高石市

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高石市(たかいしし)とは、大阪府のほぼ中央部に、ぽつんと存在しているような存在していないような、非常に非常に小さな市である。大阪府の他の市町村の住民の90%がその存在を知らず、残り10%も堺市の一部和泉市の一部と考えその存在を疑っている。

自然[編集]

地形[編集]

大阪湾という海に面しているはずなのだが、どこを探しても高いところに登っても、海は見えない、というか、ない。見えるのは、夜になると非常にゴージャスな金属光沢を放つ工場群だけである。市街地と工場地は、汚いどす黒い臭い川で分断されつなぐのは自動車専用道路橋2か所のみである。そのため市民の大半は、市内に工場群があることを知らない。ときおり工場が火災を起こすが、西風が卓越する気候のため煙は堺市西区方面に流れ火災が発生したことも最後まで気づかない。というか市民はニュースを聞いても、首をかしげるばかりである。「高石市高砂で火災…。高砂って、どこだっけ?」
工場地は、昭和の高度経済成長期にヘドロで作られた。海に面し、巨大な港がある。工場地の町名は「高砂(たかさご)」だが、市の広報にはその町名の表記が存在しない。実はこの工場地は兵庫県高砂市の飛び地で、固定資産税が欲しいため高石市がごり押し借りて臨時の所有権を持っている。
市街地は、市の広報では全域平たん地であるとされているが、それは偽りである。明らかに東に向かって標高が上がっている。市の防災対策によると500メートルの津波が押し寄せると、阪和線のラインまで水没すると記されている。これは、阪和線の東側の富木村が生駒山と同じ高さであることを示すという見解が一時発表された。しかしその後の調査で富木村の標高は15~18メートルほどで、ただ富木村全体に根を張る高さ5000メートルの巨木が存在しそれが津波を押しとどめると判明した。ただこの事実は、住民には伏せられている。実はこの巨木の存在は住民の、もちろん我々調査員もそうだが人間の肉眼では認識できないからである。特殊な機器を用いて初めて認識可能である。

気候[編集]

年がら年中よく晴れる。あまりにも晴れすぎてるので、おてんとさんが妬けてときおり高石市だけに雨雲雪雲雷雲を送り込む。高石市だけ雨が降ってるという事象は、これが原因である。
風が、やたら強く吹く。昭和時代はスーパーセルで、よく家が上空に巻き上げられ住民が天女とご対面していた。これを防ぐため、平成になってから隙間なくびっしりと住宅を建てよという条例が施行された。おかげで今は、風がなくどんよりと空気が悪く、住民は年がら年中風邪をひき耳鼻科が大流行りである。

歴史[編集]

高石市は、西部東部に地域が分かれている。両者は、まったく異なる異次元の歴史を歩んできた。そのため、東西住民は互いに相手の歴史と文化を認識できない。この結果たとえばウィキペディアで当市について西部の人間が書いた場合、東部の歴史や文化をまったく書かない(というか、知らないから書けない)ということが起こる。

西部[編集]

古名は「こし」という。これは、超古代天女が風光明美な海浜(現在の高師浜)に降臨し妖艶なようすで舞ったところから名づけられた。以後、妖艶なを一目見ようと、大陸から来た人(行基の父親とか)や宮大工がやってきて住み着いた。
江戸時代は初め上様領だったが、岸和田市の殿様がだんじりを作るのに大工が欲しいというので岸和田藩に組み込まれた。この悪影響で、だんじり祭りが盛んになり今では15台もだんじりを持っている狂乱状態である。
明治時代の末期ロシア人が多数やってきて、住民にコサックダンスボルシチが大流行した。ロシア人が去った後、その住んでいた跡に大工が高級住宅地を建設し大阪じゅうの成金さんを誘致した。
その効果で昭和時代の高石市は超成金自治体となり、市役所庁舎は全館純金製、周囲には高さ50メートルの大理石でできた石垣がめぐらされ、正面入り口は幅100メートルにされ、市長の出勤退勤時は全職員が両側に居並び畏まり額を地面に打ち付け血だらけにして平伏するのが日常であった。
近年南海電鉄高架化されたが、これは東部の富木村巨木効果(津波を止める)に対抗し独自の津波阻止効果を目論んでのことである。そのため高架の高さを1000メートルに設定したが、地元民からは電車に乗るのに半日かかると早くも苦情が殺到している。

東部[編集]

古名は「とろし」という。これは、超古代に天皇が来臨し、の水がプランクトンで濁ってトロトロになっているのを見て吐いたところから名づけられた。以後、盛大に吐こうと多数の吐きマニアがこの池を見に訪れた。熊野詣の宴で大量に食事すれば容易に吐けることが判明後は、熊野に詣でたら帰途この池に立ち寄るのが慣例になった。
実は、この辺りは邪馬台国首都があった場所である。この地域のすぐ東にくっつくように、邪馬台国の遺物が出土した和泉黄金塚古墳がある。戦後に破壊された富木車塚古墳は、邪馬台国の王家の墓である。なぜこの地が首都に選ばれたか。それは、高さ5000メートルのの巨木がそびえていたからである。
のちこの地を訪れた河内の正成という人が巨木を見て「この木、なんの木?」と、質問した。これを聞いた人が正成の言葉にヒントを得て「この、木南の木」と命名。正成は狂喜して以後、楠木正成と名乗ったという。南北朝時代は、南朝軍の「あの木をめざせ!」がスローガンになり、この近辺の石津川などで再三激戦があった。足利氏方は怒って腹いせにこの巨木に放火したが、根元が少し焦げただけだった。
江戸時代は、初め上様領で後、子だくさん将軍徳川家斉の親父様の領地になった。多人数の孫娘を嫁に出すのにカネが足らなくなった親父様は、この地に所得税300%消費税500%の税を課した。もちろん民は猛反発し、富木・新家・土生(2018年現在の高石市取石の3地区)の3村長率いる反乱軍一千騎が大坂城に攻めのぼった。急なことで大坂城代は抗戦不能となり落城するかと思われたその時、突然現れた巨大タコ入道により反乱軍は撃退され、村長たちは逮捕され死刑になった。この事件は「千馬等(ちばら)騒動」と呼ばれる。なおこのとき現れたタコ入道は、その200年前に一向一揆軍に包囲された岸和田城に現れたタコ入道と同一人物であり、さらにその200年前に南朝軍に包囲された岸和田城に現れたタコ入道とも同一人物である。ちなみにこの事件の200年後、大阪府知事にこれらと同一人物と思われるタコ入道が当選した。以来この地ではタコへの呪いが極まり、たこ焼き屋が入れ代わり立ち代わり出店してもすべて閉店していく悲惨な運命をたどるのである。そしてこのとき、徳川将軍家によって巨木が不可視化された。
だんじりを3台所有している。うち1台は明治時代に、1台は昭和時代に、あと1台は平成時代に作られた。もちろん狂乱している。しかも富木村のだんじりは、夜明けまで疾走している。

高石市の沿革[編集]

戦後数年後、西部が高石町に、西部の一部と東部が取石村になる。
昭和30年代だったか、高石町が取石村を吸収合併する。
昭和40年代だったと思うが、高石町が高石市になる。
平成になって、堺市に吸収合併されかけた。

高石市政の沿革[編集]

たしか中山とか言ったかな?初代市長(西部出身)
浅野だいがくよび政雄2代市長(西部出身)
寺田しみんの為三3代市長(西部出身)
阪口まかせてあん伸六4代市長(西部出身)
この間、東部から市長に3人が立候補しているが、いずれも1票差で落選している。
堺市に合併されかけたのは、寺田市長のときである。これは、田舎の町のくせに大都市になりたくて耐えられなかった堺市のわがままによるものである。住民投票がおこなわれ反対多数となったが、住民の本音は「広い広い堺市と合併すると市役所行くのに1か月かかる」だった。しかしその後堺市が西区を置きその区役所を阪和線で行っても1分、また阪和線か!と死んでも歩いて1分の鳳駅前に設置したので、高石市とくに東部の住民は「しまった」と舌打ちした。阪和線とはまったく関係のない西部の住民はもちろん現在も合併反対だが、将来堺市西区が鳳区と浜寺区に分割され地震があってもすぐに動き始める南海電鉄で1分の浜寺公園駅前に区役所が新設されることを欲望している。いまの高石市役所は、東部から行っても西部から行っても車で2時間、徒歩で8時間、高齢者なら手押し車を押して72時間もかかるから、みんな難儀している。(それでも堺市役所に行くよりはましである)

住民の正体[編集]

天女や天皇が降臨来臨するまではたしかにホモサピエンスが存在していたが、それ以降は、人間じゃない種族がこの地に住んでいる。
西部住民
正体は、天女遺伝子である。なんだ、人間…少なくとも人間に近いじゃないかと安心するのは早い。
羽衣東羽衣の住民の正体は、天女が身にまとっていた空を飛べる衣に付着していた天女の高師浜の住民の正体は、天女の足の指に生息していた水虫と指垢の混合体。千代田の住民の正体は、天女が排せつし栽培していた稲に付着した有機物綾園の住民の正体は、天女の綾織の着物に付着していた善玉コレステロール
なお、高師浜と加茂の一部の住民には、伽羅の香りが付いている。
東部住民
正体は、である。北隣が大型の鳥の生息地、南隣がキツネの生息地とあって、オルタナティブ(といっても南に行くはずがない捕食されるから)を迫られたあげく大型の鳥に庇護を求め始終くっついている。
取石西取石の住民はもちろん、加茂の高石市役所周辺の住民も、鳥である。鳥の種類は不明だが、加茂の住民の正体はである。
最近、市をあげてカラス撃退駆除作戦が進行しているが、東部住民は自分たちが撃退駆除されるのではないかと疑い怖れている。

方言[編集]

高石市の西部は、近隣地域と同じく泉州弁である。
富木村の方言
ところが東部の、とくに富木村の方言は近隣にはない言い方である。滋賀県北大阪高槻市近辺、あるいは阪南市付近の方言に、激似している。
特徴として、語尾に「ケ」を付ける。そして次のように使用する。

 初めて知った時驚いて「そうケ?」  そんなことは知らないと突っぱねるようにして「知るケ!」  待ち合わせしてる相手がぐずぐずしてる時促すように「行くんケ?」

この言葉づかい「ケ」を田舎臭いどんくさい肥えダメ臭い、畑臭いと考えた、小学校先生がいっしょうけんめい指導した結果、1年後、その先生の言葉づかいが「われ?なにしてけつかるんじゃい?」と河内弁に変貌し、PTAから「言葉づかいが悪い教師がいる」と教育委員会通報され「ごめんケ、すまんケ、ゆるしてケ。以後、富木弁を使うケ」と平謝りしたが、地元民から「先生、それ間違った富木弁の使い方やんケ!」と指摘されしょげかえった。

産業[編集]

農業
昭和時代は市内各地でコシヒカリを作って魚沼産と称して売って不当な利益を得ていたが、平成に入り魚沼が地震でやられてからは作っていない。
工業
昭和時代は市内各地で「紡げ!織れ!染めろ!」の繊維3拍子が昼夜聞こえ騒音で不眠者が続出したが、平成に入り静かになり睡眠環境は改善された。前述の通り高石市内に近代的な工場地があることを、市民はまったく知らない。ときおり工場地の煙突から真っ赤な炎が大きく立ち上り、市民を驚かせ寝小便おねしょ)させるだけである。市役所はこのとき、あらかじめ広報で「火が上がります。おねしょに注意」と全市民に知らせるのが慣例である。
商業
住民は大阪人間の特徴であるけちけち大魔王のキャラを持っているので、店を出しても出しても全く売れずどんどん閉店していく。しかし、たこ焼き屋だけは西部で繁盛している。残念ながら東部では、前述の呪いによりさっぱり売れない。
サービス業
駅の乗降客はほとんどが用務先や家路に急ぐので、振るわない。西部はまだましだが、東部は住民が鳥目なので日が暮れると外には人っ子一人いなくなる。(もちろんだんじり祭りのときは狂乱するので、鳥目がその期間だけ治癒する)冬の5時に鳴り響く「子供たちはおうちに帰りましょう」ソングは、東部住民全員への屋内退避メッセージと受け取られている。

交通[編集]

東部には、南北に国鉄阪和線が通り、西部には南北に私鉄阪和線が通る。
国鉄阪和線には、富木駅がある。
私鉄阪和線の羽衣駅には、国鉄阪和支線の東羽衣駅が2020年に接続予定。2018年現在にはまだ接続していない、めちゃ不便。登ったり下りたりしんどいわ。私鉄阪和線にはもう1駅、高石駅というのがある。そこ高石市の中心部じゃないよね?
私鉄阪和線から、伽羅橋駅高師浜駅と分岐している。こんな盲腸路線なんの役にも立ってないね。

文化[編集]

住民の日常は、大都市から電車で帰宅するとテレビを見たりネットを検索したりするだけで、これといって何もない。

だんじり祭り[編集]

しかし、秋になると住民全員がだんじり発狂する。西部14台、東部1台の併せて15台のだんじりが、凶器と化してあちこちの看板や電柱や軒先やブロック塀や生け垣や電線や信号機に、ぶつかり傷つけなぎ倒し跡形もなく破壊する。ただ岸和田市に比べるとおとなしいので、住民や引き手を傷つけることはあまり、ない。
西部の高石連合
14台。厳密には東部に属する2台ないし4台のだんじりを、含む。このうち取石地区に属する2台は、内心東部の1台とともに北隣の晴れ舞台に立ちたいと焦燥している。
曳行の方法は、岸和田に完全に洗脳され岸和田の猿真似やりまわしがメイン。やりまわしをしていない時間帯は、男子引手は全員沿道の違法ブロック塀に小便をひっかけている。こういうとき違法ブロック塀は便利である。ずらりと下半身を露出していても家の中からはまったく見えない。違法ブロック塀が野放しになっているのは、こういった事情があるから。
東部の富木村だんじり
1台。富木村の祭りのはずだが、祭り当日だんじりの姿はまったく見えない。北隣の鳳連合だんじり祭りに誘惑されて、その晴れ舞台に連日(3日間)立っているからである。
富木村の鳥人間たちは、鳳の大鳥人間に身も心も捧げてしまってる。富木村の日常買い物先は鳳、富木村のレジャー先は鳳、阪和線が死んだときの富木村民の緊急集合先は歩いて1分の鳳駅。
ゆえにだんじりパレードも、オール堺市内。酷いときには、だんじりは2駅先の津久野に飛んでいく。
しかしけなげにも留守を守っている、だんじり…というか上半身だんじりの姿をした下半身軽トラ花車が、いる。それは、祭り当日富木駅西側に鎮座しラジカセに録音された笛太鼓音を鳴らしている。富木村でだんじり祭りがあると聞いてやってきた観光客は、その花車を見て「なーんだこれが富木村のだんじりか、しょぼ」と落胆して帰っていく。

高石市出身、ゆかりのある有名人[編集]

佐藤蛾次郎
映画・ドラマのお色気うっふーん(どちらかというと下品なほうの)場面に欠かせない超有名俳優。
月亭八方
落語家でタレントで阪神タイガースの大ファン。昭和時代、一時、東部に住んでいた。
谷茂
吉本新喜劇の名物役者。昭和時代、一時、東部に住んでいた。「えーい、えっさっさ」のギャグがある。

高石繋がり[編集]

高石ともや
フォークソング歌手。高石市民全員が、高石市出身だと信じている。
高石元文部事務次官
リクルートから未公開株を手に入れて辞職。高石市民全員が、高石市の恥さらしと非難している。

高石市内町名繋がり[編集]

円盤皇女わるキューレ
深夜アニメ作品。その舞台の羽衣町は、高石市内の羽衣のことだと高石オタク市民は信じている。
富木流合気道
高石市東部の富木村の一部住民は、富木村から生まれたと信じている。