黒い未亡人

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黒い未亡人(くろ-みぼうじん、ШахидкаShahidka)とは、チェチェンのアマゾネス軍団である。

概要[編集]

妹「ねぇ、お母さんはどこ行っちゃったの?」
姉「……お父さんの仇討ちだよ」

チェチェン紛争によって夫を失い、父を失い、息子を失って図らずも自由の身にされてしまった女性たちが、(漢もしくは男の中の男)を獲得するために立ち上がり、結成した組織であり、果敢にロシア軍へ立ち向かっては「ただの軟弱男には興味ありません。もしもロシア軍の中に英雄、豪傑、勇者がいるのなら、今すぐ私たちのところへ来なさい、以上!」と宣告した上で拉致監禁しては求愛を突きつける。求愛を断った男は殺され、もし求愛に応じても弱かったら(性的な意味で)やはり殺されてしまうのである。合格の基準は「一晩(日没から翌日の日の出もしくは一番鶏が鳴くまで、のどちらか早い方)に10人以上抱けるか否か」であり、未亡人たちが満足するか否かは彼女たちの主観によって決められるため、もし誰かが男を気に入らなければたとえ真夜中であろうと鶏の首を押さえて鳴かせてしまい(どんな時間であろうとも、一番鶏が鳴けばそこでゲームオーバーなのだから)、あっさり殺してしまうことも多いと言われている。そんな彼女たちの主張は「あなたたちは私たちから男を奪ったのだから、その代償として私たちを夜な夜な満足させる義務を果たすか、さもなくば死をもって支払われるべきである」というものであり、彼女たちが満足できるロシア兵がいなかった場合はチェチェンから首都圏(モスクワあたり)まで出張してはイケメンを探し出しては拉致(あるいは誘拐[1])していくという事例が散発している。モスクワのお母さんたちはやんちゃな腕白小僧たちに「いい子にしていないと、チェチェンの山ン婆にさらわれちまうんだからね!」と言って脅しつけることもあり、これがかの都市伝説「イケメンを狙うチェチェン女」の元ネタになっていると言われている。

戦術[編集]

元来チェチェンの山岳地帯で育った彼女たちは屈強な肉体と強靭な精神を誇っていたため、挙兵した当初はチェチェンの男たちがそうしていたように、手に手に銃をとって戦いを挑んでは捕虜にしたロシア兵たちをアーン♥♥とかうふふ(あるいは粛清)していたものの、いかんせん多勢に無勢、物量作戦と人海戦術で押し切ろうとするロシア軍を前に旗色が次第に悪くなるにつれ、あるいはロシア男の軟弱ぶりに愛想を尽かしてしまった女性たちの中には「もうどうしようもないから、一刻も早く天国へ行って、やっぱり旦那に可愛がってもらおう……もちろんロシア兵は一人でも多く道連れに」と、自爆テロに走るようになった。ちなみにスローガンは「ロシア兵を地獄に蹴り落とし、爆風に乗って天国へ」である。かくして一人、また一人と旦那の元へと「帰って」(彼女たちの符丁で「戦死」を指す。例:あぁ、ターニャならもう「帰った」わよ)行くのであった。彼女たちの戦いは、すべてのチェチェン女性がイケメンを獲得して幸せになるか、旦那の元へ「帰る」その日まで続くのである。

モスクワ事件[編集]

2010年3月29日、ロシア軍によって夫(ダゲスタン独立義勇軍兵士ウマラト・マゴメドフ)を殺害された(チェチェンに程近い)ダゲスタン共和国の少女(17歳)ジャネト・アブドラフマノワがモスクワの地下鉄で連続爆破テロを敢行、計画では5箇所ほど爆破する予定だったが、火薬の分量を間違えたために2箇所目のパルク・クリトゥールイ駅で爆死、結果的に自爆テロになってしまった。

余談[編集]

アメリカの黒い未亡人(イメージ)。

「黒い未亡人」を英語で直訳するとBlack widow(ブラック ウィドゥ)となるが、こちらは女郎蜘蛛(クロゴケグモ)を指すため、あまり使われていないものの、あながちその本質を表していないこともないため、好んで使う人もいる。しかし、それを彼女たちに知られてしまった日にはどうなるか、については言うまでもない話である。

また、1940年代のアメリカにも同じ名前の「黒い未亡人」がいたがそちらは更に知名度が低く、滅多に名前が挙がる事がない。しかし近年未亡人製造機がブームになったこともあり、じわじわと名前を広めている。

脚注[編集]

  1. ^ この事から、チェチェンの女たちはモスクワ男たちがふらふらついて行ってしまう程度の美貌を持っていることがわかる。

外部リンク[編集]

関連項目[編集]