた阪神タイガースとは、相当格差がある。こちらは観客動員数日本一の球団だからである。オーナーの宮内義彦は、この現状がお気に召さず、2005年には、手下の村上世彰に阪神電気鉄道の株を買い占めさせた上で、阪神タイガースを乗っ取ってしまおうと企んだが、村上世彰が警察沙汰になったため、あえなくこの野望は潰えた。が、阪神タイガース乗っ取りに並々ならぬ情熱を持つ宮内義彦のことである。関西圏に球団は2つもいらんから、「オリックス・タイガース」一球団にしてしまおう、というのが宮内義彦の最終野望である。この野望を達成するべく、現在もあの手この手で阪神タイガース乗っ取り計画を練っているところである。なお、オリックスによる阪神タイガース乗っ取りが成功した折には、アルビレックス新潟が新規参入する見込みとなっている。
もう既に10年近くAクラスから遠ざかっていたり、なんとかカルテットとかがウリだった球団にボコボコにされまくったり、合併騒動でゴタゴタしたり、戦力外通告(又はトレード)した選手が他球団で大活躍したり、かつて在籍していた外人選手と再び契約を結ぼうとしたら他球団に横取りされたり、シーズン中の監督辞任を21世紀中に2度経験するなどと、いろいろな意味で今最も12球団の中でトホホな球団である。ついに古木あーっとまでもがやって来てしまった。あのイチローがかつて在籍していた球団ということも人々の記憶からは忘れ去られていると思われる。パンチ佐藤がいた事は絶対に忘れ去られているな!
2004年、親会社の経営再建の一環として整理が決まった「大阪近鉄バファローズ」の選手(ただし半数は東北楽天ゴールデンイーグルスへ移籍)・社員・営業権を「オリックス・ブルーウェーブ」が乗っ取る形で誕生した。なぜか「バファローズ」なのにマスコットは「海神」である。「バファローズ」を形式的には残しているが、実質的には「ブルーウェーブ」の後継であることを象徴しているといえる。
ある日、イチローとオリックスが練習試合を行った[1]。しかし、こんな弱小球団が総員で戦っても、イチロー一人相手には赤子同然であったのは言うまでもない。さらにこの試合でフルボッコされた責任をとる形で、当時の監督だったコリンズは辞任に追い込まれた。だが、このイチロー直々の特訓を受けたオリックスの成績は突如急上昇し、そして2008年、2位という去年までありえない成績でシーズンを終えた。更に地蔵は引退し、今年は地蔵メモリアルグッズにクライマックスシリーズのチケット等、金ががっぽり入り大儲けである。古木あーっとは2軍に置いとけばいいし、来年はそろそろ優勝しようぜ、てめーーーーーーーーーーーーら。
ちなみに上記のイチローとの練習試合だが、イチローの前所属球団ということを売りにしようとした球団がしつこく申し込んだので、仕方なしに受けただけであり、本人曰く「僕がいたのはブルーウェーブだ」と、今の球団を古巣とはこれっぽちも思っていない。[1]「そらそうよ」。
[編集] オリックス・ブルーウェーブ
1936年、阪急王国を率いていた阪急電鉄が、前年の大阪タイガース設立に真っ向から歯向かう形で設立した球団である。本拠地を当初阪急王国の首都である宝塚市に置いていたが、翌年に西宮北口駅近くに開設した西宮球場、甲子園球場の至近に移転させたところからも、それは伺える。
名前も阪神側が「大阪タイガース」という和英混合名を採用していたのに対抗し、「阪急職業野球団」という思い切り硬い名称にした。
しかし戦前戦後を通じて、結局タイガースの人気に及ぶことは出来なかった。「阪急ブレーブス」という阪神式の名前に改称し、いっときは巨人軍と名勝負をし、更にいっときは福本豊らを擁して馬には勝ったものの、1974年に阪神と共に沿線住民をも巻き込む大勝負(通称:今津線シリーズ)を催した後、強さだけは相変わらず誇りとしながらも、1989年にオリックスへ譲渡された。そのため「オリックス・ブレーブス」を経た後、「オリックス・ブルーウェーブ」と球団名は一新された。
オリックスに譲渡された後、1991年には後世に「安打製造機、ロボット」と揶揄されることになるイチローを起用する。1995年には阪神・淡路大震災のダメージをかいくぐり、日本選手権シリーズ制覇を果たした。
イチロー放出後は谷亮子の婿が嫁の顔によってなんとか人気を支えていたが、彼の消滅後はすぐに名前を思い出せる選手がいなくなっているのでおそらく消滅したものと考えられる。2003年には福岡ダイエーホークスを相手に1試合20失点を4回も経験、プロ野球史上最多の927失点(自責点818)、チーム防御率5.95などパワプロのペナントモードでも起きるかどうかわからないことを数々とやってのけたのに惜しい なお阪急電鉄はブレーブス譲渡の17年後、間接的にタイガースを買収することになった。現行の「阪神タイガース」は実は「京阪神急行タイガース」の通称であり、「京阪神」「阪急」「阪神」いずれにも略せることから、相手によって略称を使い分けている。阪急にとっては阪神を軍門に下したのは正に悲願達成といえよう。
ちなみに、「オリックスと近鉄の残りかす」などと言われた2005年、初年度楽天ですら自責点812、チーム防御率5.67であり、残りカスであるはずのチームの投手力が上回っているのである。球団合併後もオリックスの人材枯渇ぶりは異常であり、オリックス悪玉云々や楽天の戦力がゼロだった云々はあくまでネタはネタとして(ry、の感覚で楽しんで頂きたい。
[編集] 大阪近鉄バファローズ
1949年、京阪電気鉄道を除く関西私鉄4社が野球に参入しているのを見逃せなかった近畿日本鉄道が、バールのようなものに因んで「近鉄バールズ」を発足させたのが始まりである(なおバールズは日本プロ野球史上、最も頼りないチーム名として有名)。とはいえ、1947年に近鉄から分離した南海電気鉄道(厳密には前身の南海鉄道)は「南海軍」(今の福岡ソフトバンクホークス)を前々より有していて、近鉄発足時には「近畿日本」を名乗っていたのだから、この参入は単なる懐古主義によるものともいえなくは無い。
しかし、参入経緯がいい加減で本拠地もぱっとしなかったことから、「地下鉄球団」と揶揄され続けた。それでも優勝は1970年代後半以降幾度か経験し、「いてまえ打線」に象徴される河内的荒っぽさで名を誇ったが、日本シリーズ制覇の経験が一度も無いまま、親会社の経営悪化でオリックスへの譲渡を決断した。
現球団名は「バファローズ」を名乗っているものの、記録(チーム・選手)関係においては旧ブルーウェーブのものを引き継いでおり、チームカラーも近鉄のキの字も存在しない。ちなみにヤマが当たって運が良ければビッグイニングという昭和の豪快な野球は仙台の某新球団が見事に引き継いでいる。
- 旧近鉄系野球難民
- 元々『近鉄バファローズ』を応援していたが、宮内義彦一味の球団を乗っ取られた後、侵略者に屈伏することを拒否し、さりとて近鉄戦士の半数を引き受けたもののベイスターズの乗っ取りを図る三木谷一味や、何もしてくれなかったラストエンペラー梨田の再就職先などに転向することを潔しとせず、応援するチームを失ったまま、旧南海系大阪残留孤児と意気統合しながら大阪民国千代崎界隈を徘徊している輩。
[編集] 監督
シーズン中の辞任を含め、21世紀になってから毎年監督がかわっていた。2001年入団の大久保なんかは、ころころかわる指針に苦労していた。昨年大石が久々の留任を果たすが結局クビ。
- 2001年 仰木彬(1994~)
- 魔術師。遊び人。この頃は野手を投手に転向させたりしていた。もともとこの人の手腕に頼りきっていたのだが。
- 2002年~2003年 石毛宏典(2003年4月に解雇)
- 「ポレ」で検索すべし。余談だが師匠の広岡某同様、新しい事を始めては放り出す厄介な癖がある。
- 2003年 レオン・リー
- つなぎの代行監督で1年でクビ。ロッテOBのため終盤戦ではオリックスファンから野次を浴びるなか、マリーンズファンから「レオンコール」が起こり泣き崩れるという奇妙な現象が起こった。
- 2004年 伊原春樹
- 元『西武黄金期』の頭脳。球団再生を託されるが、理不尽にも球団合併で1年でクビ。現在は巨人の頭脳をつとめている。石毛や伊原よりもテレビに映ってたのは仰木さんだったので、この頃は『仰木院政』などとも呼ばれている。
- 2005年 仰木彬
- 近鉄・オリックス両球団の監督経験者として、初代合併球団の監督に就任。余命半年の大病を隠し、合併球団とは名ばかりのロートル揃いのチームでプレーオフを争った。オフにはキヨにノリとビッグネームを獲得し、阪神に喧嘩を売ると自らは手の届かないところへ逃亡。
- 2006年 中村勝広
- 怪我人続出、雰囲気最悪のチームを率いて何とか最下位を間逃れるもクビ。その後は仰木亡き後のGMを担当。
- 2007年~2008年 テリー・コリンズ(2008年5月に辞任)
- センターラインを強化、10勝カルテット・中継ぎローテーションを整備と何気に名伯楽であった選手のやる気の無さに職場放棄してしまった。
- 2008年~2009年 大石大二郎
- 2008年は10年ぶりに2位をマークし、留任が決定。もっとも仰木野球の負の面、ピッチャー使い潰しだけを真似た結果であり、翌年は最下位で解任が決定。
- 2010年 どんでん
- さて、オリックスには鉄人も魔法使いもいない。阪神時代のようにはいかないことに気づくのは何月になってからだろうか。
[編集] 主な選手
- 敗戦王子エースその1。
- 炭水化物12球団最低エースの称号を金田から継承したが今年でクビ。
- 槇原敬之に似てる人 ナックルカーブも限界か。
- 普通 鬼スライダー。
- 意外にもオールスターでべストピッチャー賞を獲得しています 実は三十路。最近ローテ投手へ出世。
- りょうじ君のおにいさん
- 阪神では先発、オリックスでは中継ぎ
- タラコブツブツのライバル ビッグバン打線の日ハムのローテ投手だった。
- 山口和男 2009年4月1日に引退宣言するもファンの熱い引き留めにより2時間で引退撤回。KKコンビの用心棒の方に危険球を投げた年から不調であるため、ネットを占領する清原叩き厨の格好の酒の肴になってしまい、かつて日本人最速投手だったことなどは忘れ去られてしまった。困ったもんだ。
- 女の子 エースその3
- 女の子その2 エースその4。
- グルメブロガー
- 参天FXネオ 世界のエース。来年は勝ってね。
- タラコブツブツ 元広島の鉄腕中継ぎ左腕。故障していたところを魔術師が騙し獲った。
- 巨人の有望株その1 使い物にならなくなった谷亮子の旦那と交換した、150キロ超の速球と変化球を武器とするファームの奪三振王である。スライダーの制球次第で大化けするはずだが、チキンすぎてまったく使い物にならない。2009年のオープン戦では良かったんだけどなぁ…
- "篠塚2世゛その7 有望株その2。類まれなセンスは巨人でも期待されていたが、篠塚2世という地雷コースを歩み、気が付けばオリックスへ。本人は憧れの松井稼のようにスイッチヒッターやりたかったらしいが。谷は復活しとるし、もう何がどーなっとるんだか。
- 昆布
- シドニー
- 猪狩進
- ゴトゥーザ様
- グルメリポーター
- 柊姉妹共同体
- 死球王子
- アンパンマン
- 神戸の便利屋
- 暴力亭主クビ
- ルパン
- 裏切り者
- 哲学者
- 一気にブレイクしちゃった人 やっぱり来てくれたんだね、兄さん!
- いけめん前代未聞のトレードで復帰。
- 乱闘王子 頼れるチームリーダー。狼主。苦節10年、王貞治の55本塁打に並び、ミスタープロ野球長嶋茂雄の通算本塁打記録を抜かしてしまった。見た目は外国人だが、中身は焼き鳥を愛する関西のオッサンである。ご老体だが、かつては強肩俊足で守備走塁もいけたナイスガイであった。
- 二軍の帝王
- 古木あーっとクビ
- 肩がー!肩がー!!
- チャンス時は粘ります
- 山羊もう御陀仏
- リーダー 趣味はゲリラライブ。違う意味でのライバルは巨人の金刃らしい。
- 風林火山イチローに「ホゼ」とイマイチイケてないニックネームを付けられてから好調である。
[編集] ファン
プロ野球随一の不人気球団なので球場でさえファンを発見することは困難である。 しかし、各地で細々と活動しているようだ。
[編集] 脚注
- ↑ にも関わらず、イチローの背番号51は準永久欠番扱いになっている。