J-WAVE

出典: へっぽこ実験ウィキ『八百科事典(アンサイクロペディア)』

J-WAVE(ジェイウェイブ)とは、東京都毒電波発射組織ラジオ局である。周波数は81.3メガヘルツ。

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目次

[編集] 概要

開局までの経緯
1980年代前半まで、東京都にはNHK-FM放送エフエム東京の二局しかFMラジオ局が存在しなかった。両局は「折角ステレオ放送で音質が良いんだから、ロックやポップスなんかには勿体無い。」とクラシック高校通信教育講座など堅苦しい番組を構成していたため、中二病患者予備軍思春期に少年から大人に変わるお年頃の少年少女は仕方なく、しゃべり中心のAMラジオに避難していた。1985年に隣接する神奈川県FM横浜が開局、少ないしゃべりと洋楽中心の選曲で当時の少年少女に洋楽中心でしゃべりの少ないFM=神! 邦楽中心でしゃべりの多いAM=クソ!の価値観を植えつけるに至ったのである。この作戦の成功から二匹目のどじょうを狙うべく東京都に第三のFMラジオ局を設置することになり、1988年エフエムジャパン(通称J-WAVE)が開局したのである。
開局から1990年代前半まで
開局から数年は、AZ-WAVEと言うノンストップで音楽を流すゾーンが人気の中心だった。従ってしゃべりは二の次とも言われたが、ジョン・カビラキャロル久末ジェームス天願、そしてクリス・ペプラーなどナビゲータと称するDJにも神レベルのメンバーを投入していた。となりの何処かと違いアイドル歌謡はご法度、それ以前に邦楽が殆どオンエアされない時代だった・・・が来る頃までは・・・。
1990年代後半
しかし1990年代中期以降の不穏な社会情勢で、「誰かのしゃべりがないと不安になる」といったチキンなリスナーの急激な増加から、一時はTOKYO FMに人気を奪われかける。テコ入れとして開局時よりもしゃべりと邦楽オンエアの比率が徐々に増加して来るのだが、それが1996年新規開局のInter FMに音楽番組絶対主義者リスナーと一部ナビゲータの流出[1]を招いている。そして開局10周年を迎えた1998年、突然のゲシュタルト崩壊により平日夕方にGROOVE LINEが誕生する。
2000年代以降
ピストン西沢の策略によりアイドル歌謡が(GROOVE LINE中心に)実質解禁となる。ここで旧来のリスナー完全死亡。しかし古の中二病患者が成長して、GROOVE LINEの直後の時間にJAM THE WORLDなる超電波番組を産み出してしまった。かくして月曜~金曜の19:59と20:00の間には巨大な壁が立ち塞がるに至ったのである。2003年にそれまでの西麻布からテレビ朝日と共に現在の六本木ヒルズに移転、その後J-WAVEを正式社名とするも、昔の面影は・・・。
開局時から変わらぬ人気番組は、月曜未明の試験放送。

[編集] 特徴

前述の様に開局から数年は邦楽自体殆ど相手にしていなかったが、1990年代後半にスガシカオをブレイク[2]させてきたあたりから邦楽が強くなり、遂には平日の深夜番組は野郎大杉神田羊水などの邦楽勢に占拠されている。この他平日昼間と金曜午後はスイーツ(笑)、土曜朝はお子様の限定番組にそれぞれなっており、アンサイクロペディアンが最も安心して聴取できるのが、実はGROOVE LINEだったりする。開局時の人気番組であったAZ-WAVEは開局20年を待たずに消滅、2009年4月からは火曜~金曜未明のJ's selectionがノンストップゾーンになっているが内容はお察し下さい。

池田大作ファンクラブからのお布施を断っている。但し選挙期間中の公明党の政党CMは選挙公報としてオンエアする。[3]

2009年4月より「TOKIO HOT 100」のスポンサーが世界最大の宗教法人、ドナルド・マクドナルド教に変わったのは記録に新しい。

[編集] 脚注

  1. しかしInter FMは数年で経営が行き詰まり、テレビ東京系列になってからはお察し下さい。
  2. 同時期に姉妹局のFM802から同じ事務所山崎まさよしがブレイクしている。
  3. MBSラジオも同様。尚、MBSはFM802の大株主である。

[編集] 関連項目


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