MOON CHILD

出典: へっぽこ実験ウィキ『八百科事典(アンサイクロペディア)』

MOON CHILD(ムーン・チャイルド)は、エイベクソに所属していたバンド。活動期間:1995年 - 1999年2月24日

目次

[編集] メンバー

佐々木 収(ささき おさむ、1971年10月26日 - )
ボーカル、ギター、作詞作曲担当。下膨れ界のイケメン。通称「タコ(ライヴ中にタコ踊りをするから)」「青ヒゲ」「若い頃の中村雅俊」「フラワーロック」。
渡邊 崇尉(わたなべ たかやす 、1971年1月29日 - )
ベース担当。なべっち。通称「帽子」「ロン毛」「ハゲ」。
朝倉 大介(かしやま けい、1970年7月25日 - )
ドラム担当。通称「金髪」「ヤ◯ザ」。和歌山県の上富田町という、ありえないくらいクソ田舎の出身であり、ブレイク当時は地元ではちょっとした話題になったりもした。ちなみにオレンジ色の髪が地元の名産に対する敬意の表れであることは言うまでもない。
秋山 浩徳(あきやま ひろのり、1970年4月22日 - )
リードギター担当。MOON CHILD時代童貞説があった。小型犬。通称「ジミー(地味)」「チビ(身長が1.05hydeくらい)」。

[編集] 関係者

浦 清英(うら きよひで)
1st、2ndアルバムのプロデューサー。Mr.Childrenのキーボーディスト。
井上 鑑(いのうえ あきら)
3rdアルバムのプロデューサー。音楽業界では神様みたいな人(マジ)。4人バラバラに録音した音を、まるでジョン·レノン死後のビートルズの音源の如くそれなりに纏めた凄い人。
河野 圭(かわの けい)
サポートキーボーディスト。通称「おぢさん」。現在は宇多田ヒカルのアレンジャーとして有名。
松本 博志(まつもと ひろし)
サポートサックスプレイヤー。通称「モヒカン」「ウド」。

[編集] 来歴

[編集] 解散後

[編集] ディスコゴラフィ

[編集] シングル

Brandnew Gear (1996/05/08)
♪チュルッチュッチュチュッチュル~♪チュルッチュッチュッチュッチュル~。PVでは、收が哲学者みたいな眼差しでどや顔をキメている。朝倉大介もまだ可愛らしい。胸元がチュルッチュ。お腹がチュルッチュ。収、童貞なんじゃないの?と妄想される。ラストライブのアンコールで披露された際には、会場全体を♪チュルッチュッチュチュッチュル~♪一色に染め上げた。でもメンバー紹介の変なスキャットは正直やらない方が良かったと思う。
Over the rainbow (1996/07/17)
オズの魔法使い』で有名なほうの曲ではない。ドラマ「八月のラブソング」の主題歌となるが、ドラマは記録的低視聴率を叩き出し、VHS・DVD化もされていない。オー!ポカホンタス!PVでは曲調に惑わされず、ブレない収ダンス(タコ踊り)が見られる。言わないほうがいいかもしれないが、この時のなべっちがキモイとよく言われる。でもすげーいい曲。正式メンバー入り前の秋山が手だけ出演。
Blue Suede Shooting Star (1996/10/09)
この曲が各レコード会社に評価され争奪戦の末デビューしたという都市伝説は、真偽不明。小型犬加入後初シングルで、PVは堤幸彦のスペックにより破壊された。直訳すると「青い皮の流れ星」。MOON CHILDの曲でなぜか知名度が低い曲。
微熱 (1997/03/12)
レコーディング時、微熱ではなく高熱を出していた収。高音が出ず苦しんだそうだ。が、そこがたまらない。PVでは収がこれでもかと踊りまくっている。ボウリング場で。もう、まったくたまらない。すげーいい曲。もう、たまらないよまったく。
ESCAPE (1997/05/28)
MOON CHILD史上、まぐれで唯一売れた曲。約600千枚。エイベクソの操作でPiPiっとオリコン1位も獲得。大魔神の嫁とエンクミとMUNEHIROとさかもとえりとグフ~のために、収が別人格を生成して作った曲。PVで収をイケメンと思った女子達は、歌の大辞テンを見て♪ケセラセララ~バ~イ。
アネモネ (1997/09/10)
全てはここから始まった。何とかオリコン10位内に食い込むも、「ESCAPE」とのギャップについていけないファンの怪訝な顔が♪ラーラーラーラーラーララーラララー。そのままグッドバイバイしてしまう例も。曲の爽やかさとルックスのアンバランスさに♪ラーラーラーラーラーララーラララー。「HEY!HEY!HEY!」に出演した際、収が「爽やかな曲です」と紹介するも、浜ちゃんに「お前ら爽やかちゃうやん!」と全国放送でバッサリ斬り捨てられてしまい♪ラーラーラーラーラーララーラララー。因みに曲中には「アネモネ」という歌詞は一切入っていない。「サクセス!」のために収が作った曲。でもすっげーいい曲。
Hallelujah in the snow (1997/10/29)
冬物語CMソング。いとこの「冬のファンタジー」が大ヒットした後だけに期待度はGOLDだったが、Mステでのヤケクソ歌唱で、売れ行きもヤケクソ状態。クリスマスソングだけど山下達郎には太刀打ちすら出来なかった。でもすっげー良い曲。
requiem for the man of nomad (1998/05/13)
歴史的大事件「明石の屈辱」が起こる。吉川事件の火の粉も浴びる。順調に売れ行きを落とす。オー!サムシングニュー!でもすっげーかっこいい。ジーザスキリストだのファシストだのラスプーチンだの理解不能。でもすっげーかっこいい。PVで、収が花を食って吹き出すシーンは完全アドリブ一発撮り。jump!直訳すると「放浪者への鎮魂歌」。そろそろ収が心配である。
フリスビー (1998/08/12)
「収、大丈夫か?」by収兄。全国ゴールデンの歌番組出演がなくなる。レコーディングに掃除機を用いたり商品名(フリスビー)のタイトル使用許可をもらったりした意欲作。だがやっぱりヒットせず。でもすっげー良い曲。カップリング曲では「収、どうした???」。プロデューサーや音楽ビジネスへの不信感が生々しく書かれており、自虐や皮肉がエグ過ぎて放送禁止になっている。この頃には収の精神崩壊が明白に。翌月、収が自殺未遂を図る。
グロリア (1998/11/26)
「収、大丈夫か?」by俺。頭金髪のお坊主さんになった収が、Wild Cherryな猥語をシャウトしている。ピンクの小粒のために収が別人格を生成して作った。やっぱり売れないが、でもすっげー良い曲。歌詞の「陽気なsuicide」という部分が、不適切だという指摘で「陽気なsea side」に変更された。が、その他の猥褻表現はいいのか!コーラック!
Star Tours (1999/01/13)
ラストシングル。精神状態がマシになったと考えられる。売れなかったが、でもすっげーいい曲。バンド自ら夜空にはじけて流れ星になった。浦安ネズミーランドで有名なアレではない。ロマンティックな曲かと思ったら曲中で「1万光年」とか堂々と卑猥な言葉を声高に歌いあげている。そのためFM東京では放送規制をくらい売上げも0.3万枚と散々な結果に終わった。最後にもう一回だけ言わせてくれ、すっげーいい曲。

[編集] アルバム

タンバリン (1996年)
1stアルバム。まだ売れてなかったので、音がショボい。爽やかポップ路線を突き進む。名盤と言われたり言われなかったりしている。
MY LITTLE RED BOOK (1997年)
「ESCAPE」のヒットでチョーシこいたのか、音は一番良い。ポップにロックが混濁してくる。1stと3rdの橋渡し的なアルバム。ジャケットに登場する赤い本の値段は「ESCAPE」5000000枚分である。
POP&DECADENCE (1999年)
「収、大丈夫か?」。解散発表翌日に発売。音がバラバラなうえジャンルも曲調もポップアンドデカダンスで、精神崩壊っぷりが全くjoy of lifeである。精神崩壊中に書かれた曲は神曲として今も崇められ、名盤と言われたり言われなかったりしている。収の幸せを願いつつ、再び精神崩壊を期待するファンもいるほど。Everything to love,Everything to lose
Treasures of MOON CHILD - THE BEST OF MOON CHILD - (1999年)
エイベクソの集金大作戦その1。ああ買ったさ。
MOON CHILD COMPLETE BEST(2005年)
エイベクソの集金大作戦その2。ああ買ったさ。悪いか!2CD&DVDで3500円。安売りもいいとこである。収、怒ってもいいぞ!

[編集] 関連項目

Wikipedia
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Hiyoko.jpg この項目「MOON CHILD」は書きかけだよ。書いた本人とひよこ陛下が言うんだから間違いない。より素晴らしい記事にできるってなら、してみやがってください。お願いしましたよ。 (Portal:スタブ)
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