防人

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防人(さきもり/ぼうじん)とは、第一次本土決戦に備え徴用された庶民農民のことである。

概要[編集]

この制度は飛鳥時代から平安時代、半島や中国からの脅威に備え律令のもと整備された。

なおその脅威は日本側が半島に手を出したのが原因とされ、その後にも豊臣秀吉朝鮮出兵と明治期の朝鮮併合による進出を繰り返しては失敗し、本土に逃げ帰っている。同じ失敗を何度も繰り返しても懲りないのは日本の様式美なのかもしれない。

上級国民の欲望と見通しの甘い計画の尻拭いを庶民に押し付けるのはこの時代に始まったとされる。

徴用対象[編集]

主に遠江国以東の東国の農民庶民である。

赴任先[編集]

主に九州沿岸である。徴用時には付き添い(監視役)がいるが、徴用を解かれて帰国する時には放置プレイ。途中で飢えや病に倒れ帰国できない者も少なくなかったとされる。

日本にいながらにしてインパール作戦である。日本に帰宅部の部員が多いのは、このエクストリーム・帰宅という修羅場を潜り抜けてきた猛者の末裔だからとされている。

待遇[編集]

給与、賞与ともにナシ!見返りたるものが存在しない!しかも、武器と食料は自弁である。

徴用中に納税が免除されることはなく、残った家族には納税の負担、本人には食料の負担が重くのしかかった。アリアハンの王様だってこんぼうたびびとのふくくらいはくれるのに・・・・・・である。ブラック軍隊と悪名高い旧日本軍だって召集場所までの移動費は公費負担、二等兵でも月に6円(2017年現在の価値で18000円程度)の俸給が出て、部隊に武器が「あれば」の話だが貸与してくれる。

期間[編集]

期間は一応三年間とされていたが、終業時間に恐ろしく無関心でルーズな日本人らしく、期限はしばしば守られなかったと伝わっている。

防人歌(さきもりのうた)[編集]

上に歯向かうことを知らない日本人らしく、サラリーマン川柳の一種である防人歌を作っては憂さを晴らしており、それらが100首以上残されている。

関連項目[編集]