SBM48

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この記事はフィクションです。
AKB48および福岡ソフトバンクホークスとは一切関係ありません。

SBM48とは九州福岡を拠点とし、F-POP(ほーくす-ぽっぷ)に所属している4人組ののアイドルグループである。

メンバー一覧[編集]

2代目S候補・藤田宗一
お菓子屋アイドルグループ新聞屋アイドルグループのメンバーである。ベテランである。
2010年10月新聞屋グループ脱退解雇後、2011年1月研究生として加入。
2011年3月に摂津正のソロデビューのために、研究生から正規メンバーになる予定だったが、衰えかダンスも歌もイマイチなこともあり、一時期活動休止したが、最後はバンドに戻り前バント時代から含めて600回目の公演を果たした。だが2011年11月にセレクション落ちしてしまった。
2代目S候補・大場翔太
研究生だったが、2011年にS昇格争いに立候補。
給料は1150万と、同じくS昇格候補ののライバルであった藤田以下だった。
B・ブライアン・ファルケンボーグ
とにかく存在がチートな人。ゲームでは基本スタミナ以外では規格外な奴。。
肘を怪我しても無尽蔵な気力で踊り続ける。
給料は4億円らしくかなりの大金持ちである。憎いねぇ~♪この大統領
M・馬原孝浩
別名大馬神。SMB48の絶対的センター。
特技は観客に美声を聴いてもらうために公演を無駄に長引かせる欲張り男。しかし燃えドラにはフルボッコにされた。
給料は1億4000万とスターっぷりを発揮している。
48・甲藤啓介
読み方は「かとう」や「こうとう」や「こうふじ」ではなく「かっとう」である。
プロデューサーの秋山の推薦で見事二番手の地位を獲得し、それ以降人気が上昇中とかどうとか…。
給料はなんと900万円で他のメンバーに比べると天と地ほどの差があったが、2011年には4500万円の大幅アップとなった。しかし2011年は年を通して行方不明。

なお、以下の人物が公演に参加する時は、バンド名が「SBM48ちょ」となる。

ちょ・森福允彦
研究生としてライブに参加をしていたが、2010年後半に正規メンバーに昇格。
無駄なモデル体系とイケメンで九州の顔ファンを魅了する存在。
2010年の給料は1200万と何故か正規メンバーの甲藤以上に貰っていた。

D(ディレクター)陣[編集]

SBM48が活動するためには主に活動を支えている3名のD陣の存在が必要不可欠であるため面倒くさいがとりあえず記載しておく事にする。


たのうえディレクター
本名は「田上秀則」でD陣の中で際立って活動し、テレビ画面にも活発に登場する九州の藤村忠寿
SBM48が本格的に売れる前に何故かメインより先にテレビドラマに出演するという快挙?暴挙?を成し遂げている。
ファンからは「上手くリードしてやれよ!」とか「あいつら(SBM48)の意見をちゃんと受け止めてやれ!」と日々叩かれているらしい。
ザキヤマディレクター
本名は「山崎勝己」でニックネームはとりあえずカツオやザキヤマやパン祭り。
現在は怪我で活動休止中だが過去に番組の収録中に泣く子も黙る暴投男を上手に手懐けるという実績を持つ。
ほそかわディレクター
本名は「細川亨」。埼玉県・所沢市を中心に活動中のアイドルグループ「オレタチ」のディレクターを務めていたが、その手腕が秋山Pの目に止まりヘッドハンティング。
ディレクターとしての腕はたのうえD、ザキヤマD以上と言われている
埼玉で活動してた時代はバットを投げられたり自分自身を投げられ、そして仕返しを図るも失敗したりなど千葉の音楽狂に痛い目に合わされていた。

概要[編集]

甲子園人気ユニットJFK秋葉原の人気ユニットAKB48、はたまたは某アニメの人気ユニットらに対抗するために、携帯会社の孫社長の下、プロデューサーの秋山幸二がメンバーを推薦しOBの監督コーチなどといった審査員のもとで厳選に審査され生き残ったメンバーが上記の4名である(2009年の発足時は3人だったがJFKと同じ人数の3人でインパクトに欠けたため、2010年に改めて4人で募集した)。ちなみに候補に挙がったつよぽんエース方向性の違いから本人達から早期却下。マスコットになり得る暴れ馬は来場者の命に関わる行動を行うためこちらも早期却下されている。

ちなみに過去にも同じように候補者に挙がった方々もいるが秋山やタコの酷使に耐えられなかっために離脱している者もそう少なくない。

2010年の秋の風物詩ではお菓子屋さんにライブを粉々にされた。

2011年は摂津がジョージ曰く「ブルガリア」の誘いに乗り前座デビューや馬原のXXXXXもあり、たった1年でグループ解散かと思われた中。森福やファルケンが益々チート化し、小粒共も揃え一応は存続の形となった。

公演について[編集]

  • 日程は基本144日に設定されており公演させるかされないかは運頼みである。
  • 主な公演場所は福岡ドームであり、その他はほとんど本州遠征だが、北は北海道まで行くらしい。
  • SBM48が公演された場合、絶望に陥る人と妙に幸福感に満たされる人と極端に二手に分かれるらしい。

OB[編集]

摂津正
初代チーム「S」のエース。
とりあえずファンが「ぶっ壊れるんじゃねぇか?」と思わせるくらいのいい働きっぷりで劇場公演に貢献。
気分転換のためソロデビューをする。
しかし日本シリーズ公演にて限定復活!しかも最後にはセンターの座まで奪ってしまった。

脱落者[編集]

かつては人気アイドルとして人気を博したが、プロデューサーの秋山幸二やOBの監督に好かれすぎたため、嫌気が差して選抜からもれてしまった人々。

三瀬店長
本名は三瀬幸司で、店長の愛称で親しまれる。
かつては攝津と同じように王プロデューサーの下で新人王にも輝いた元守護神。
しかし王プロデューサーに好かれすぎたためドアラバンドに亡命。
阪神バンドのリーダー、アニキに頭部死球を当てる事件なんかもおこした。
後期の活動は熱いプロデューサー陣の熱意と本人のノミの心臓から炎上することが多く、左対左だからといってローズに当てられたりしてご臨終。
たごっち
本名は藤岡好明で、王プロデューサーのルーキー熱愛三代記の最大の被害者。
1年目の活動はそれはそれはすばらしく盛況で、当時のルーキー最多公演回数を更新するなどした。
しかし王プロデューサーと禁断の熱愛をしてしまったことで急転直下。SBM48の恋愛禁止条項に触れたため先発へと左遷
秋山プロデューサーの下で再び公演の場を試合終盤へと移すも、いまいち信頼感にかける中途半端なアイドルに。
久米キュン
本名は久米勇紀で店長⇒たごっちと続くルーキー熱愛三代記の系譜を受け継ぐ。
新人時代の序盤はアイドル不足に嘆く王プロデューサーを喜ばせたが案の定恋愛禁止条項に触れ左遷。
その後行方不明。
水田章雄
SBM48の元準メンバー。
メンバー内では最年長で、SBM結成当初は影でグループを支えたが、シーズン中盤から準メンバーに昇格。
しかし甲藤ら新メンバーの加入を機に引退。
今は音響にまわったとか。

関連項目[編集]

Wikipedia
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