UnBooks:有名探偵カズマと魔法使い

出典: へっぽこ実験ウィキ『八百科事典(アンサイクロペディア)』




目次

[編集] 祭りの中で

昔々亭桃太郎という落語家がいた。大正末期から昭和初期にかけて、東京を中心に活躍していた。その桃太郎さんが国の命令、すなわち赤紙によって招聘され、戦地へと赴いたことが、この物語の大きな転機となる。

[編集] 序章

ここ、昭和一桁のころの東京は浅草。一時期の勢いは失いつつあったエノケンと、形態模写でまさに日の昇る勢いで駆け上がってきた古川ロッパの争いで、毎日が祭りのような賑わい。いわゆる軽演劇の端緒として有名な笑いの王国の興行が浅草を、そして東京を引っ張っている中、一組の男女によって今夜の夕食の話し合いがおこなわれていました。

この物語の主人公であるカズマは、大学を卒業したばかり。昭和初期の就職難の中で無事に「大学はでたけれど」の悲劇に巻き込まれず、いわゆるモボ、すなわち「モダンボーイ」と言われる青年期をここ東京で過ごしています。そして、同じくモガ、「モダンガール」と言われるハイカラな彼女のキクと一緒に、まるで迫り来る戦火のにおいを振り払うように、それを、その一瞬を楽しんでいました。

「さあ、シチューが出来たわよ」。ここは銀座のカフェー。メイド姿で髪を島田に結ったおばさんが、西洋料理で、庶民の口にがまず届かないビーフシチューを持ってきました。時代は、いわゆる大学野球の全盛期、早慶戦で後の水原茂巨人軍監督が起こしたリンゴ事件で国中が大騒ぎになったあと。この祭りに庶民は熱狂し、大学という存在が若さの象徴となった時代。起業というものがようやく怖いものではなくなった東京では、若社長による様々な新しい店が立ち並ぶようになり、その結果、ここの店もオーナーが大の早稲田ファンであることを目玉に、ワセダの学生を取り込むことで大きく半繁盛していました。さらにこのかふぇーでは、大学野球、もしくは早慶レガッタででワセダが慶応に勝った日、特別にタダでシチューを御馳走してもらえることで有名でした。もちろん、この店のオーナーは元早稲田ボーイ。腹を空かせたバンカラな学生達に混じって何も関係ない連中も、そのご相伴に預かるのがいつもの光景でした。

[編集] 店内

「よし、食べるか。キクも食べるか」。男臭い熱気と都の西北が鳴り響く店内で、ようやく席にすわれた二人は、メニューに目を落としつつ、タバコに火をつけます。

「ううん。今日はおなかいっぱいだからいい」。混雑した店内を縫うようにやってきたウェイトレスにキクがコーヒーを頼みます。紫煙をくゆらせながら二人は特に会話もないまま夕闇から夜へと換わり行く銀座を見つめています。降り出した雨に会話も途切れがちになる中、店内には「ワセダ、ワセダ」の大合唱が響いています。

「おっと、ようやく出来上がったようだ」そういうと、カズマは厨房に目をやり、一番乗りで出来立てのシチューをもらいに立ち上がりました。そのすぐ後に彼らのそばの席に、短髪で和服の男たちが座りました。たったそれだけのことですが、人の出会いってものは、ときに信じがたいきっかけで始まるのでした。結局、餓えた学生たちの後ろでさんざん待ってから、ようやくカズマは出来立てのシチューを持って帰ると、スプーンで一すくい食べました。「おい、キク」。お前も食べろよ、と言いかけたその瞬間、隣の席で同じように「おい、きく」と、まったく同じ言葉が発せられました。

「うんっ?」思わず振り返ると、そこにはその時代、大変によく見知った顔がありました。ハゲあがった頭に笑いが張り付いたような顔。今をときめくお笑い芸人、柳家金語楼が弟の昔々亭桃太郎と二人でシチューを食べようとしていました。

「あ、あなたは!」そう言うと、カズマは倒れました。勢いよく立ち上がって、二人の芸人に近づこうとした瞬間、雨に濡れた床で思いっきり足を滑らせました。それをふせごうと思わずテーブルに手をついたところ、テーブルクロスと一緒に食べかけのシチューを盛大に自分の体にぶちまけました。少し冷めていたからよかったものの、おろし立ての背広が台無しになりました。それを見ていたメイドのおばさんは、こらえるようにくくく、と笑うと、大いそぎで逃げるように厨房へ飛んでいきました。そして、ひとしきり笑い声が響き渡ったあと、手に一杯のタオルとおしぼりをもって駆けつけると、シチューまみれになったあなたに優しい言葉をかけつつ、やっぱり、笑いをかみ殺しながらたまねぎやジャガイモをぬぐってくれました。もちろん、店内は大爆笑の嵐です。

「カズマ」「大丈夫ですか」「ヒック、そんな、立てなくなるほど、酔っ払っちゃいけませんよ、ひっく」

倒れたカズマの周りに、キクをはじめとした人々が集まります。

カズマはふらふらしながら立ち上がり、トイレの個室に駆け込みました。

[編集] トイレの中で

「ううう……」

恋人と憧れの人物の前での失態。カズマは、激しい心の痛みの後、目を覚ますかのように冷水で顔を洗いました。鏡を見るとびっくりしました。頭の上にニンジンがきれいに2つ張り付いていました。二階からも大笑いが聞こえてきたのはこのせいでしょう。再び個室にもどって、ニンジンを下水に投げ捨てます。自分の身体がより小さく見せるようにして、トイレの扉を開けると、再びワセダワセダと聞こえるようになっていた店内が一瞬、静まり返りました。再び、カズマはトイレへと戻ります。

しかし、本当の出会いはここからなのです。

[編集] 桃太郎さん

「やぁ、お隣さん。いや、カズマさんとやら。実に、災難でしたな」

そんな声と、ドンドン、とドアをたたく音がします。

「気持ちは分かりますが、残念ながら、ここを使いたい人が列になって困っていますよ。ここは兄貴の笑顔とハゲ頭に免じて、この雪隠詰めから出てきてやってください」

(はぁ・・・仕方ない)

カズマはドアを開けました。

「わっ。何だお前、その格好は!」

一瞬、血まみれのように見えたビーフシチューに染め上げられたシャツを見てとると、トイレが開くのを待っていた、学帽をかぶってベロベロに酔っ払った男子大学生連中はびっくりします。恥ずかしさに小さくなったカズマは答えました。

「僕は、その、少々難しい悲劇を起こし、店内に波紋を呼び起こしましたが、正しさにおいては一高よりもワセダだ、慶応ボーイははっきりいってヤボな連中ばかりです。ワセダ、ワセダ、ワセダー!」。元法政大生とは思えない言い草です。もっとも、カズマ自身、法大の校歌ができた頃はほとんど学校に通ってなかったのでよしとしましょう。

ワセダワセダの掛け声に、カフェー中の酔っ払った男たちは大歓声をあびせかけます。当たり前です。店内から都の西北がそこかしこから響き渡ります。

トイレに迎えに来た桃太郎さんと一緒に身を低くしてこそこそと席へと戻ると、そこには満面笑みの金語楼と、そして恥ずかしさに真っ赤になったキクがカズマを待っていました。「カズマさん。あなたってやつは、私が新作にこだわっているのを知らないかい?」笑顔を一層に強め、ハゲ頭を光らせながら金語楼は親しげに語りかけます。

[編集] 柳家金語楼

「いや、初めて会った人にこんなことをお願いするのは慶応ボーイのようにヤボかもしれないが、ぜひ、今の光景を高座にかけてみたいんだが、当事者の君に今すぐここで許可してもらいたい」と聞いてきました。これが夢か、そうカズマは思いました。小さい頃からの、正しくは、尋常小学校一年のころから大ファンだった雲の上の人は今、カズマに親しそうに話しかけています。たった20分前にはまったく信じられなかった光景です。

しかし、事情が事情です。「その、あなたがどんな人か知りませんが、その、彼女の手前、そのような話は受けらないように思えます」。嘘です。大学さぼってまで高座に通いつめています。

などと、必死にファンであることごまかしながら、そわそわしながら、お絞りで体を拭き続けました。

すると、隣の桃太郎さんがこたえました「とりあえず、兄貴、この場所を出て、この方にいい服を買ってあげることが先だと思うんだ。いや、なんでしたらそちらのお嬢さんにも」「なるほど、きく、すまないが正一を呼んでくれ」「兄貴、またカズマさんが混乱するじゃないか」

そう言うと、にこやかに笑って桃太郎さんは続けます。「すいません。実はですね、私の呼び名とあなたのお連れ合いの名前が同じキクだってことなんです。いえね、私の名前は、本名を山下喜久雄といいまして、兄貴の山下ケッタローは皆さんご存知なんですが、今日のように兄弟二人っきりのときは、だいたいキクって呼ばれているんです。まぁ、そんなことよりカズマさん、災難でしたな。けど、人間万事塞翁が馬といいます。これを機に、きっといいことがありますよ。で、そのいいことのはじめが私達」。そういうと、男たちは・・・正確に言うなら3人の男と一人の女性をつれて、雨の降り注ぐ銀座のカフェーをあとにします。交換所に電話をいれて、付き人に車を回してもらう時点で、カズマもキクも夢心地であったことは言うまでもありません。ちなみに、その後の店内ですが、第二の事件として、明らかに急性アルコール中毒になった1年生をトイレの外へ出すことが、次の大騒ぎの開始となり、結局、シチューまみれの男事件の記憶は誰もが忘却してしまいました。

[編集] 親なし子のショウイチ

「えっ。カズマさん。あなたのご職業は探偵でしたか」簡単な自己紹介のあと、車内に驚きの声が上がりました。レディファーストでキクが助手席、そして後ろ座席に3人並ぶと、けっこうな狭さになります。「すると、今大人気の名探偵明智小五郎やシャーロック・ホームズ、怪盗ルパンで見るああいったお仕事をされてるんですか」「はい、あれらの作品のおかげで、私も就職できなくて、故郷に帰るような悲劇に遭うこともなく、無事、大東京に住み続けることができました。でも、明智小五郎のような話は現実にはまったくありません。この、殺害現場を探偵が捜査するなんて話は作者である江戸川乱歩の頭の中から出てきた話であって、本当の探偵の仕事はもっと地味なものです。もっともそれでは面白くないのでああいった話にしているのでしょう」

「あらいやだ。カズマさんたら。私には探偵という職業は秘密にすることが仕事だなんていっているのに。でも、外国ではそんな話もあるじゃないですの」キクが聞くと、なんと、カズマではなく、運転手であり、金語楼の付き人だった難波正一さんが話しのコシを折りました。「いえ、実は、日本でも同じような話はありますよ」「え?」正一さんは言い続けます。「私みたいに天涯孤独の浮浪児には、いい人も悪い人も色々な話を持ってくることがありまっせ、ということです。さ、つきました。この仕立て屋でよろしいですね」「お、すまなんだな正一はん」「兄貴、京都から帰ったらなるべく難波のくせを出さないってさっき約束したばかりじゃないか」

この時代、自らの兵役体験を題材にした新作落語「兵隊落語」で爆笑をかっさらっていた金語楼は、暇な時分、京都に出かけては兵隊落語の祖である桂三八と交流を持っていました。

[編集] 仕立て屋にて

「ねえ、カズマさん。このお店真っ暗じゃないの」「いや、多分、大丈夫。それよりも、これから僕たちのまだ見たことのない世界があるってことをイヤというほど体験することを覚悟したほうがいいと思うよ」そういった口元も乾かぬ中、正一さんは雨戸を閉め切って中が真っ暗な仕立て屋の戸をガンガンと叩き始めます。「こんばんわ、○○屋さん、親父さん、えろうすいまへん!また急ぎで一着、仕立ててくれまへんか!」ガンガンガンガン。中に明かりがともります。気難しそうな初老の男性が引き戸を開けると、アゴでこちらを向かいいれました。「まったく、俺がカカアに捨てられたのはあんたらのせいだ」。ぶつくさしゃべる親父に暗がりから金語楼が声をかけます。「まぁ、そういわないでくれ、今回は私のハゲ頭に免じて許してくれないか」「おや、敬ちゃんじゃないか。なんだいなんだい。いるんならいるって言ってくれればいいじゃないか」さっきまでの不機嫌さをまるで感じさせない笑顔で続けます。「なんだなんだ、キクちゃんも一緒かい。こらうれしいねえ。さ、そんなとことに突っ立っていると風邪引くよ。入んな入んな」。

白熱灯の光る作業場で、桃太郎さんが先ほどの顛末を語ります。「・・・というわけなんだ。できれば、今夜中に一着、探偵さんに仕立ててやってくれませんか」「なるほどねえ。分かりました。だとすると、私一人では厳しいので少々お待ちいただけますか」そういうと、親父さんは店の奥に声をかけます。「タカシ!おいタカシ!急ぎの仕事だ。これからひとっ走りお姉ちゃんの家まで行って寝てる連中たたき起こして連れて来い!どうせ嫌がるだろうから、最初に敬ちゃんとキクちゃんが来てると言えよ!わかったな!」申し訳ない気持ちでいっぱいのカズマに金語楼はいいます。「探偵さん、気になさらなくて結構ですよ。むしろ、気にとめてほしいのは、あの探偵の七つ道具を入れるポケットやらなにかがいるかどうか、今のうちに親父さんに言っておいた言いかと思うのですが」。「いえ、それも冒険小説の中だけの話なんです」

夜の暗がりに寝ぼけ眼の少年が傘も差さずに飛び出そうとするとき、キクが言います。「いけませんわ、こんな夜更けに子供を一人で使いにやるなんて」それをさえぎるように正一さんが言います「それでは、タカシ坊ちゃんは私がお送りしましょう。そして、もしよろしければ、その、キクさんもそろそろご自宅へ連絡を入れてみてはいかがでは・・・」その言葉を聴いて、カズマとキクは一瞬黙ってしまします。金語楼も桃太郎さんもなにかを悟ると、桃太郎さんがタカシ君を車に連れていってくれます「さ、タカシちゃん、お外の車はドイツから来た最新式の車なんだよ」「ほんと!」無邪気な声が外に消えた直後、金語楼のカミナリが正一さんに落ちます。「バカ野郎!お前はだからトーヘンボクなんだよ!!」明らかに年齢が下の金語楼が正一さんを拳骨で殴りつけた瞬間、キクが金語楼と正一さんの間に割って入ります。「おやめになって!」一瞬、何がなんだか分からない顔をした後、正一さんは、ハッとした顔をして「大変申し訳ありませんでした!」と、キクとカズマに土下座します。

[編集] 回想シーン

一年前・・・

「へえ、カズマさんていうの。始めまして。と、まずお近づきのしるしに一杯どうぞ・・・」

半年前・・・

「そうなの、やだわ、震災で死んだ弟と一緒の年なのね・・・」。

3日前

「・・・分かったわ、お父さんに相談してみる」

[編集] 白熱灯の下で

カズマはこの張り詰めた空気になるべく笑みをむけながら、これまでの二人の話をします。自分は、親と姉を震災で亡くし、苦学してようやく大学にまで通うことができた。そして、マのつく犯罪について調査しているときに彼女と知り合い、情報源として、その後はよき友人として関わってきたことを話します。「何時の日か、フィッツジェラルドの『偉大なるギャツビー』のように、はかないまま散れたらいいねって、何時の日かアメリカに行って、本場のジャズを聴いて・・・って、そんな話を、今日、浅草でしてきたところなんです」

「彼女も、地震で3人の家族を陸軍本所被服廠跡地の火災旋風に焼き殺され、残された父親と一緒に、苦労に苦労して生きてきたそうです。一年前にアルバイトを始めた探偵社の仕事で初めてキクにあってからすぐ、親父さんが倒れられ、今はどうにか糊口を凌いでる状況です。ですから、彼女が夜の女であろうとなか・・・」「やめてカズマさん」「・・・うん。そうだね。つまり、このしがない新人探偵は、毎日毎日、酒場から探偵社へ通勤しながら、1週間に1度、大学に通学していました。つまり、そういうことです」

いつもの笑顔を忘れたような金語楼は、ここに来て初めて、ほっと一息つきます。「苦労なされたんですな・・・」そういうと、作業場に両膝をついている正一さんに言いました。「さ、いいからさっさとタカシちゃんと一緒にお姉ちゃんを迎えにいってあげなさい」「はっ」そういうと、正一さんは脱兎のごとくに夜の雨の中へ駆け出します。ずっと黙っていた親父さんが口を開きます。「さ、こっちへ着なさい。寸法を計るから」

[編集] ショウイチ、羽柴家に入る

正一さんと桃太郎さん、そしてタカシ君は歩いて10分、走って5分、人さらいに捕まったら30年かかる道のりを車で10分かけてお姉ちゃんの家に到着しました。軽いドライブです。テーラー羽柴は奥にかすかに灯がともっています。タカシ君が入り口を叩いて催促します「お姉ちゃん、急ぎの仕事だよ!父ちゃんがコウシ兄ちゃんと一緒にうちにすぐうちに来いって!」奥の戸がガラガラと開き、この一家の主である羽柴孝志さんが顔を覗かせます。「おや、タカシちゃんだけかと思ったら、お客さんも一緒に来たのかい」「ううん、この人はあの車の運転手さん。そして、この人はこれからはこの人が新作落語を切り開いていくって父ちゃんがいつも言ってた、キクさんって人」「おや、師匠、始めましておうわさはかねがね、さ、雨に当たるといけないどうぞ、そちらの方も中にお入りください」「これはすいません、こちらのほうこそ夜分遅くに申し訳ありません」。すると、奥から大きなお腹をした奥さんと思われる人が出てきます。「あ、お姉ちゃん。この人が、前から父ちゃんが自慢してたキクって人だよ」「バカ、タカシ。大人に向かってなんて口を利くの。ちゃんと師匠って呼ばなきゃダメじゃないの」「いや、いいんだよタカシちゃん。お父さんには私達兄弟ともに昔から本当にお世話になってるんだから、そんな仰仰しい物言いをしてはこっちが恥ずかしいよ」「師匠、ほんとにすいません、あわせて、昔々亭桃太郎の襲名、本当におめでとうございます」「いえいえ、どうも、ま、ここでは何ですから、早速親父さんのところへ向かいましょう」。コウシさんもおねえちゃんも自前の道具を持って車に乗り込みました。

これが縁で、正一さんはこの後も何回かテーラー羽柴を訪れることになります。

[編集] 寸法

羽柴孝志さんと奥さんがドイツ製の最新自動車に驚いているころ、親父さんに寸法を計られながら、カズマは金語楼に感謝しつつも、本当にあの光景を話にするのかと、困り顔でたずねています。

金語楼「カズマさん。これは私どもの職業にとっては、ある意味、どうしても避けられない道なんです。面白い話ってものは、講談のように見てきたように嘘をつくだけではいずれ飽きられてしまうんです。ですから、今日のように、嘘みたいな本当の話をすることで、多くの人をより長く楽しませることができる。私はそう考えています。でも、安心してください。名前も場所もちゃんと分からないようにしますから」

そういうと、金語楼は袂からキセルを取り出し、仕事場においてあるタバコ盆を手繰り寄せます。「親父さん、誰か適当な名前を言ってみてくれ」「羽柴静子」「なんだ、娘の名前じゃないか。まぁ、それでもいいか」。そういうと金語楼は即興で物語を話し始めます。

「ここは、大阪は難波。人々が日夜活動する町並みのある一角、ビルヂングの2階に羽柴探偵事務所があります。ここでは、正義に生きる志を持った5人の探偵が、日々発生する事件を解決するために・・・どうも調子がよくないな・・・・ここでは、毎日起こるいろいろな事件を解決しようと・・・やっぱりよくないな。やっぱり、探偵小説みたいにかっこいい話はすらすらと出てこないもんだね」。親父さんも言い返します「やめてくれい。聞いててさぶいぼがでらあ。そんなしゃっちょこばった話でなく、いつもどおりの落語でやってくれないか」

「やっぱり、そんなもんかね」キセルをポンとたばこ盆に叩きつけるとすっと背を伸ばして滔々と語り始めます。

「え~、長いこと落語家をやっておりますと、ありがたいことに、私の名前とそして、顔、もしくはこの頭を覚えてくれるありがたいお客様がおります。しかし、中にはどうも慌て者、そそっかしい方もいらっしゃいまして、私を指差しながら、ほら、あれあれ、なんていったか、なんて方はまだいいほう。私を指差して、ほらあれ、ほら、なんていったか、あ、そうだ、ビリケンさんだ。なんて、私を新世界の置物かなにかと間違うかたもいる」。

ここで、キクが吹き出し、カズマもちょっと笑いかけます。

「しかし、間違うぐらいならまだいいんですが、中には、自分が何をしているか忘れる方もいらっしゃって、この間なんか、東京は銀座、しかも丸の内のしゃれたカフェーで私を見つけた方がいらっしゃいまして、よっぽど慌てていたんでしょうな。こちらに一歩踏み出そうとした瞬間、机の脚に引っかかって、転んだ拍子にあっとつかんだのがテーブルクロス。もしこれが椅子かなにかだったらよかったんでしょうけれど、転んで尻を突いたその方の頭の上に、それまで食べていたお皿から何からみんな頭の上に落ちてきちゃった。え、中身・・・。うん、その方は立派な紳士でしたから、そのあとのことはとても口に出すことはできません。でも、ニンジンとジャガイモはとってもおいしかったです」。

この段階で、キクは笑い声をあげてカズマは苦笑し、親父さんもついに噴出します。

そのとき、外で車の音が聞こえます。孝志さんと静子さんを連れて桃太郎さんが帰ってきます。

「あら、せっかくいいところでしたのに」キクのぼやきにカズマも少しだけ同調しました。

[編集] 仕立て

調度、寸法が計り終わりました。コウシさんも静子さんもあいさつもそこそこに、作業場の中、なれた手つきで自分の道具を並べています。「では、いつもの最高級イギリス製の布地でいいね」「けっこう」「えっ」カズマもキクも驚きます。親父さんは店の奥から絵厳重に梱包された袋を持ってくると、中からいかにも高そうな布地をとりだします。カズマもキクも恐縮してもう少しお安いものでと行ってるそばで、笑いながら金語楼は親父さんに注文します「おっと、そちらキクさんにも今イギリスで流行っている服を見繕ってやってくれないか」

「いえ、そんな・・・」驚きとうれしさでキクもカズマも目を白黒させています。

「ですが、それだと日をまたぐことになりますよ」コウシさんが心配そうに尋ねます。「おっと、それだと私たちのほうに支障が出そうだ。よし、とりあえず、今日は寸法だけ計って、後でご実家へ届けるということにしましょう。昔々亭桃太郎殿、汝の襲名披露祝いにおける兄から最後の贈り物だ。このお二方を決して邪険に扱ってはいけませんぞ。君のこれからの高座での活動に、このお二方の話ほど重要となる話はないでしょう」。

カズマもキクも金語楼の話は何のことだか分かりませんでした。もっとも、その後、カズマが仕事を続けていく中、桃太郎さんとの交流がいかに家業に役立ったか。そして、桃太郎さんにとっても新作落語の形成に役立ったか。結局、まったく違う職業の人たちと交流してこそ、様々な発想や考えが生まれてくることは歴史が証明しています。

[編集] 完成

静子さんとコウシさんの手伝いもあって、作業は親父さんの仕上げの段階に入りました。

「何。このガキ。眠いから寝ていいかだと」。親父さんが殺気だった声でこたえます。「おい、静子。台所に芥子漬けがあるから、そいつをイヤというほど食わせろ。最高級品を作っているってのに、眠ろうとするなんざふてえやろうだ。とにかく、出来上がるまで全員の手元をしっかりと見て置きやがれ」今までとまったく違う父親の姿に、タカシは驚きました。それに対して、キクはこう説明しました「タカシちゃん。お父さんの仕事を見るって本当に大切なことなのよ。眠いのは分かるけれど、ここはぐっと我慢して御父さんの仕事を見続けるのよ」ハサミを止めずに親父さんが言います。「お、キクさん・・・いや、キクちゃんと同じだとなんかおかしいな。でも、ま、仕方ない。キクさん。あんた若いけれど色々と物事を知ってるね」。

「ええ、もしこの子が、自分の父親の本気の仕事姿を見なかったら、っちのほうがかわいそうですから」

「そうですか。まあ我々みたいな布と糸とハサミで生きていくものにはおしまいってものがありませんから。一生かけてはさみと布地とチャコペンを握り続けていかなけりゃいけませんから。でも、逆に師匠たちみたいな一見華やかな世界よりもずっと楽だと思いますよ。」

「まぁ、そうかもしれないね。私ら兄弟みたいに早いうちから売れたりするとなおさらそうかもしれないね。第一、しゃべる商売なのに普通にしゃべることができなくなっていくんだからひどい話だよ。今日みたいに初めてあった人や親父さんの前でのウケ狙いに同じことをしゃべってもまったく違うって分かっちまうんだから悲しい話さ。ここはこうしたらいいかな。あこはこうしたらいいかな。そんなとこまで考えながら普通の話を言うなんて、マトモな人間なら絶対に考えないことだと思うよ」「でも、あんな話をタバコ一服吸いながら考え付くってのも大したもんだよ・・・と、よし、こんなもんだろ。さ、カズマさん。そでを通してみてくれ」

ピッタリです。こんな短時間にこんないい背広が出来上がるのですから、すごい話です。

「なんだったら、そのシチューまみれの背広も知り合いの染み抜き名人に頼めば何とかなるけれど、どうするかい」カズマがこたえるよりもはやく、桃太郎さんがサイフを取り出して親父に5円紙幣を押し付けます。「兄貴に全部出させては一族の名折れ。ここは不肖の弟におまかせください」金語楼もショウイチさんに目で合図を送ります「よかろう。では、カズマさんにキクさん、先に車に戻ってください、私達は後からすぐ行きますので」。

こうして、雨の振り続く夜更けにショウイチさんにつれられてカズマとキクは親父さんとタカシ君、そして羽柴さん一家にお礼を言って、街中の平凡な仕立て屋をあとにします。その後、すぐに金語楼に桃太郎さんも車に乗り込みました。もっとも、彼らはいったいいくらのお金を払ったかについては何も言いませんでした。カズマもキクも分かっていたので聞きませんでした。

その後、長らくの間、カズマもキクも服についてのもろもろについて、親父さんと羽柴さんにお世話になることになりました。そして、金語楼も桃太郎さんも、生涯かけて応援してくれる上客を二人も獲得しました。

[編集] 事件発生

「何。強姦殺人事件が起きただと。分かりました。すぐ行きます」

金語楼が上方へ帰ってからの東京。今日は休みだったはずのカズマがちゃぶ台の前でうんうんうなっています。その目の前で、桃太郎さんがまけず劣らず苦しんでいます。今、二人は新作落語、いや、むしろ漫談に近いような形で、桃太郎さんが酒席でしゃべるためのネタ作りに没頭しています。世は空前の探偵ブーム。子供達に人気の明智小五郎やシャーロック・ホームズといった推理小説を、高座にかけようと考えたのは金語楼でしたが、そのために必要な題材を持つ人間はカズマしかいませんでした。最初のうちは簡単な推理トリックや暗号といった子供にも聞かせられる話を提供したカズマでしたが、世の中、老いも若きも探偵ブームにのっかってくると子供だましの話はどうしても飽きられてしまいます。そのため、ここで一つ、エログロナンセンスを盛り込んだ大人用の話を作ろうとして、二人は固まっているところです。

「師匠、アベサダはさすがにまずい気がするんですが」「いや、誰でも知っているからこそ、聞いてみたいと思ってくれる。もっとも、私も2回目はさすがに厳しいと思うけれど」

カズマはため息をつきつつ、集めた情報をノートに書き写し、資料を片手に桃太郎さんに説明、桃太郎さんが韻を踏みながら原稿に落としていきます。

すると、玄関で桃太郎さんを呼ぶ声が。どうやら、電話の取次ぎのようです。ほっと一息つきながら「では、すいませんが厠をお借りします」「ふぅ・・・」桃太郎さんも同じく一息ついてはだけた帯を締めなおし、ゲタをはいて、外にでて、おもいっきり伸びをした後、角の商店の電話機へ小走りにかけだします。

「あ、桃太郎師匠、先日ご注文された女のほうのキクさんの洋服ができあがりました。お暇なときでよろしいんで受け取りにあがってください」と、めちゃくちゃな丁寧語で話した後、桃太郎さんが「ありがとう、今週中にうかがうよ、親父さんによろし・・・」と言っている最中、後ろで親父さんが「バカ、なんて口をきいてやがるんだ」と声がした後、「イテっ」と声が聞こえ、タカシくんは電話を切りました。

「キクさんの服ができあがったようですよ」厠から出てきたカズマに桃太郎さんはそっとお伝えします。「はぁ、そうですか」。一話作ると服が増えます。自分の服はいりませんが、恋人の服となるとどうも弱味を握られたような気がしてなりません。「じゃあ、仕方ありませんね」そういって、カズマは無言で手ぬぐいを頭に巻きつけます。彼の合図です。しぶしぶと、今日持ってきた二つの風呂敷のうち、アベサダではなかったほうの包みを開けます。「この事件は絶対に、どんなことがあっても人前では語らないでくださいね」そういうと、カズマは10年以上前に起こった凄惨な連続殺人事件の資料を開いた。

[編集] 佐太郎

「俺は今から西でこの事件のカギを握る人物と会いに言ってくる。きっと、いや、なんとしてでも、国家を揺るがすこの凶悪事件の解決にメドをつけないといけない。その後は警察に協力に向かうだろう。お前らは来なくていい。いや、絶対に来てはいけない。1週間留守番をしていてくれ。1週間後、必ず帰るから」。

そういうと、名探偵羽柴タカシは一路京都へと出かけていきました。

[編集] 捜査現場1

西の話を語る前に、あの凄惨な事件について語らなければいけません。1923年関東大震災が起こるわずか3ヶ月前より始まった、一都六県にまたがって次々と少女達をその毒牙にかけた恐るべき事件のことを。最初の犠牲者は群馬県で12歳の少女が自分の手ぬぐいで首を絞められて殺され、以降、次々と少女達が犠牲になる中、着実に犯人の逮捕へと近づいていた警察の捜査は不意に起こった大地震によって停滞してしまう。復興の槌音が響く中、この難しい事件の捜査が再開。しかし、圧倒的に人員が不足した中で、犯人の手がかりは業火の中で灰燼に帰し、さらに新たな連続殺人事件が始まってしまう。そんな中、ある被害者の親が藤沢市にある羽柴探偵事務所ののドアを叩いた。

ここまでを原稿に起こして桃太郎さんが呟きます「しかし、聞けば聞くほどひどい事件だったんですね」。「えぇ、アベサダのように面白おかしく取り上げる事件もあれば、この佐太郎の事件のように、絶対に表に浮かんではいけない事件もあるんです」。

[編集] 京都

京都西陣。古くは山城の国と呼ばれた都にタカシが訪れたのは犯人を探し出すためではない。むしろ、すでに人相が割れて逮捕間近である犯人の心の中にあるものを知るために訪れたのである。訪れたのは織機の音が響く裏長屋。そこには、犯人が幼少を過ごしたころとまったく変わらぬ貧困という名の地獄がありました。タカシが捜査を開始すると、すぐに犯人とその家族のうわさは耳に入りました。そして、約束していた犯人の顔なじみの女から聞いた彼の実像は筆舌に尽くしがたいものでした。人でなし。畜生。そして、犯人が最初に犯した殺人。その現場である竜安寺の山道にて最初の被害者を手に掛けたとき、犯人はまだ18歳でした。

そこに、タカシがやってきたのは、ある意味、自分の中のモヤモヤした気持ちにケリをつけたいと思ったことと、最初に少女の命を奪った犯人の見た光景を、ましてや、その後無期懲役の憂き目にあった彼が最後に見た普通の世界というものに興味を持ったことが始まりでした。「枯山水と連続殺人の第一歩が交わった場所。禅の思想と憎むべき強姦殺人の心境。そして、虎の子渡し」。

カズマが驚いた顔で桃太郎さんにたずねます「よくもまあ、竜安寺の石庭の逸話なんて知っていますね」「いえ、これは上方にいる兄貴から聞いた話なんですがね、私には禅だのなんだのという話はよく判りませんが、こんな子供の遊びみたいな話は妙に覚えてしまうもんですね」

[編集] 藤沢

「容疑者は確保されました」藤沢の事務所でタカシの帰りを待っていた3人。トシタツ、シュウイチ、トシオさんは、東京の警察からの連絡に飛び上がります。まだタカシさんは帰ってきていません。そのため、慌てて依頼者に電報を打ちに行く係、東京の警察へと飛んでいく係、そして藤沢駅でタカシさんの帰りを待つ係を3人でジャンケンで決め、早速3人で外に飛び出した瞬間、そこに、藤沢駅から魂を抜かれたような顔をして歩いてくるタカシの姿がありました。「おや、電報も打ってないのによく帰ることが分かったね」「いえ、センセイ、そんなことはどうでもいいんです、犯人が、犯人が捕まりました!」

「そうですか」。そっけない返事をして、名探偵タカシは事務所のドアを開きます。そして、自室へ入ると「起こさないでいい」と告げ、着替えもせずソファーに寝そべり、あっという間に寝息をたてます。3人はそっと部屋から出ると、電報の係と警察の係、そして事務所の留守番の係に分かれて、タカシが目覚めるのをひたすら待ちました。

[編集] 東京

そんなこんなで一夜明け、稀代の凶悪犯の逮捕に騒然とする世の中を見ながら、名探偵タカシはトシミツさんと一緒に東京へと旅立ちます。警察署は新聞や雑誌の記者が埋め尽くし、どうにかこうにか受付まで行くと、タカシは埼玉で殺された被害者の両親から依頼を受けた探偵だと名乗り、自らが得た情報についてを話したいからと、担当の刑事に連絡してほしいと伝えました。しかし、受付の初老の警察官は困ったように言いました。「埼玉の被害者のエミさん(仮名)殺害容疑については今回の逮捕とは無関係で、あくまで長野と群馬、そして東京の事件での逮捕となっているのですが」

・・・やられました。とりあえず、今回は埼玉の事件の立件についても可能になるかもしれないとの話を担当にご連絡くださいといって、連絡先を書いた紙を受付に私、タカシとトシミツさんは頭をかきながら無駄足の東京から藤沢へ帰還します。

[編集] 藤沢2

しかし、無駄足と思いきや、藤沢の探偵事務所へ帰るとそこには東京から次のような電報が届いていました。「サイタマリツケンカノウ アスコラレタシ オオノ」どうやら無駄足の無駄足だったようです。仕方なく、ダイニングルームで遅い昼食の支度を3人にお願いし、タカシは・・・

桃太郎さんがさえぎります。「ちょっと待ってください。ダイニングルームってのはつまるところ、台所ってことですか?」「えぇ、洋館では普通にある大きめの食堂みたいなものです」「いくらなんでも、明智小五郎が洋館に住むってのはどうかと思うんですが」「ですが、横浜でしたらごく当たり前の話ですし」「藤沢でもそんな洋館があったんですか?」「いえ、まぁ、あったと言えばそのありましたが、その」「少なくとも、探偵事務所を洋館にしてしまったら。竜安寺の話が台無しになるじゃないですか」「はぁ、そんなもんですか」「いいですか、この物語は大正デモクラシーの時代という西洋化の進む時代に反発するかのように、日本人の持つどす黒い意識が表面化するか、というのが大事なところなんです。そんな中、いくら名探偵だからといって西洋の洋館に住むような人物を出してしまっては、聞いてるほうが目が覚めてしまいます」。さすが、桃太郎さん、厳しい意見です。

・・・タカシは探偵事務所の台所で納豆と白飯をかっ込みます。そして、食後に、京都で行った聞き込みの成果を3人に話しました。食後でよかった。食中だったら吐いていました。しかし、それは事実なのです。恐ろしいことです、これが事実だということが3人にはとても信じられませんでした。なお、タカシもこの話を聞いた後、飯が2日ほど喉を通りませんでした。逮捕されたという連絡を聞いて初めて自分に体力がいることを実感しました。

[編集] メッキ

翌朝、タカシは1人で東京へ向かいました。電車の中には女子学生の制服として流行りだしたセーラー服がちらほらと見えます。ジイさんは寝ぼけ眼でアクビをし、車掌さんが切符を切りながら釣られてあくびを返します。あの地獄の震災から1年、ようやく人々に安心が芽生えてきたときに、また、地獄を振り向かせるような話が世の中に広まろうとしています。

東京にたどり着いたタカシは風呂敷を片手にまずは電報を打ちに郵便局まで向かいました。埼玉の依頼人に一言、言伝を残してから、少し伏し目がちに稀代の殺人犯の待つ警察署へととぼとぼと歩いていきます。「ふぅ」。署内はいまだ喧噪の中にあり、座る場所もないままタカシはオオノ刑事への面会を受付にお願いしてごったがえす中をぶらぶらと歩いています。

[編集] 凶人

「その犯行の手口はじつにおぞましく、無辜な少女たちを強姦すること数十件、そして殺害すること十数人という稀代の極悪人である」。そんな今朝の新聞の見出しを眺めながら、タカシはぼんやりとしています。血で染まったような凶悪犯という見出しは、残念ながらタカシの知ってしまった話とは違います。世の中には、どうしようもない悲劇がある、ただそれだけなのです。

ようやくオオノ刑事が現れて、タカシを空いている部屋へと招き入れます。そして、タカシは京都で彼の行った聞き込みの成果を余すところ無くオオノ刑事に伝え、そして、関係者によって書かれた彼への手紙も、あわせて、オオノ刑事に目を通してもらいます。そこには、まさに、鬼畜の所業が余すところ無く伝えられていました。けっして、部外者には伝えられない所業でした。

タカシについてきたトシオさんは、耐え切れずに便所に駆け込みます。オオノ刑事は黙ってきいています。そして青い顔をしたトシオさんが戻ってくると、一言、「鬼畜」、そうつぶやきました。

[編集] 取調室

犯人である佐太郎は取調室で笑っています。自分がやった犯行をさも面白かったかのごとくにしゃべっています。それを調査する刑事たちをあざわらい、被害者をバカにして、そして全て世の中が悪かったなどと語り、あたかも取り調べにあたる警察官を愚弄することを楽しむかのようでした。そこに、オオノ刑事とタカシが室内に入ると、中で取り調べに当たった連中をみんな外に出します。中には、半笑いの凶人と眠たそうなタカシ、そして何を見るでもなく両者を見ているオオノ刑事の3人が取り残されます。

[編集] 対決の前に

ここでようやく桃太郎さんが一息つきます。缶入りのタバコとマッチを手元に引き寄せると、しみじみと一服して一言。「重い、本当に重い話ですね」。汗まみれでちゃぶ台に前のめりになって資料と格闘していたカズマも、桃太郎さんから手渡された缶から一本拝借し、もらいタバコで紫煙をくゆらせます。「むしろ、こんな話を人様にきかせられるようにできる師匠のほうがすごいですよ」まごうことなき本心です。「いやあ、これは江戸川乱歩先生のやり方をそっくり真似ただけですよ。あの先生は本当に言葉にすることができない異常な話を書いてそれを正常と思わせる達人です」それについては、カズマも思うところがありました。むしろ、いずれあの先生の書いた話を真似る人間も出てくるだろうなと思いましたが、桃太郎さんには黙っておきました。

[編集] 対決

警察、取調室、沈黙。

いきなり来た部外者に、佐太郎は怪訝な目を向け、そして10分、20分と沈黙の時間が過ぎます。ことによると、1時間は誰も何もしゃべらなかったかもしれません。しかし、無粋な小間使いがお茶を持ってきた後、ついに名探偵カズマと凶人との対決が始まります。

「これはあなたに殺されたエミさん(仮名)が書いたそうです」。熱いお茶をすすりながら、カズマは佐太郎にわら半紙に書かれた少女の将来の夢を見せます。「もちろん、君が字を読めないことは知っている」そういうと、カズマはわら半紙をくしゃくしゃに丸めてくずかごに放り込みます。「内容は秘密です」。なんのことか分からない佐太郎に、二口目の茶をすすりながらカズマは次に長野県での犠牲者の父親からの手記を見せます。「これを読むと多分、君は胸の底から喜びそして激しく笑うだろう」だから、一言だけ読むことにしよう。「おい、お前がやったのか」。そういうと、カズマは再びくずかごへわら半紙を丸めて捨てます。タカシは佐太郎に一瞥だにくれず、淡々と茶とわら半紙、そして被害者、その家族の言葉が書かれたわら半紙、くずかごと、淡々と丸めては捨てていきます。湯のみ茶碗が空になると、タカシはトシオさんを呼びます。「すまないがおかわり、後、これを捨てといてくれ」わら半紙で山になったくずかごを指差した後、オオノ刑事に言います「じゃあ、本日はこのへんで」そして席を立とうとした瞬間、カズマは佐太郎の胸ぐらをつかみ、壁に押し付けます。「いえ、すいません。これはエミさんのご両親からのご依頼の一つです」その瞬間、一瞬だけ笑おうとした佐太郎の鼻っつらに、強烈な頭突きを叩きつけます。「違います。私は堅気だから、そういうことはしませんけれど、これもあいにくご両親からのご依頼なんです」

「カタギだと?」初めて佐太郎が口を開きます。鼻からは血がボタボタとこぼれ落ち「そのエミの両親に伝えておけ、あんたの娘は泣きながら、あんたらのことを最後まで叫んでいた。俺は笑いながら一緒になってさけんでやった。でも、結局、あんたらはやってこなかった、そし・・・」「おっと、いけない。鼻血を止めよう」そういって、オオノ刑事が佐太郎の口を手ぬぐいでふさぎます。笑い声と一緒に鼻血が噴出し続けます。

[編集] 休憩

「カズマさん、今日はこれぐらいにしましょう」。「ふぅ」。一幕物の悲劇を書くという作業がいかに大変かが分かった気がします。桃太郎さんが夜の高座の支度をする間、カズマはちゃぶ台に突っ伏しています。「いえ、これは笑えませんけれど、十分面白い話になりますよ」。資料を見るたびに息が詰まりそうになるろくでもない話なんですが、桃太郎さんの意見は違うようです。「落語でももう半分や真景累ヶ淵みたいな話があります。人間の業の深さを垣間見るような話というのがあるから落語は面白いんです」「はぁ、そんなもんですか」。ちゃぶ台にヒジをつきながら、夕焼けに染まりつつある東京の青空を見つめていると、カズマにもふと思いつくことがあります。「師匠、すいません。来週の打ち合わせなんですが、申し訳ありませんが、一度延期できませんでしょうか」「おや、そいつは急な話で」「いえ、長いこと東京で暮らしたせいで生まれ育った藤沢の話にどうも自信がないんです。せっかく地元の話を入れてもらう以上、一度じっくり調べなおしてからでないとどうも安心できません」「はは、それではしょうがありませんね、では、ついでに横浜の話も仕入れてもらえませんでしょうか、いえ、知らなくはないんですが、あの名探偵の話をもっと膨らませるんでしたら、ダイニングルームとかいう話もそうですが、もっと西洋の話を入れたほうがいいでしょうから」

[編集] 横浜から藤沢へ

「・・・食パン、マフィン、スコーンそしてサンドイッチ。海の向こう、イギリスやアメリカではこんなものを食べているのか。15年前の横浜旅行で初めて知った西洋の品物が、今の自分につながっています。外国人居留区がなくなったのは1899年。自分が生まれる以前の話ですが、この地域に根付いた味が、1人の探偵見習いとそしてなぜだか有名な落語家兄弟を結び付けている」。どうもいけない、私がこんなくだらない話を考える必要はないのに。土曜日の午後、桃太郎さんと一緒に仕事をするようになってから、どうしてもこんな話を頭の中で始めてしまいます。ああいうのは本職がやるから様になるのであって、なれない人間が似たようなことをそうそうするもんではありません。それがいいのか悪いのか。いいかげん、横浜で時間を潰しすぎた気もしますが、懐かしき藤沢町の実家へとカズマは顔を出します。

言っておくべきこと。それは、その、なんていうか、まぁ、結婚を前提にしたお付き合いをしている女性の話について、その。で、早い話が、家族血縁関係を通り越して近所の仲間連中を巻き込んでの大宴会に発展したという結末でありました。この親兄弟親戚一同仲間内連中のありがたさと気ぜわしさに私心のなさに感謝を。そして、明日仕事だといっているのに延々とビールをついでくれた極悪非道な連中に天罰を。墓前にかつぐようにしてお参りした後、終電に押し込まれてカズマは帰京します。

[編集] 翌週

見抜けない嘘はない。首を洗って待っておれ」

そういうと、タカシはトシオの家に駆け込みました。

「……」

[編集] トシオの家で見たものは

翌日、タカシはさらに事情を聴くため、トシオの家に行きました。

「うっ」

タカシが突入すると、驚きました。そこでは、トシオが死んでいたのです。

「タカシ君。これはどういうことか分かるかね」

警部は言います。

「はい。私が濡れ衣をかぶせて、善良な市民を殺してしまった……。分かりました。私は探偵をやめます」

「ああそうしたまえ」

こうして、タカシは探偵をやめました。

[編集] 有名探偵カズマ誕生

その後、事件はひそかにショウイチが調べることになりました。

「よし、証拠はそろった」

[編集] 捜査現場2

事件の捜査を続ける現場に、ショウイチとキクは向かいました。そして、ショウイチは手持ちの凶器で、刑事の後頭部を叩きました。

「うっ」

その刑事はイスに倒れ込みます。

「えー、皆さん。これから本当のことをお知らせしましょう。まず証拠はですね。お願いします」

そういうと、別の捜査関係者が証拠を持ってきました。

「この中に何本かビデオがあります。ご覧ください」

その中では、シュウイチがトシタツにエミへの強姦を命令しているものがあり、また別のものではシュンイチがエミに殺された時にはトシオのせいにするように言っていました。さらに別のビデオでは、トシタツがエミを強姦している映像がありました。

「そして、これがエミさんの着物、あと別の場所でエミさんに残っている指紋も調べたのですが、いずれもトシタツさんのものと一致しました。また、目撃情報などから、シュウイチさんがトシタツさんに、そのビデオの時間に、その場所で、何か接触していたのは間違いないようです。どうです。お2人さん、犯人はあなた方でしょう」

2人は、わらいました。

「ははは。その通り。我々は風俗関係者が少なくて、困っていたのじゃ。だからトシオに罪をかぶせて、一気に追い詰めて、入れてしまおうと思ったのじゃ」

「それは違うな、お前たち」

「あなたは……」

[編集] 現れた謎の魔法使い

西の国で有名な魔法使いトシタカが、やってきました。

「それは別の宇宙人の仕業じゃ。わしには超能力があるから分かる。彼らは他の地球人に姿を変え、指紋をコピーする力を持っておる。そして、彼らはシュウイチとトシタツに自分たちがしたというように脅した。そうだろう」

「……はい」

2人は言いました。

「何?」

ショウイチは疑いました。

「まったくこれだから人間どもは困るのじゃ。俗人にはいくらあがいても真実は分からない。勝手に暴力を正当化するな。わしらの言うことを聞いていればそれでいい。子供の時の純粋な感性があったのに、いつのまにそういう大バカ者になったのじゃ。天罰を与える」

そういうと、トシタカは両手を上に挙げました。トシタカの身体から光が出、両手から光が天に向かって伸びます。

そして、両手を地面に向けて、下ろしました。

ピカドロドロ。

「ぎゃあ」

雷のようなものが、刑事たちを襲い、彼らを焼き殺しました。

ショウイチはイスの後で驚いて震えています。キクは攻撃現場から離れていたので、とりあえずは痛い思いをしませんでした。

「おい、そこの坊主。お前は悲しい経緯があるそうじゃな。わしは親切だからな。最後に言いたいことがあれば言うがいい」

そういうと、カズマは、隠れているイスの裏から出てきて、言いました。

「キク。俺は実はカズマだ。もうプラネタリウムを見に行けないのが残念だ。愛しているよ」

カズマは言いましたが、キクは、

「あんな無実の人を犯罪者みたいに言うなんて最低。俗人なんかと付き合う気はないわ。別れて」

と言いました。

「そんな」

カズマは落ち込みます。

「では時間だ。カズマ、君には消えてもらう」

そういうと、トシタカは右手を広げて前に突き出しました。やがて緑色の光の玉ができました。

そして、それがカズマのもとに投げられました。

「うわあ」

それがカズマの最期の言葉だったということです。

[編集] その後

「では、キク、あなたに罪はない。シュウイチとトシタツは、一応悪いことをしているから、お縄にかかるように」

「ありがとうございます」

シュウイチとトシタツは、まもなく原因不明の病で死にましたが、それでもトシタカが言うには、彼らはあの世で罪が晴れて満足しているということです。

キクはその後、別の人と結婚して幸せな生活を送りました。一方、魔法使いトシタカは、それから当分、問題解決の主役として、力を発揮していたということです。その話は機会があれば、お話しましょう。

今でも、この2つの国では、犯罪を捜査する時にはいかに冤罪に注意しなければならないかを、この話を使って、子供たちに言い聞かせるのだそうです。おしまい。