5000バイトの壁
出典: へっぽこ実験ウィキ『八百科事典(アンサイクロペディア)』
5000バイトの壁、もしくは5キロバイトの壁とは、アンサイクロペディアに存在する優良記事とその他を分ける大いなる壁の総称である。このろくでもない壁を乗り越えるには、その昔、ドイツのベルリンにあった壁を東から西へ越えるぐらいの覚悟が必要である。
もちろん、アンサイクロペディアにはこの壁を越えなくても十分に面白い記事は存在する。しかしそれ以上に物足りないと思わせるナニカが、5000バイト未満の記事に多いことも事実である。
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[編集] 概要
アンサイクロペディアにおいて1文字の編集に費やされるバイト数はおよそ3バイトである。そのため、単純に5000バイトを文字数に直すと、1,666文字、400字詰め原稿用紙4枚分に相当する。この量を多いと思うか少ないと思うかは人それぞれであるが、少なくとも、一つの記事内にネタと構成、画像やら関連項目等を追加すれば、1000バイトでは足りるわけがない。一応、日本語版アンサイクロペディアで記事が生き残るための目安とされているのが3,000バイト、原稿用紙2枚半の文字数である。ちなみに、この記事の最初からこの文章までぐらいがだいたい1,500バイトであるため、5,000バイトというのはけっこうな量になる。
[編集] 質より量、というわけでもない
重要なこととして、アンサイクロペディアでは、量よりも質を重視しているということである。これは、妄想記事を読めば分かるが、人間というものは、ひとたび己の妄想に着火するとどこまでもどこまででも表現することが可能になるからである。それが面白ければなんの問題もないのだけれど、実際、人の妄想に付き合わされる身になれば分かるが、正直なところ、3000バイトで限界を迎える。心の奥底から悲鳴が聞こえる。それが10,000バイトを超えるともはやいじめ、20,000バイトを超えると確実に拷問と化すことは、残念ながら、アンサイクロペディアにおける厳然たる事実である。
当たり前のことだが、アンサイクロペディアにおいてそうならば、ウィキペディアにおいてもなおさらそうである。もっとも、ウィキペディアは、単純な事実を明確に短く伝えることを目的に書かれた辞書であるはずなので、読んでいて反吐が出そうな記事なんて存在しない。存在してはいけない。単なるマンガの登場人物やテレビ番組の企画の記事に30万バイト、原稿用紙にして250枚もの徒労が為されているのは、バカ記事の金字塔「政教分離の歴史」と同じく、アンサイクロペディアに優良なネタを提供してくれようとする、ウィキペディアの隠れた良心によるものである。うん、きっと、そうだ。そうに違いない。
なお、この段階でおよそ3,500バイトになるため、読み応えというものとバイト数が明確に関与していることは間違いない。
[編集] よくある間違い
アンサイクロペディアにおいて、大変よく見られる過ちの一つに、読み応えというものを取り違えてしまった結果、記事の構成を破壊しつくすという行為が、主に記事内における人物紹介にて散見される。懇切丁寧にどこまでもどこまでもどこまでもどこまでも事実だか妄想だか分からない人物紹介を並べられると、読み手は気が狂いそうになる。読むたびに、ウィキペディアンがアンサイクロペディアンに精神攻撃をするために人物紹介というものを用意したんではないかと勘ぐりたくもなる。ウィキペディアにおいてですらバカ記事、ネタ記事として扱われるのに、いわんやアンサイクロペディアをや。その労力をストーリーやシリーズの歴史、独立した項目として書ける小ネタの収集に当てれば、いったいどれぐらいのいい記事になったであろうかと嘆きたくなる膨大な人物紹介を有する記事が、残念なことにアンサイクロペディアには数多く存在する。
ウィキペディアにおけるバカ記事の典型例をアンサイクロペディアが真似てどうする。
逆に言うと、読み手側は膨大すぎる人物紹介を読むぐらいなら、さっさと別の記事に行ったほうがいい、ということでもある。
(なお、このぐらいの文章量でだいたい5,000バイトに到達する。一つの記事としては十分な容量である。)
ちなみに、心あるアンサイクロペディアンならば、人物紹介の割合が記事の50%を越えた段階で、いろいろと考え直すべきである。80%を越えた段階で、その記事がクソ記事と化していることを自覚しておかないと、だいたい大変に怖い人々の手によって、記事と書き手のプライドが一緒になって消されてしまうからである。
[編集] 壁を越えるために必要なこと
残念なことに、「読み応え」というものは記事の面白さとはかけ離れたものである。ネタではなく、読ませ方という技術一辺倒の話である。記事内に、滅多に見られない表現を入れたり、わざと文章の間違いをそのまま残したり、アンサイクロペディアにおける特殊な表現方法を駆使したりと、様々な形をもってして記事の印象を読み手に焼き付ける努力をしなければ、いつまでたっても壁の手前をうろうろすることになる。たとえば、この記事内における、わざわざバイト数を知らせるような文章の差込も、ネタではなく、単なる技術である。そうすることで、読み手にそう思わせるという重要な技術である。
ちなみに、この段階で6,700バイトになると同時に、読み手の意識を長文からリセットするという、けっこー重要な技術です。
もっとも、壁を越えなくても、面白ければそれでいい、というのがアンサイクロペディアの真実である。ただ、その面白さってものが、泣きたくなるほど水物で、時代とともに変遷しやがるだけの話でもある。
~ 六代目尾上菊五郎
[編集] 最後に
この段階で関連項目、デフォルトソート、カテゴリを含めたキロバイト数は8,000である。
なお、画像やらなにやらを使用したら、こんな目安は一度に吹っ飛ぶことについては、考えないでおいてください。