鳥の詩

出典: へっぽこ実験ウィキ『八百科事典(アンサイクロペディア)』
移動先: 案内検索

鳥の詩(とりのうた)とは、日本国の第二国歌である。

概要[編集]

鳥の詩とは自らの心を空・水・湖に、国家の子である国民たちを鳥に例えてその心情を歌った名曲であり、日本国の第二国歌的な扱いを受けている。その女々しさはあの素晴らしい愛をもう一度などにも通じるとされ政府と国民の距離感を暗喩しているとも言われている。

背景[編集]

まず、第二国歌とはイギリスにおける威風堂々(英題 Land of Hope and Glory)のようにその国の風土に根付いた国威発揚的な愛国歌のような性質をもつ曲のことである。かつての日本では海行かばが第二国歌的扱いを受けていたが第二次世界大戦敗戦後GHQの指導により海ゆかばは第二国歌の地位をはく奪された。

そのため日本では第一国歌の君が代のみが公式行事で採用されていた。ただ、この君が代も一応は日本国の象徴である天皇を含め国民全体を歌った歌であるが、これは戦前の元首的性質をもつ天皇陛下を賛美するものだとして使用したくないという左翼思想の方々を中心に公式行事で使うのはどうかなという懐疑的な意見も多くあった。そのため君が代に代わる曲を挙げる者がいるかといえばそうでもなく、国歌なんてなくてもいいという国家の体裁的にはあり得ない地球市民的な妄言を吐くものがいたり、理性的に君が代よりも素晴らしい曲を対案として提示した人もいたがいろいろな意見があって一本化できず結果的に君が代賛成派が第一勢力となって対案の議論ができなくなったりもした。そこで君が代反対派は表向きの妥協案としてまずは海ゆかばに代わる第二国歌を君が代の代案候補から採用しようと呼びかけ、裏ではゆくゆくは正式な国家に昇格させようという一大プロジェクトを開始したのである。1980年のことであった。

歌詞[編集]

第二国歌プロジェクトは作詞を阿久悠に作曲を坂田晃一という当時国民的な人気を誇った作詞家作曲家に任せることから開始された。特に作詞には第二国歌の性質である国威発揚的なものではなく、政府による国民の庇護を思わせるような様々な暗喩を込めることが求められた。はじめはプロジェクト推進派が鳩派ということから鳩の歌というのが曲名候補であったが、さすがに露骨すぎるだろうとどうとでもとれるように鳥と対象を広げた。阿久悠さんだからこそ様々な無茶ぶりをうまいこと曲に溶かしこんでいたのだが歌詞が芸術的すぎて歌というよりは詩になってしまった。そのため鳥の詩という名になったのである。

歌手[編集]

国家と国民を親と子の心情に落とし込んだ鳥の詩はホームドラマで宣伝するのが一番いいのではという意見があり、当時日本テレビで放映されていたホームドラマ池中玄太80キロで主役の西田敏行に挿入歌として歌わせたのが国民への最初のお披露目となった。ただ、80キロのおっさんが歌った曲が琴線に触れるものは少なく、やむなく共演で当時天才子役の名をほしいままにした杉田かおるに歌わせることになった。その結果それなりに知名度が上がりオリコンで10位に入るなど健闘した。だが、それだけでは鳥の詩国家プロジェクトは満足しようがなかったのである。なぜならば名曲としては認知されても所詮は杉田かおるの中での代表曲という扱いであり、対外的利用も伊集院光深夜の馬鹿力において自ギャグの詩として自虐されるにとどまったからである。当然ながら第二国歌としての地位は望めそうもなかった。しかもそこが底ではなく第二国歌候補鳥の詩の難儀はさらに続いたのである。

もうひとつの鳥の詩[編集]

なんと2000年に発売された18禁PCゲームAIRの主題歌として作詞作曲が別人の鳥の詩が発売されてしまったのである。ちなみにこちらの鳥の詩は現代の歌らしくサビスタートでAメロBメロサビAメロBメロサビサビと6分近く続く(ちなみに杉田かおるの鳥の詩はABSABSABSと続いて4分弱)サビ強調曲である。その何度も繰り返すサビに愛しい人を暗示する消える飛行機雲をはじめに入れた。その消えていく飛行機雲を今までは見送ったがそれではだめだと追いかけて追いかけていったが最後は運命を信じて見送るといった僕たちの哀愁を歌ったものである。

この歌は18禁ゲームでエロシーンをスキップするような純真なゲームユーザーの心を打ち抜き神曲として彼らの心に残った。ただ、神曲というのは多神教の日本らしくそこらじゅうにあるようで鳥の詩もいくつもの神曲の中に埋もれていった。だが彼らは有象無象の神曲よりはこの鳥の詩を愛していたようでそれより上の称号として国歌と呼ぶようになった。加えて、AIRの主人公である、“国崎往人(くにさきゆきと)の歌”の略称として国歌(こっか)と二重の意味を持つようになった。 それには多分に先にできた鳥の詩を国歌にしようとした数々の草の根活動の成果があり、それがサブミリナル的にゲームオタクの中に鳥の詩=国歌という図式を埋め込んだのだ。当然彼らにとっての鳥の詩はAirの鳥の詩である。こうして鳥の詩は第二国歌候補の地位すらも少なくともネットユーザーの中ではAirの鳥の詩に乗っ取られてしまったのである。作詞家の麻枝准がそれを狙っていたかは定かではないが、マジレスすると、このネーミングは馬場社長である。[ソースは2011年に発行された月間コンプティーク7月増刊号 『Keyステーション』、P67の上から2段目右から11行~28行]。Key公式サイト

インターネット上では鳥の詩と検索するとこの二つがごちゃごちゃになって出てくる拮抗具合である。

NHK・FMのアニソン三昧Zでは司会進行の一人が、CD音源でなく生で鳥の詩を歌う前にLIAに対して、笑いを抑えながらも、リスナーに対して“国歌をしかと、聞け!”と発言したことからも分かるように、もはや、(第二)国歌といえば、AIRの鳥の詩を指すことは議論の余地がない。と言えよう。そのせいで、第二国歌プロジェクトにかかわっていた人たちは現在受難の日々を過ごしている。

関連項目[編集]

Wikipedia
ユーモア欠落症患者のために、ウィキペディア専門家気取りたちが「鳥の詩」の項目を執筆しています。