UnBooks:4コマよみに与ふる書・4巻

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4コマよみに与ふる書・4巻(ようこそ、深淵へ)では、表現というものがいかにろくでもないかということについて、様々な歴史や事実、技術を用いて説明するとともに、必然的に確実にひっでえことに、一部の人々を狂気へといざなうものである。なお、この記事は表現をコントロールする側にとっては有益足りえるものの、表現する側にとってはにしかならない話が続くため、決して囚われないようかき乱されないようご注意ください。

ルーツ[編集]

2013年12月現在、多くの人々が間違っている認識がある。それは、実はインターネットというものが狭い世界でしかなく、検索などという手段ではまったく考えも及ばない話がそこかしこに存在しまくるという、よくある話である。そもそも、たかが20年程度で世の中の全てがネットの中に表記できるわけがないにも関わらず、そこに全てが存在しているなどと考えるのはおこがましい話であり、実際、表現とはナニカという話をする際に、まったく何の役にもたちゃしないのが人の意見とインターネット程度の知識である。

今のうちから言っておく。古本万歳。

そんな挑発的な話をするのもしっかりとした訳があり、実は4コマ漫画というごく小さな表現の世界を語る際に必須となる歴史について語ろうとすると、実にインターネットの中身が薄いことが分かってしまうという悲しい話が存在する。昭和後期の4コマ雑誌創刊ブームも、元をたどれば明治大正期の新聞4コマに行き着き、その元となる新聞における一コマ漫画にたどり着けば、さらにイギリスが発行する漫画雑誌「バンチ」由来のポンチ絵に行き着くことになる。それはそのまま瓦版だの浮世絵だのといった江戸期の表現へとつながっていき、そこから絵巻物という流れへと連なっていき、一応、日本における漫画のルーツとしては、鳥羽僧正による鳥獣戯画という大いなる源泉へとたどり着く仕組みとなっている。

ここまでは有名。楽。簡単。

けれども、そこを経ても尚、上流には様々な表現のルーツが存在し続けている。そんな道のりをたどりたどりて、いつの間にかではなく木簡や竹簡、壁画といった世界の話にいたっても尚、表現の歴史は過去へたどることが可能である。けれども、最終的には、その源流は1つに落ち着くのが当然であるため、せっかくなので、なぜだかどうしてだかインターネットには掲載されていない、日本の表現の源流についてを説明する。

あわせて、こんな話、興味がない人間にはまったくどころかぜんぜんところか、とにもかくにもわけわからん話であることは認める。けれど、たどることすらできない連中が表現を語るとろくなことにならんので、とりあえずは、たどった先に何があるかぐらいは書いておく。

藝道名言[編集]

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ユーモア欠落症患者のために、ウィキペディア専門家気取りたちが「文鏡秘府論」の項目を執筆しています。

第二次大戦で日本が敗北してから7ヶ月が経過した1946年3月15日。昭和時代の大茶人の1人である西掘一三氏が、1冊の本を上梓する。なお、西掘氏は日本が戦火に包まれる直前の1940年に、およそ1200年にもをおよぶ日本の茶道の歴史をについてを取りまとめた日本茶道史を手がけており、その傍ら、平安時代から連綿と続く古書を研究したことが、めぐりめぐってアンサイクロペディアなるクソどうでもいいサイトで日本の表現のルーツを語る際に役立つのだから、皮肉というか面白いというか、ろくでもないというか。

で、その上梓した本の題名は「藝道名言」(げいどうめいげん)といい、2013年12月現在も残る出版社、創元社の百花文庫から1冊拾五圓で販売。しかし、その後はまったく歴史から消え場末の古本屋の片隅にひっそりと残る程度の本となり、その結果、まったくもってインターネットでは検索に引っかかりもしない本となる。なお、そのおかげで1冊15円の150ページしかない小冊子が、手垢のついてない平安鎌倉の情報ならびに人が刺せる知識の記載された兵器となるのだから恐ろしい。

誰でも調べられるインターネットに掲載されていない知識というものがいかに破壊力があるかについては、おいておく。

その藝道名言の冒頭において語られる日本の芸の始まり、表現の嚆矢と言えるもの、それは弘法大師空海が弘仁年間(810年~823年)に記した文鏡秘府論より始まる、としている。

遣唐使として大陸に派遣され、最先端の仏教のほか様々な文化を日本に伝えた弘法大師は、当時、で完成されていた絶句律詩などのの文化についても積極的に学んでおり、その後、日本に帰国した際にそれまでの日本には無い形の表現方法として詩を紹介。そして、詩の創作方法や理論を日本独自の方法で広めていった結果、日本の文化が大きく変化することになる。

なお、レ点や一二点といった日本独自の技術を創り普及させたのは、弘法大師である。本当に。その結果、爆発的に大陸の知識や思想が日本の言葉と日本の意識に付随されていく。

つまるところ、作家の表現を人に伝えやすく整えていく編集の歴史の始まりである。

なお、日本独自の表現というものはそれ以前にもすでに存在しており、飛鳥時代より万葉集に記されたやまとうた、いわゆる和歌の文化が連綿と存在しているものの、残念ながら創作方法や概念といったものが技術として伝えられていなかったため、日本最古の出版物と言える万葉集も、基本的には過去の作品の再録が中心であり、新規の作品を知らしめたり、人の心に語りかける表現の技術を普及させるという点において、日本の表現のルーツは文鏡秘府論に存在するといえる。

あわせて、なしてこんなクソ大事な話をアンサイクロペディアでしてるのかはこっちも知らん。

詩本志也[編集]

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ユーモア欠落症患者のために、ウィキペディア専門家気取りたちが「唯心論」の項目を執筆しています。

その文鏡秘府論で語られる創作の理念というものは、実は1200年を経過しても尚、詩を経て、和歌に組み込まれ、随筆や小説、漫画、最後には4コマ漫画にいたるまで、まったく代わらない形式でなされており「詩本志也」(詩の本来は志なり)のわずか4語で、その後の芸道の本筋を伝えている。なお、本来の文章は「詩本志也。在心為志。發言為詩。情動於中而形於言。然而後書之於紙也」という、ナニカのジュモンですかとしかいいようのない一文となっていて、ようは「詩の本来は志(こころざし)であって、心があるから志があり、言葉を発することで詩になる。言葉をもって感情を動かして、その後に紙に書きなさい」という、2013年にいたってはごくごく普通の話が、一つの技術として後世に大きな影響を与えていく。

1200年前でも2010年代でも、人の心が大事という話をするのだから面白い。

あわせて、ここで言うという文字は、その後の全ての芸や表現をひっくるめるめて代用することが可能である。そして、この言葉は空海が詩を日本に伝えたおよそ80年後、紀貫之によって905年に完成した古今和歌集の序で語られた「やまと歌は人の心をたねとして、よろづの言の葉とぞなれりける」という、平安期における和歌の創作理論の集大成に通じることになると西堀氏は語っている。なお、ここでいう志、すなわち「こころざし」が、2013年現在も普通に使われているナニカをヤリタイ気持ちを意味しているのか、それとも、ここで志という言葉を使ったから、こころざしが「ナニカヤリタイ心」になっていったのかは、残念ながら語られてない。調べる気もない。ついでに、志という言葉が実は「ナニカをウケイレタイ心」という意味であれば、それはそのまま伝え手にあわせて表現しなさいという現在どころか未来永劫まで続く表現の基礎中の基礎を意味する話になる。そのため、絶対に調べない。

ちなみに、ここでいうについては、近代における心という意味とは違っていて、当時の日本では見受けられなかった唯心論などの仏教の思想が組み込まれている。こういった宗教的素地があったからこそ、志や情といったものが語れるように、伝えられるようになっていく。これらは現代では当然の言葉であっても、平安時代初期ではそういった心がどのように反応するかという技術的な話がまったく無いため、仏教的な概念と唐より伝わった最先端の文化である詩の創作技法と組み合わせることで初めて、日本独自の日本人の心に向けた表現が出来上がっていく。こういった技術的な話と実績はもとより、弘法大師の創作に関する潮流は、そのまま仏教に関する日本の伝説や地方史に大きく足跡を残すことになる。そういった様々な要素を考慮すれば、文鏡秘府論が日本の表現の1つの源に当たることは間違いない。

創作による文化の変遷[編集]

なお、そんな話を証明する実に悲しいというかなんというか微妙な話として、弘法大師に関わる伝説が2010年代になっても日本各地に存在することが挙げられる。実は、彼以前にも、日本各地では仏教を広めるために各宗派の僧侶たちによる様々な社会事業が行われており、中でも東大寺の大仏殿を建立した行基のように、1300年を経ても尚、日本の歴史に深く刻まれる偉業も存在している。にも関わらず、それ以外の話がほっとんど、なーんもかも、ことごとく後世に伝えられておらず、逆に日本各地に数千件に及ぶ弘法大師の逸話が存在するのが実にまったく、創作というものの恐ろしさを表明している。

表現は人々が共有できる。ということはつまり。

なんといいますか、その、弘法大師の生涯というものはすでに確定しており、どこで生まれどこで育ちどこを通って唐に行って、どこで修行してどこから帰って、という道筋がすでに分かっているにも関わらず、北海道沖縄を除く日本各地にまるで水戸黄門のごとくに現れて、水の無い土地に清水を生み出して、山の中に温泉を発見し、さらには人に優しくしない住民に仏罰を与えたりと大活躍。さらに、お灸だのひらがなだのいろは歌だの、様々な日本文化の開祖として名前を提供しまくっている。その影にどれぐらいの名も無き仏教徒がいたかは定かではない。なお、同じ手法は300年後に親鸞に引き継がれることになるのだからとんでもない。

結局、あくまでもそこにあるのは創作の技法であり、創作した結果である。各地に残る伝説に弘法大師という権威を加え、さらに仏教説話的な面白みを加えることで、各地の伝説と共有を行い、より後世に語り継がれるように形を整えるという創作方法である。その結果、日本中に仏教とともに、その精神が深く根付くことになる。

なお、わっかりやすい方法で言うと、「どこどこでこんな奇跡がありました」「そんなことができるひとがいますか?」「弘法大師がいます」「じゃあ、弘法大師がやったんだ」ぐらいならまだ普通なのだけれど、それをしっかりと各地の伝説に記載したところが、実に創作の技法というやつであり、それを担った当時の最先端の知識を持った人々がほとんどすべて僧侶であったことから、編集者の思想がもろに添加されて、各地の伝説を作り出していく。

けれど、そういった押し寄せる仏教文化にはしっかりと反対勢力も存在しているところが日本文化のいいところ。

自然発生的に民間に語り継がれた万葉集の文化は歌聖とたたえられる山部赤人柿本人麻呂を生み、その後、894年の遣唐使の廃止を経てから後、唐文化の最先端の仏教ではない、日本独自の文化の最先端である、平安貴族らによる日本式の文化の形成の中で連綿と伝えられていく。けれども、悲しいかな。それ以外の様々な表現が一度ならず断絶しているところもまた、事実である。高松塚古墳の壁画には、こりゃまた当時としては最先端の唐の絵画様式が伝えられているのだけれど、それ以降の壁画やらなにやらは、軒並み仏画や曼荼羅といったものが中心となってしまい、平安時代の絢爛豪華な絵巻物文化の絵画様式の変遷には仏教の影響がありまくりである。けれど、そういった仏教とは関係のない初めの一歩がやけに大量にあるのが日本文化である。仏教は大事だけれど、それとは関係ないものも捨てずに後世に残すから、実にルーツをたどりやすくできているのが日本の歴史のいいところである。埴輪や土偶、銅鏡に銅鐸といった文化は仏教の流入によって一度廃れているのだけれど、平安時代からそれらを壊さず消さず捨てずに残しているからこそ、江戸時代国学という古代の日本を研究する学問が勃興し、その結果、様々な資料が再度保存され保管され書き写される。そして、その資料が昭和まで伝えられて1946年に一部を抜書きしたものが出版され、2013年にこんな話になる。

結局、そういった話が日本の文化の1つ1つを連綿と延々と続けさせていく。片方残して片方消し去ることをしなかったおかげで、仏教的な話以外の楽しい創作やらなにやらが、古来より語り継がれていく。こういった話を突き詰めると、最終的には紀元前4000年前の火焔式土器やその他の縄文式土器にまで日本の表現は遡ることは可能であるけれども、さすがに一度断絶したものはルーツとは言えないし言ってはいけないため、あくまでも参考記録である。もっとも、アンギンのように一度も断絶することなく6000年前の縄文時代から昭和までごくごく普通に民間に継承され、平成になってからも普通に知識として存続されている織物技術が存在するのが日本文化のえっぐい一面である。

外部リンク[編集]

実は、インターネットには文鏡秘府論の全文が掲載されている。ただし、内容についてはちょっと問題があり、下記のリンク先にある文鏡秘府論は日本の国文学者である折口信夫(釈迢空)氏が翻訳に当たっているものの、その紹介文に「自分の文章の間違いがあったら申し出てもらいたい」と本人が述べているように、その意味が西掘氏が伝えるものと違っており、上記の「詩本志也」の内容について折口氏は「詩は本と志である」と翻訳。本の意味をBookのごとくに記載した結果、古今和歌集の序文に受け継がれた日本文化史における重要な一文とは到底言いがたくなってしまう。無論、「本」という漢字の起源は「物事の基本にあたる」であり、それが転じてBookとなったため、語源の本という意味では正しいものの、その後のBookの本という意味を用いると、弘法大師は詩の創作の際に出版まで考えるなんてことになってしまう。そのため、いくら全文が掲載されちゃんと翻訳された文章が載っているからといって、書いてある内容を現代に当てはめてそのまま信じてしまうと大変に危険である。

で、なしてこんな話をアンサイクロペディアでせにゃならんのだろうかということを考えると、ホモの折口信夫氏に文句の一つも言いたくなる。

因表現分解[編集]

なぜ、冒頭に4コマとはほとんど関係のない表現について歴史を交えて記載したかというと、この項目のためである。というのも、全ての表現は表現ごとに分解でき、最終的には数式ですら語ることすら可能になるからである。その式の中には時代という話と作者というものが別個で存在し、その後に技術やらなにやらを掛け続けることで、1つの表現が出来上がると思いねえ。

ということはだ。1つの表現から作者を割って時代を割っていけば、技術をたどることも可能になり、さらに恐ろしいことに、作者もまるでどこぞの因数分解のように割っていくことができるようになる。編集者さえいなければ。無論、編集者がいても割ることはできるけれど、それだと大きく解を損なうことが多い。実際、漫画の神様といわれた手塚治虫氏について、生前から多くの逸話やらなにやらが語られ、そこから多くの漫画論が派生していったのだけれど、それの多くが編集者を経て伝わったものであり、多くのホラやらなにやらを事実として伝えてしまった結果、どうなったか。

なんと、彼の死後にその評価を決める際に、10年以上にわたって混乱することになる。それぐらい、編集者という要素を入れた表現の解は狂う。

最終的に、手塚氏に関する解は、インターネットにおいて数々のホラや誇張された話を排除し、事実の部分のみを統合、精査していった結果、ほぼ信仰に近いような漫画論の多くは否定され、実に人間くさくてせせこましい実像が浮かび上がっていく。けれどもとてつもないレベルで表現に命をささげた実態もまた浮かび上がることになり、それは2010年代になってブラックジャック創作秘話という一つの作品として結実することになる。そして、神様という虚像を廃してもなお、信仰に値する彼の実績が再評価されていく。

ぶっちゃければ、フェルマーの最終定理を解くだけで、その解の中から世界中の有名数学者たちがゾロゾロと出てきて、彼らのエピソードを交えると軽く1冊の文庫本ができるのと同じような話である。んとに、全てはつながっている。そして絡まっている。

さて。[編集]

というわけで、表現を分解するとどういうことができるかというと、かぶらない表現を量産できるようになる。そして、人の表現をパクるだのなんだのという話を、自分の表現に換骨堕胎したりパロディにしたりオマージュしたりとレベルアップさせることができるようになる。つまるところ、全ての存在には言葉が付随し、それらが全て組み合わさっていることに気づくと、世の中全てがネタに見えて、そしてネタ切れなんて話は、自分自身のスタミナの問題でしかなくなる。いわゆるゾーンに入るという話であるけれど、そのゾーンを上手くコントロールできるようになるには、様々な方法がある。

そのために必要なことが、各表現に付随する作者の意思をどうやって取り除くか、である。下手なパロディに下手な引用、すなわち単なるパクリは即座に強烈なファンから反感を生み、悪意を向けられるきっかけとなる。そのため、どうやって原作者色を抜いて表現を分解するかが重要になる。一番簡単な方法は、誰も分からないところからネタを拾う。次に楽なのは、誰もが知っていてパロディもたくさんある作品をパクる。さらに、慣れてくると海外の表現からホイホイネタやら技術やら引っ張ってくることが可能になり、美術年鑑なんぞはまさにどこぞの武器庫にしか見えなくなる。

それぐらい、表現を分解する技術を磨くと、簡単に人を刺せる表現を手に入れられる。

が。それは無名だからこそできる技術である。有名になってしまうと、それはやってはいけないことのトップになる。当たり前だけれど。そのため、いかに無名のときにそういったネタの間口を広げられるか。そして、ネタの海を探し当てられるかが重要になる。

ちなみに、アンサイクロペディアで有名になりたかったら、海外のアンサイクロペディアにある記事を翻訳かもしくは換骨堕胎し続ければ確実に有名になれる。けれど、往々にして海外の狂人どもによって精神を犯されるリスクもはらむため、いかに自分自身の精神耐性を上げてそれらの記事に挑むかが重要になる。

そして。[編集]

けれど、もっと簡単にもっと大量にもっと手軽にそういった表現を生み出す方法がある。それは実に簡単な話で、まず、誰も知らない言葉や単語を機械的に自動的に組み合わせることで、そこから意味合いを探り出す方法を探すことであり、そして、困ったことに世の中にはそういった話が存在する。それらは場合によっては、とんでもない破壊力と、とてつもない狂気、何よりも誰も気づかないネタの源泉とすることが可能である。けど、運が悪いと精神抵抗をぶっちぎってしまい。SANチェックの結果、自分が神であることに気づいてしまう危険性を有する。

なお、そういった4コマ作家は実在する。

で、そういった方法を実践しているうちの1人が、孤高なる植田まさし氏ってところが実に罪深い。その方法はインターネットで検索すれば即座に確認できるから書かない。で、もう1人のほうは、確実にSANチェックが必要であるけれど、そちらは心をこめて説明する。

それは、鬼才寺山修司が劇団天井桟敷の公演で公開した方法で、1967年に初演された大山デブコの犯罪がその端緒に当たる。それは、日本に古来から伝わるいろは歌のように、あいうえおの五十音を分解して意味があろうがなかろうが文章らしきナニカに並べるという方法であり、さらに、それを書くだけならまだしも口に出すという方法である。無論、意味なんてものはないのだけれど、そこには意味はなくてもリズムが存在し語感も確かにあり、何よりも、無意味な言葉の中に意味らしきナニカが蠢いているのが見える。ようになる。

ぜってえやらんぞ

そうやって手に入れることのできる自分の考えの入っていないネタの塊てゆうか、エッセンスを世の中に存在する全てのネタに組み込むことで、新しい自分のネタにすることが可能である。やりすぎると死ぬけど。自分自身の才能がガリッガリ削れていくけど。そうやって、気づくことや気づいたものが何でできているかをたどることで、自分独自の思考らしきナニカも手に入れることができる。無論、それを思考にしてしまうと狂人一直線になるため、「絶対に気づいてはいけない何か」に気づいてはいけない。

なお、ぶっちゃけると、この方式はまさしくナンセンス4コマにおいて数多くの才能を消耗させていった方法に相違ない。意味なき世界に作者の意すら抜いて提供するには、相当な精神力が必要になる。てゆうか、こういった技術を知らないで寺山修司を追っかけると気が狂いそうになる。なった。なんせ、こういった作者の意思すら抜いて、人々の心に伝わる意味のみで自動的に完成する作品群というものは、読み手を混乱させるだけならまだしも、もっとも影響を受けるのが、一番最初にそれに気づく作者自身である。

まるで、モンティ・パイソンキラー・ジョークのような話である。

そのため、基本、それに耐えうるいろいろな何かが必要になる。思想やら宗教やら。マジで必要になる。さらに言うと、やらないのが一番いい。なお、寺山修司氏については、本人の狂気というよりも、その彼の母親の狂気の話を知ることで、ようやく、いろいろと納得できる話が出てくる。ようやく。

ちなみに、この話にはもう1つ元ネタらしき存在はあり、実はミヒャエル・エンデはてしなき物語で似たようなシーンが出てくる。つまるところ、創造力の暴走および創造力の枯渇について狂っちまうレベルで苦しむ姿がそこにある。結局、なーでもかんでも表現できるできちまうてえことは、そのまま新しい出会いを失ってしまえば、なーでもかんでも表現できなくなるてえことに直結する。出会いが少ない知的かつ高尚な世界によくある話であり、アンサイクロペディアほか様々な表現媒体でもよーくある話である。

楽しめなくなったら、終わり。そのくせ、多くの場合において自分自身で楽しめなくなる方向に全力でダッシュしていくんだから、実に人間関係って面白いですね。で、こういったどんづまりから抜け出すには、いろいろ方法がなきにしもあらずだけれど、クソめんどくさいので説明したくない。それ以前に「どんづまるな」「自分の精神が何を楽しむかぐらい把握しとけ」「人を刺し殺せる表現の1つや2つ、ちゃんと準備しとけ」といった話のほうがより重要になる。特に、一番最後の話があるかないかが、人の意見に自分の表現が左右されるかどうかの瀬戸際になる。

でなきゃ、平安時代の書物にまで手を出したりはしない。

というわけで。[編集]

せっかくなので、そういった機械的に文章らしきナニカを作り出すプログラムが乗っているページを紹介する。なお、このページで使用している素材は、奇才タモリが1972年に生み出した「日本に初めて来た外人に聞こえる日本語」のものまねから生みだされた言葉遊び、通称ハナモゲラ語である。ようは、何言ってんだかわかんないけど日本語であることが分かる言葉である。これは、1967年に同じような手法を生み出して公開した寺山修司氏の手法を様々な点で修正、より巷間に伝わりやすくしたものである。そのため、狂気が少ない分、気軽に伝えることも伝えられることもできる。

もっとも、その分、無から有を生じさせる快感は少なくなるのは仕方がない。

結局、言葉とか意味とか時代とかナントカを考えて理解して組み立ててとかいうよりも、無意味を延々と連ねてそこから気づき、たどり、壊して、意味を組み立てたほうが、作者の意図とか作者のクセとかいう、最も読者にばれやすい要素を排除しやすい。が、それをつらねると、それが作者の意図だとばれる。それが作者のクセになる。まぁ、難しい話だ。けれども、4コマという表現を最初に受ける編集者に、こういった知識や歴史を知らない連中が多くなるとすっげー困ることも確かである。ナンセンス系4コマというものは、基本、作者以外に作者の周辺の人々についても無意味に耐えうる精神を育ててないと本当に厳しい。

そういう点において、1980年代から90年代にかけて、おっそろしく無意味を許容できる文化と年齢層がそこにあった気がしなくもない。まぁ、それ以降の時代もあるにはあるのだけれども、すでに次の種をまいておかないといけない時期である。ナンセンスやシュールといった4コマを活かすには、先を読んで事前に種をまいておかないと厳しい。

今ない場所にすぐに花を咲かそうってわけにはいかない。

しめ。[編集]

なお、こういった方式をさらに巨大に長く濃く深くやるとどうなるかというと、文学で言うところの意識の流れという話に直結する。さすがに、あそこまで行ってしまうと戻って来れないため、帰る気がない連中以外は触れないほうがいい。また、こういったやり方になれてしまうと、ほかの表現の底が見えまくるせいで、おっそろしく世の中がつまらなくなる。いわゆる、見てはいけない、触れてはいけないものに触れた結果であり、狂気への第一歩でもある。それもすぎるととか悪魔とかいう言葉がチラホラと動き始めてくる。それぐらい、コントロールできない表現というものは、表現する側への精神的ダメージが大きい。

で、そういった症例の治療法については実に簡単で、やめる、忘れる、見なかったことにすることで普通であれば帰ってこられる。作者であれば。けれども、すさまじい表現というのは、ある意味、麻薬と一緒であり、ときたま、読者の人気だの出版社からの要請だのといった形でやめられなくなると、往々にして悲劇が生まれる。もう1回。すさまじき表現は麻薬と同じで、脳内に中毒を生み出し、廃人を作り出す。だからこそ、関係者によるそれ相応の対応が必要になる。

本当に、それができる編集者が欲しかった時代がある。

おまけ。[編集]

別に、こんなしちめんどくさい話をしなくても、気に入った作者や、うおっと思った4コマ作品の構図ライン塗りテンポ台詞回し構成、さらには他人がやっていない表現をピックアップして頭の中の引き出しに突っ込んでおけば、パクるとかどうとか言う以前に、いざというときに役に立つ。場合によっては、どこぞの映画のように10年以上も構想の名の下に寝かせ続けた結果、自分独自の表現に発酵する場合もある。

結局、好きでいられるかどうかが重要なわけで。好きでいられる限りは、その周辺の題材を収集し続けることができる。作者でもジャンルでも何でも。だからこそ、恐ろしく難しい話になるわけで。

アレンジとクリエイト[編集]

表現というものを大まかに分けると、全てなんもかも1から作り上げるのがクリエイト。で、そこからいいところを抜粋して持ってくるのがアレンジである。無論、その抜粋が何かを知られないよう、様々な手練手管を織り交ぜるのが一流で、ばれるのが三流。パロディオマージュとして成り立たせるのが二流といったところである。

で、その一流の話。いや、超一流かもしれない。

井伏鱒二[編集]

その昔、太宰治遺書に書いた言葉に、恩師である井伏鱒二は悪人であるという実に後世の評論家やら文学者にとって美味しいお話が存在する。その詳細については、ネットで調べればいくらでも分かるため書かないけれど、確かに井伏氏についてはナルシスト太宰が自殺を決行したくなるような要素が存在しており、そこに、クリエイトとアレンジの境目がある。

これについて詳細な記事がネットに存在しているのが実にありがたい。特に、5000万円の献金云々で、カバンに入らないだの、手書きにしか見えない領収書だのといった笑える所業をやらかして、東京都知事を1年で辞職することになったアホ、もとい猪瀬直樹がその昔、文学者らしき存在だったころに井伏鱒二の作品群について徹底的に批判したことがある。曰く、彼の代表作であり原爆文学の金字塔ともいえる黒い雨について、その原作である被爆者の日記から多くの記述を引用しまくっているだの、さらに彼の残した言葉でもっとも有名な「サヨナラダケガジンセイダ」の一文が残る厄除け詩集についても、江戸時代に訳された作品から多くの言葉をこれまた引用しまくっているだのと、盗作とまで呼んで批判。さらには彼のデビュー作である山椒魚についてもロシア文学からの引用であるとまで喝破。筆法鋭く糾弾している。

・・・へー

この段階で、彼がクリエイターを目指す人間であることが分かってしまうのが悲しい話であり、その結果、一から創造するだのというなんだのというお山の大将俺一人がいつもどおり、ちりあくたの中で泥にまみれて落ちていったことも分かってしまうのが、楽しい話でもある。東京オリンピックの招致に成功した手腕がクリエイターなら、賄賂がばれてから二枚腰も二枚舌もないまま落ちていくさまもやはりクリエイターであり、図太いどでかい井伏鱒二みたいな、既存のもろもろをアレンジする手腕に欠けている様が、彼の文章からではなく、彼の政治の舞台で露になる。その潔癖ゆえに井伏文学を盗作呼ばわりし、なーもかも、一から積み上げようとするからこそ、ごちゃ混ぜのごった煮である井伏文学のおとろしさに気づかないし、徳州会なるより深くどす黒い何かと関わる危険性にも気づかない。

少なくとも、太宰治を殺せるほどの表現を盗作の2文字で済ませようという彼の近視眼的な考えが、文学ではなく政治学から見て取れる。

クリエイター殺すに刃物はいらぬ[編集]

真に驚くべきは、井伏鱒二もまたクリエイターとしての力を普通に有している点にある。彼の作品の中には盗作疑惑のないものも多く屋根の上のサワン駅前旅館といった作品には、盗作の影も形も見当たらない。また、翻訳作品であるドリトル先生(原作、ヒュー・ロフティング)なども、彼の文章力、リズムなどが一級のものであることを明確に示している。無論、研究が進めば再び彼のネタ本が出てくるかもしれないけれど、出たところでさほど問題ではない。なぜなら、盗作と呼ばれている黒い雨にしろ厄除け詩集にしろ、井伏鱒二のほうがいいという根本的な話が存在している。つまるところ、無名で知られていない題材を見つけ出して解きほぐして自分の形に組みなおして、自分の作品として発表するという手段もまた、文学における1つの表現方法である。

何も、間違っちゃいない。ただ、確実に創造に信仰を置く人々からは嫌われる。んが、文章を書けなくなって愛人と心中するまで追い詰められた太宰と違って、井伏鱒二は60年以上にわたって作品を発表し続ける、続けることができたのは、彼が作品を表現する手段を複数所持していたことが大きい。そういう点を考慮しないで単に文学だの文章だのといった点で非難しようったって、そうはいかない。

結局のところ、作品を創造するのと、表現するのは根本的に違うということである。そらあ、美意識過剰な太宰治が悪人呼ばわりするわ。けれど、クリエイトとアレンジ、さらには翻訳に数々の自分語り、もとい随筆といった形で、表現し続けることが表現であるという姿勢を貫けば、いろいろと後世に残ることを井伏文学は教えてくれる。無論、盗作疑惑もあって当然になるわけだけれど、あれはそもそも、盗作と呼ぶほうが浅い。よーやるわ、程度で距離を保たないと、でかすぎて見誤る。それぐらい、人々の心に残る表現というものは、えぐい。そして、その蛇口を複数所持しているというのは、とんでもない。

なお、こういった話を現役の漫画家で実践している化け物がいる。てゆうか、自分の漫画で自分がクリエイターではなくアレンジャーだとネタバレするんだから、西原理恵子もろくでもない。

結局、どこぞのアンサイクロペディアでもいえる話である。質より量。いや、正確に言うと、質を維持しためちゃくちゃな量は、いたいけでうぶなクリエイターを泥に突っ込んで灰の中に放り投げる。けれど、そこからでないと面白みが生まれないのも確かである。作品ではなく、作者のほうに。まぁ、気が狂うことを前提で書いていることは認める。

モザイク[編集]

こういった様々な表現というものを重要視するにはわけがある。それは、文学というものを衰退させていった一番の原因であり、表現そのものを自分色もしくは自分達色一色で染めようとする動きが、いつの世でもどこの世界でも存在する以上、それに抗う何かを探しておかないといけない。これは、いわゆる信者と呼ばれる人々がやる、やってきた行為がどんな話だったかということで、それこそ宗教から芸術から何から、様々な場所で様々な事例が存在。特に、それが1つの作品や1人の人間についての狂信だと、正直なところ歴史文化が変わる勢いで周囲に影響を与える。

そして、そういった話の影に、新しいものを生み出すには、様々な表現の中で守り揉まれて世に受け入れられてからのほうが、生き延びやすいというだけの話が存在するのが、世の中のひちめんどくせえところである。そういった新しいものを拒否する空気、一色に染まった中で新ジャンルを提供なんて話をやろうとすると、少なくとも、表現の世界においてはマイナスへ針がふれる。ふれる?違うな、ぶっ飛ぶ、だな。分かりやすく言うと、キリスト教イスラム教、さらには共産主義、さらには原理主義といった連中がどれぐらい既存の表現やら歴史的建造物を破壊し、さらには新しい表現を敵視していったかで十分である。

結局、そういった話を考えれば、表現の世界においてまったく新しい表現を生き延びさせる状況というものを維持しておかないと、次の流行が生まれにくいわけで。1990年代末、萌え漫画ブームの芽が出た直後、いわゆるオタク向けの漫画やアニメといったものが生き延びれるかどうか、さらにはそれが売れるかどうかを判断する材料はどこにもなかった時代、どこぞの芳文社がその芽を重視して大量の人材をぶっこんで囲い込んで、世間の蔑視からその表現を守り抜くという大博打に打って出たところ、大当たりなんてレベルではないほどの超当たり。わずか数年で日本の漫画界の縮図が変わるどころか、日本の文化の中に1つのジャンルが生まれるという結果をもたらし、とんでもない流行が生まれとんでもない金額が動き、とんでもないほどの作品群が生まれることになり、

とんでもないほどの信者が生まれていろいろと面倒な話になる。

で、問題はだ。次にそういった萌芽にギャンブルできる体制を整えるために何が必要かって話で、つまるところ、萌え一神教を多神教の中の一柱にして、さあ次は別の形式だ、別のギャンブルだなどという話を出せる状況をいつかは整えなければならないわけで。てゆうか、いい加減、萌えブームから10年以上経過して、早めに動かないと世代交代という点にかなり悪影響が出る。出ている。だからこそ、様々な4コマのジャンルを潰えさせてはいけない上、4コマの形式についても続々と新方式を作り出していかないとならない。でないと、しょーじき、一神教に近い萌え文化すら危うくなる。これは、表現の世界の一つの真理である。

特に深刻なのは、編集者の数と質と年代で、60年代に手塚漫画からの反動で生まれた劇画ブームや70年代のガロといった、読み手の感受性の幅を異常に広くした作品群が80年代、90年代の4コマ雑誌隆盛の時代における編集者の感性を裏で支えたように、10年20年といった各種類別の漫画ブームの勃興と衰退の中で、読者として生きていたからこそ、編集者の受け入れられる表現の幅が異常に広くなり、また大学生が社会人となり中年になる中、それを受け入れる読み手もまた順調に育っていた。にも関わらず、萌え漫画がブームとなって10数年経過し、インターネットが隆盛を極めてもなお、いまだに萌えブームの次の一手が見当たらない。そもそも、メイドとか言う題材が生き残っている段階で、そろそろまずい。いや、相当にやばい。

10年以上前の流行を普通に追っかける段階でまずいってのに、何がまずいのかすら分からないから平然と繰り返せること考えるとを、ろくでもないを通り越して恐怖すら覚える。

てゆうか、同じ題材を違う年代に提供し続けてそれが、通用するという時点で漫画業界全体の危機でもある。新しい感性を持った新人という話が先細りになる。今後、萌え漫画以外の表現ジャンルにことごとく疎い人間が、続々と編集者となっていけば、いつまでもメイドが廃れない状況になっていく可能性すらある。そういった世代交代できない年齢層の積み重ねのことを考えると、薄ら寒くなる。けど、まぁ、4コマ業界以外でも、どこも新ジャンルで博打を打たなければそうなるわなあ。で、どういったジャンルが売れそうかではなく、どういったジャンルが自分の心を捉えるか=自分と似たような考えを持つ連中の琴線にふれるか、という感覚を持つ編集の存在が少なくなっていくことが、業界の未来に直結していく。

ま、新しい分野への挑戦ではなく、既存の作品の繰り返しというものは、編集者の質を計るのに格好の題材であり、10年以上同じ題材やり続けていたら見たくないものもよく見えるようになる。編集者の将来という点で、特に。で、そういう状況を打破するために必要なのが、モザイクのような作品群になる。正確に言うと、新しい表現をつぶさない作品群と、そういった作品をしっかりと見極められる編集者が必要になる。

とりあえず、そういったこれから先の表現および編集者育成という点で一番見事なのは、さすが4コマ業界の雄まんがタイム

ジャンル形式表現方法がものの見事にバラッバラ。ここだったら、確かに試してみたい新しい表現方法を受け入れることができる上、その芽をつぶさずに成長させることもできる。確実に。無論、だからこそもっとも敷居が高い上、必要なネタのレベルがひどく高く、その上で競争相手が植田まさし氏を筆頭に化け物ぞろいだってことも確かだけれど、どこの4コマ雑誌でも見ない表現方法を探したければ、まずここにある。そして、新ジャンルの萌芽やら囲い込みやらのギャンブルに足りえる新人もまた多い。いや、多いも何も、人と違う表現をしていかないと生き残れない場所だからこそ、萌芽もクソもなく、自分の表現を確立しないといけない状況で自分の世界を創り出そうともがいている。で、そういった右往左往七転八倒のクリエイトの一端を垣間見れる絶好の場所であり、だからこそアレンジャーが表現のきっかけを探すとしたらば、ここが一番手っ取り早い。

まんがタイムで新人が1年以上生き残ったら、そこには、他の4コマ作家がやっていない何かがある。で、そこから、大博打が打てる何かを見つけられるかどうかが、今後の業界の推移を決める。気がする。まぁ、実際にまんがタイムで行われている&行われていたそういう何かをいくつか知ってる。けど、言わない

ここでネタばらし[編集]

なお、上の文章はT・S・エリオット文芸批評論から思いっきりパクっている。無論、文章ではなくて、その主意をそっくりそのままいただいて芸術について語った文章を4コマ漫画に当てはめて書いている。そこに、いろいろといろいろを加えて自分が納得した文章を自分の思ったことを伝える武器にすることで実に手軽に気楽に人を理論で刺すってんだから、まぁ、ひでえ話である。

改めて言う、古本万歳。

あわせて、この元ネタの日本語訳は初版が1938年刊行で、1962年に改版が発行され、1984年に重版されたものを1冊105円でBOOK OFFで購入したものである、もちろん、岩波書店に決まってるがな、こんなクソ固い文章。あわせて、翻訳者は矢本貞幹氏。インターネットで調べると、昭和から平成にかけて活躍した英文学者であるとのこと。なお、元の1冊は様々な年代の文章を組み合わせて編集されていて、その最古のものは1920年に発表されている。で、実はよりえぐい内容が含まれている部分を省き、ずいぶんと分かりやすくマイルドにしていたりもする。

なんせ、詩の世界に革命を起こすような人物による批評であるわけだから、その主張もえぐいえぐい。なんせ、冒頭において、それまでの詩の批評をほぼ否定。作者の個性や才能といったものに価値を見出さずに、過去から現在へ続く伝統の中に生きているという感覚こそが大事であると説いている。おもっくそ、大賛成であるけれど、読み手が否定するに決まってるそんな主張を自分の意見としてぶっこんだら、書き手の信用と文章の信用が両方失われてしまうため、日本の漫画の歴史にこの考えを当てはめる際にめちやくつや苦労した経緯が存在する。けど、そういった感覚を持っておかないと、目の前に作者とその作品という壁が聳え立つ中、全体を見渡そうたって無理である。

で、その詩の隆盛と衰退もだいぶ4コマの歴史や日本の漫画の歴史に加味することで、てけとーに未来を予測。てけとーに過去に詩の世界であった破綻を4コマ漫画や日本の漫画に当てはめて書いている。ま、てけとーな話である。

で、何がひでえかというと、文芸批評論の冒頭の文章は理解できたものの、その後の文章がまるでさっぱりからっきし理解できねーってのに、おもっきしパクっているところである。けど、第二次大戦前の英文学の知識なんてほっとんどない中、全部理解できるわきゃない。むしろ、作者であるエリオットを知ってたこと自体、2010年代では奇跡的だってのに。

編集者いじめはちょと休み[編集]

いい加減、くそろくでもない文学のネタを放り込み続けたせいで、4コマ漫画なるかっる~いネタでできた表現の塊の知識を求めてこの記事たどり着いた人を、崖の上から突き落としたという自覚はすでにある。そのため、ここで一泊。4コマ好きの皆さんに送る、ものすごく、ネタに転化しやすい題材というか、発想を変えるだけで信じがたいものになるネタをどうぞ。

複数の人間による組み合わせ、つまるところ[編集]

というわけで、プロレス。別名、ポージング絡みの極地。

分かりやすく言うと、30代から40代のプロレスを知っている作者連中は、ポージングに苦労しない。ポージングの際の表情にも苦労しない。なぜなら、生きた題材を知っているから。なお、ここで心をこめて説明すると、若干どころか相当引かれる可能性が高いため、後、スタン・ハンセンのサポーターを直すしぐさにできても、絶対に分かり合えない年代の人がいるため、説明しない。心をこめて、説明しない。けれど、ある年代に強烈に刷り込まれているポージングやしぐさの事例集として、プロレスほど価値の高いものはない。

なぜなら、そういう動きをするとどう思われるか、どう思うかという現実が実感を伴って目の前にあるんだから。

で、とりあえず、4コマ作者の力量を測るには、キャラがプロレス技を使えるかどうかで大体把握できたりする。人間と人間の絡むポージングというものは、プロレスがメジャーだった時代ではどこの漫画でも4コマでもあったり前にあったのだけれど、いかんせん、それが廃れてからは、ジャパニーズ・レッグロールクラッチの美しさを力説したところで、世代間格差に苦しむだけである。が、そこには人間と人間が絡んだ際のポージングがある。分かりやすくいうと、1人1人が突っ立ってるだけの漫画には存在しないキャラの動きと構図、何よりも、人と違うコマがある。

そういう点において、2000年代以降のプロレスの衰退と漫画の表現の失速はかぶってたなあ。おもっきし。けど、まぁ、思い出すたびにジャイアント馬場の死と三沢光晴の悲劇が心に重くのしかかるからなあ。でも、一つの表現の題材としては、後世に伝えるべきだとも思う。ヘッドロックドロップキックなど、2人の人間を絡ませる際のお約束のような動きは、知ってる人間と知らない人間の差としては大きすぎるのだから。

複数の人間による組み合わせ、すなわち[編集]

というわけで、エロ本もしくはエロゲー。別名、ポージング絡みの月旅行。

分かりやすく言うと、十代(あえて漢字)から中年以上の男性連中にとって、刷り込みに似たポージングや絡みや構図があるのがエロの世界である。無論、表情にもフェチズムにもチラリズムにもまったく苦労しない世界がそこにある。とりあえず、共感を得るのにすらまったく苦労しない世界が、実感を伴って、ここで書く必要がないぐらい実感を伴って、そこにある。なお、ここで心をこめて説明すると、入れ食いどころか垂れた釣り針もしくは竿を持つ腕ごと食いちぎられる可能性が高いため、心をこめて説明しない。

といいつつも、4コマ作家にはエロ雑誌で作品を掲載したことがあるビッグネームがけっこーいて、売れない時代にそういった場でそういった題材でそういった話を書く中で、そういった場所だからこそ才能を開花できたという話もある。基本エロ本に差し込まれる4コマなんざあ、読まれなくて当然、無くても別にいい作品だから、読まれるために手練手管を尽くす場所になるわけで。後、雑誌内容に伴い関係者がアレという話がある以上、人に対する耐性人の表現に対する耐性を鍛えるには絶好の場所なわけで。特に、後者の重要性を知らん才能がようけつぶれていくのが表現の場というものであり、どこぞのアンサイクロペディアでもまったく同じ模様。

で、問題はだ。とりあえず、男性向けである女の裸とは逆の世界についてもしっかりと存在するのがおとろしいわけだ。しかも、実感を伴って。竿どころではなく釣り船ごと深海に引き込むレベルで。

というわけで、ボーイズラブの世界については、書くと精神的にダメージを受けるので書かない。けど、絡むしポージングもあるし、何よりも、共感を伴う。いや、伴いすぎる。そのため、エロ本やエロゲーにもいえるのだけれど、そういった下の感覚を伴う表現てえものは、いつの時代でも題材としては超優秀である。けど、まるでAK-47のように海を超えて世界各地で混乱を引き起こすことだけは理解しておくべきで、自分の書いたの絡みが国境を越えて世界各国のウィキペディアで記事になるような話は、クリエイターにとってはいいかもしれないのだけれども、その親族のことを思うと心が痛む。無論、それもまた創作と呼ばれるものの一面ではあるのだけれども、作者が自分の表現の結果に心を痛めるなんて話が無いように、編集者は気をつけないといけない。無論、作者が耐性持ちであればまったく問題ないけれど。

結局、子供も両親もおじいちゃんおばあちゃんも楽しめるようなかっる~い4コマ漫画の世界と、R-18のどす黒く蠢く何かの世界の間には、良識という名の大きな壁がそびえている。

まぁ、だからこそ、誰も寄り付かない手を出していないネタの宝庫になる。ただし、あくまでもポージングと絡みのみの話である。それ以外、いや、それ以上の部分である性癖やら異常性癖やらに手を突っ込んでしまうと、そのまま深淵めがけてのヒモ無しバンジーという話になる可能性が高いため、もし手を出すならば、そういうエロやBLといった世界には人間の知ってはならない、伝えてはいけない何かがあると最初から覚悟しておくべきである。

なお、この文章をきっかけに深淵から帰ってこれなくなる人間が確実に出るだろうけど気にしない。


複数の人間による組み合わせ せっかくなので[編集]

というわけで、麻雀漫画。別名、視線と手先の択捉島

分かりやすく言うと、目は口ほどに物を言う。基本、麻雀漫画というものは動きも少なく卓上は上半身のみで描かれ、しかもそこにツモ山やら捨て牌やらなにやらといったものを描かないといけない制約の中にある。が、その制約の中で様々な表現が磨かれていったことも確かで、対面、上家、下家に対する目線、場合によっては真後ろへも気をやるなんて話も多々あり、精神的に優位に立てば胸を張り、追い込まれればまるで卓上に突っ伏すかのごとくに頭が下がっていく。そして勝利すれば天井を向くまで喜び、敗退すればまるで儀式のごとく卓の上に突っ伏す。こういった伝統芸能のような表現を積み重ねた結果、なんとまあ多種多彩な顔の向きとそれに伴う手の動き、さらには読者に説明しやすい構図などなど、麻雀漫画独自の表現が醸されまくっており、それらを知っている連中と知らんやつらの差が顕著に出てくるのが4コマ漫画にも普通の漫画でもいえる話だったりする。

てゆうか、植田まさし氏のフリテンくんの始まりはそこにある。で、サイバラもやっぱりその路線をしっかりと受け継いでおり、そして説明不要の福本伸行

そういった、姿勢やら目線やら首の角度といったこまごまとした表現を積み重ねて人間の精神状況を表す技術を積み重ねた結果、竹書房近代麻雀からは10年に一度のペースで化け物が出てくるのがデフォである。問題は、その、なんだ。毒がきつい。大好きだけども、初心者にオススメとかいうと躊躇するどころではなく、反対するレベルできつい。でも、まぁ、だからこそ穴場なわけだけれどもさ。

幽玄[編集]

Wikipedia
ユーモア欠落症患者のために、ウィキペディア専門家気取りたちが「幽玄」の項目を執筆しています。

さ、特に理由もなく日本の表現の本質に踏み入ることにする。ちゅうても、古今和歌集の序を紐解くだけだけれども。

あ、古、万。

1971年に筑摩書房が発刊したハードカバーに、芸道思想集(日本の思想・7巻、芳賀幸四郎編)というものがあり、そこに文鏡秘府論より始まる日本の表現の発展がイロイロと記載されている。その中には、どこぞの折口信夫氏が訳し間違った詩本志也についてもちゃんと記載しており、その文章の大本が詩大序、別名を毛詩大序すなわち、中国最古の詩篇である詩経の解説のうち、の時代の学者、毛享らが伝えたとされるテキストの序文にある、としている。

書いてるほうもさっぱり分からないけれども、Googleで検索したらそういうことらしいので、気にせずにそういうことにする。

で、問題はその後、古今和歌集の中身についての解説である。そこには、平安期における和歌の技術がいろいろと記載されており、中でも六歌仙と呼ばれる和歌の名人の作風について言及。表現のしすぎだの、自分の色を出しすぎだのといった手厳しい批評をしている。無論、彼らが死んだ後だからこそ、そんな話が言えるわけで。

しかし、そんな中、絶賛されているのが、在原業平の作風である。

「その心あまりて、ことばたらず。しぼめる花のいろなくて、にほひのこれるがごとし」という彼の作品を評したその言葉は、後の和歌の文化、ひいては日本の文化にも大きな影響を与え、幽玄と呼ばれる日本独自の精神に達することになる。が、それは、日本に元からあった精神ではなく、あくまでも一つの技術が積もり積もって文化の中に組み込まれたという話であり、それがめぐりめぐって4コマ漫画の技術にもなる以上、しっかりきっかりやっとかなしゃーない、という話になる。

ようは、読み手の想像力を考えて作品作れって話だけどな。

在原業平[編集]

人の心を動かす技術という意味で、彼の作品を俎上に乗せて文化包丁のミネでガンガンたたくといろいろと楽しいものが出てくる。

世の中に たえて桜の なかりせば 春の心は のどけからまし
(作者)世の中に桜がなかったら春はのどかだろうなあ
(読み手)あほいうねえ、桜がない春なんざ面白くもなんともねえ→あ、桜が散るときの話か
名にし負はば いざこと問はむ 都鳥 わが思ふ人は ありやなしやと
(作者)都の鳥と呼ぶのだったら聞いてみたいものだ。私の思う人はどうしているのだろう
(読み手)鳥にんなこと聞いてどうすんだか→あ、これは旅をすればよく分かるわ
ちはやぶる 神代もきかず 竜田川 からくれなゐに 水くゝるとは
(落語)竜田川という相撲取りが千早という芸者に振られた後、妹である神代にもソデにされ、そのショックで相撲取りをやめて豆腐を売っていたところに、芸者をやめて落ちぶれた千早と再会。彼女がおからでいいから分けて欲しいと頼んだところ、竜田川に拒否されて、そのことを儚んで水に身を投げてしまった。
(結論)意味を読み手の想像力に任せるからこそ、想像力をひねればこういうネタになる。

作者50/読者30/時代20[編集]

平安期に熟成された和歌の文化が江戸時代に俳句というこりゃまたとんでもない文化に化けるまでの間、連歌というつなぎが入ることと、そしてまた、川柳という派生が生まれたことをくっつけることで実に説明しやすくなる。

つまるところ、連歌というものは五七五七七という和歌のシステムを、五七五・七七と区切って、最初の五七五をAさんが歌い、その意味を受けて次の七七をBさんが歌う。そして、そこからさらに五七五を歌い、七七につなげるというのが、和歌という1人の人間による文化多くの人間による文化へと変えていく。そのためには、関係者にそれなりの教養と和歌の技術、何よりも、和歌という文化の素養が必須になるため、Aさんの五七五の意を汲んでBさんの七七、次のCさん、Dさんへとイメージを伝達させるには、どうしたって言葉にできないイメージ、つまるところ幽玄というものを共有する技術というものが必須になっていく。

そういう話を伝えていくために、幽玄という文化はとてっつもなく重要になっていく。作者も読者も、言葉にできない何かが世の中にあるってえ認識がないと、想像力を導くことが大変に困難になる。そのため、平安時代から主に和歌などの文化には、古今伝授と呼ばれる文化思想教育するためのカリキュラムが出来上がり、それがめぐりめぐって茶道やら剣道柔道などの日本文化に影響を与えるんだけれども、めんどくさいんでそこらへんについては説明しない。

さうして、さういった言葉にならないものを共有する文化が日本の文化に組み込まれることで、最初から七七を取っ払った俳句の文化の萌芽ができ、さらにそこから、川柳のように七七を謎掛けとして、最初の五七五を庶民から募集するという、どこぞの1990年代以降のインターネット文化のような、共感の洪水みたいな江戸期の文化大爆発が起こる。

というわけで、長々と日本文化の話をした上で4コマ漫画の話に戻るとすると、語りすぎるな。という話になる。語りすぎて、読者からの言葉を聞かない表現になるな、という話になる。

とりあえず、表現というもののおっそろしい点の1つに、全て語りつくすことが表現だという大間違いが存在していて、アホな作者およびアホなファンが毎年必ずそう書かれた看板の側の底なし沼に集団で身を投げるという話がある。この段階で、その作者は大間違いを犯している。というのも、読者という生き物には作品に対して奴隷ではなく、自分の想像力を働かして、作品の端々に残るにおいをもってその結論を得るという習性を持っている。でなければ、その読者が次の作者に育たない。んだけれども、そういった習性というか文化の側面を無視したがために、作者神からのお言葉こそが全ての真実だのという読者も随時発生するからこそ、日本文化というものには実に楽しい混沌が生まれ続ける。で、20年後、その作者がいた周辺には荒野が広がっている。

無論、懐の金をかっぱぐにはこういう連中を増殖させるのが一番であるのだけれども、これやってまともな作品が後代に継承されたなんて話はほとんどない上、だいたいにおいて次の神が出たらさようなら。まぁ、当たり前である。

そうならないために何が必要かというと、読者に思わせる、考えさせる、感じさせる、でも描かない表現しない言葉にしない、という技術である。書かなくたって分かるやつは分かるというのが、日本文化のいいところ。そして何より、その作品が何をいうてるのか分からない連中を導くのは、分からないというもやもやである。幽玄である。小学生のガキが18禁の映像見て感じるもやもやでも、テレビ出てるあの人のあれカツラちゃうんかいなというもやもやでも、言葉にしないからこそ空気ができる。震災で行方不明になっても生きているというもやもや、明らかに相手に騙されている幸せというもやもや、なんでアンサイクロペディアでこんな長文読まないとあかんねんというもやもやなど、世の中には読者やら、時代の共感で成り立つ話がいくらでもある。

そこで、答えを言うだけなら簡単である。けど、考えさせるという意味では大間違い。

結局のところ、んなクソめんどくさい前提を抜きにして簡単に言うたれば、自分の作品を自分以外の目で見て考えて、自分の表現は人はどう思うだろうという習慣を持つと、見えなかった先が見える。たまに、自分の才能の限界も見えるけれど、気にしない。限界が見えてからが面白いから気にしない。そこに時代を見る目と、周囲の人間に合わせる技術、そして、周囲の人間に合わせない技術を駆使することで、ワケノワカラナイナニカデモナニカガワカルナニカが出来上がる。

途中からボブ・ディランの表現方法になった気もしなくはないけれども気にしない。表現なんざ、えてしてこんなもんだ。

才能とは才能につぶされないことである[編集]

和歌の歴史には、大変に4コマ業界にとって役立つ話がたくさんあり、中でも960年に開催された天徳内裏歌合に残された壬生忠見平兼盛の逸話については、そらあもう、ひどいひどい。なんせ、三十六歌仙と呼ばれる平安時代を通して知られる和歌の名人の2人が、それぞれの生涯の代表作の優劣を決めようとした結果、どうなったか。

壬生忠見
恋すてふ 我が名はまだき 立ちにけり 人知れずこそ 思ひそめしか
わたしが恋をしているという噂が、もう世間の人たちの間には広まってしまったようだ。人には知られないよう、密かに思いはじめたばかりなのに
平兼盛
忍ぶれど 色に出でにけり わが恋は ものや思ふと 人の問ふまで
心に秘めてきたけれど、私の恋だけれどそれとなく雰囲気に出ていたようだ。恋しているのですねと、人に尋ねられるほど

後の世に、当然のごとく百人一首に採用されたこの2つの名歌は、当初、あまりの甲乙つけがたさに引き分けという話で終わろうとしていたところ、村上天皇からなんとしてでも決着をつけようという話があり、結果、村上天皇がしのぶれどという言葉を口ずさんだという理由で、平兼盛が勝利。その結果、なぜだか後世には敗北した壬生忠見が憤死したなどという面白話が伝わることになるけれど、実際はその後もしっかりと創作を続けている。

が、ここで問題となるのが、なぜだか憤死したという話になる世の中である。

で、似たようなことを毎月、もしくは毎週やり続けているのが、いわゆるマンガの世界である。どれが面白く、どれがつまらないかは、最終的には帝のご意向ではなく読者の意見を積み上げて判断されることになるのだけれど、世の中にはどうしても敗者が必要であることを理解してない連中が、いっぱいいる。本当に、いっぱいいる。その結果、世の中の表現という表現には、才能を終わらせることに長けた口さがない言葉が常時付きまとうことになり、敗者にはより大きなペナルティとなって襲い掛かってくる。

結局、そういったもろもろを小さな一歩を踏み出した才能を押しつぶしていくのが表現の世界というものであり、それを回避するにも才能が必要である、と同時に運もまた必要になる。けれども、こういった逸話を知らない、なおかつ世の中のモロモロを知らない純粋な表現者を、世間は、いや、世間の暗部は舌なめずりをしながら待ち構えており、表現する側の事情を考慮せずに、ただ表現の良さ悪さのみをきっかけに、自動的に批判の言葉を述べ続ける。結局、そういうシステムというか、世の中の流れに表現する側を守れるかどうかが、編集サイドの技量の見せ所であるけれど、実際は個々の表現者ごとに精神的な打たれ強さが違いすぎて違いすぎて悲しくなる。それに、最高の労力をかけて最高の作品を啓上した上で自動的にぶったたかれるという作業については、慣れない連中ほどきついきつい。

もっとも、そんな話に慣れていれば知っていれば、どこぞのアンサイクロペディアにおける災害情報発信のように、編集部が意図してたたかれる方向に持っていくことで、作者や作品を守ることができる。実際、「東北の震災復興に比べて栄村の復興のスピードが段違いであるため、かなりの確率で批判にさらされる可能性が高い。けれども、アンサイクロペディアが積極的にたたかれることでそういう話を封殺する」という当初の読みどおりに世の中が動いている。そのためにわざわざたたかれやすい記事にもしている。そういった話から、4コマ世界におけるモロモロの才能をどうやって編集部が守れるかという話にするならば、まず何よりも、たたける作品を準備させなさい、の一言に尽きる。サンドバックでもデコイでも何でもいいので、雑誌で言うならそういう意図を持った4コマ、4コマ作品で言うなら極端に偏った登場人物やらを入れるか入れないかで、自動表現叩き機の皆さんをコントロールすることが難しくなる。

無論、そういう表現を入れると、雑誌の活力が落ちて、作品自体の面白さも減少するということも事実である。けれども、実際の雑誌の寿命は、そういった巻末に掲載される作品が握り、作品自体の寿命も、そういう登場人物が鍵となる。人間は2つ同時にたたけない。だからこそ、守りたい対象があるならば、たたける対象を準備しといたほうがいい。

なお、そういう視点を持って各種4コマ雑誌の巻末のマンガを見ると、本当に分かっているところは分かっている。分かっていないところでは、あがいている。クセが強く読み手を選ぶ作品をそういった意図を持って巻末にすえる編集部については特に説明の必要は無いけれど、逆に新規に発行される雑誌については、巻頭の作品よりもむしろ巻末の作品を見れば、雑誌の寿命が読み取れる。無論、知ってたところでまったく意味のない指標ではあるけれど、とりあえず、巻頭を飾る作品の作者は大変だなあと思うことだけは可能になる。

ネタ切れに苦しむあなたへ[編集]

多分どころではなく、この項目がこの記事において最も重要かつ最もろくでもない項目になる可能性が高い。というわけで、全てのクリエイター、表現者が悩みに悩むネタ切れについての特効薬を皆様に伝授する。

やめる。なんだったら、大文字かつ太字でさらに斜めに書いたっていい。

やめる


この瞬間、画面の外からぶん殴ろうとする連中に一言。んだらば、もうちょっとスケジューリングをなんとかせいやと。というのも、思考を培うには生活が必須であり、生活とはすなわち、活力をもった状態で生きるというわけで、追い詰めーのネタ切れーのバタバターのという状況で、一体全体どうやってネタを思いつけばいいのやら。そういう状況に計らずも陥る場合、さっさと創作を諦めてその作品ごとやめて生活のほうを立て直したほうが早い。遅いかもしれないけれど、次の建て直しという話には、こっちのほうがいい。つまり、ネタ切れというものが自分の生活リズムの乱れから来ることを自覚しとけ。そらあ、創作の面白さに目覚めた直後なんざ、寝る間も惜しんで創造力を働かせていって疲れても疲れても自分の創作を相手に認められた瞬間に、脳内麻薬で一瞬にして疲労も吹っ飛ぶという話は事実だけれどもさ。けどさ。逆の場合も考えとけって話だわな。

ネタ切れの上、疲労疲労疲れ疲れやめたいやめたいと心が叫んでいる中、無理やりの創作に継ぐ創作、そこに一言、読者から面白くないと言われた瞬間、自分の中にガラガラと崩れるものがあるてえ話を自覚しとくか、覚悟しとかないといけないなんてもんじゃない。人間の心なんて折れる瞬間はあっという間。本当に、もろいどころの騒ぎではない。けど、折れるもんだと分かっていればまだ何とかなる。そのための技術だって世の中には存在する。なお、終わりのない話を周囲が何を言おうがどうしようがまったく気にすることなく書き続けるというのが最も手っ取り早い技術であり、そうすることで、他の作品のリズムを維持できると同時に、気持ちをリセットすることが可能になる。特に弱小チームを応援し続けることでネタもぼやきも奇跡も逆の意味での奇跡も存分に書けるなんて話は、まさにどこぞのはた山ハッチ氏やみずしな孝之氏が切り込み続けた、本当に尽きぬネタの泉に他ならない。

まぁ、それが仕事にできるかどうかは微妙だけれども、そういう創作のリズムを一定に保てる方法を開拓しておくと、本当に創造の継続が楽になる。だからこそ、スケジューリングを重要視しなければいけない。いい表現は、あまたある非難を乗り越えた先にある。なら、もろもろの非難に対応できる精神と、その場その時を大事にせにゃならん。

あわせて、意図して叩かせる作品が叩かれると、それはそれで面白い。けど、4コマでそんな話ができたのは、もろもろの差別をジョークにできた時代、現行の作品で言うなら、そうとう初めのころのかりあげクンフリテンくんぐらいしかない。でも、まぁ、できなくはないか。

破壊と創造と[編集]

つくづく思う。立川談志は化け物である。彼は、落語という完成された1つの芸を壊すことをなんら躊躇せず、そしてそれと同じように、どんなに苦労しても自分のやり方を創造することをいとわなかった。そうすることで、新規の観客には古典の色と奥深さを見せ、なじみの客には壊す楽しさを満喫させた。というわけで、4コマ作品を壊す楽しさと、それに伴う創造についての話にやや強引につなげる。というのも、どこぞの竹書房が4コマ作家を正々堂々、普通の漫画の世界に進出されるという暴挙を行い、しかも、隔月でやろうとしてるんだから、まぁ、チャレンジャーであると同時に、4コマキチガイとしては半畳を全力で投げる準備をしておかないといけない。

というわけで、4コマ漫画の世界の破壊を雑誌で行おうという暴挙、まんがライフSTORIA(ストーリア)について少々。

ちなみに、もう一方の雄、芳文社については、まんがタイムきらら系列で思う存分に4コマではない萌え漫画を掲載しまくっており、そちらについては、あくまでも同人の世界からストーリー専門でやっている作家を招聘。本分である4コマ雑誌とは一線を画した編集を行っている。しかし、ストーリアについては、現役4コマ作家を正々堂々ストーリー漫画の世界に放り込むという、それまでの4コマの世界ではほとんどなかった挑戦が行われており、ファンをやきもきさせるどころの騒ぎではない。なんせ、その昔、偉大なる植田まさし氏も一時期ストーリー形式の作品に挑戦し即撤退したことがあり、そもそも、4コマ出身で普通の漫画の世界で生き残った作家を数えるのが怖い怖い。

逆だとものっそく多いんだけれどね。

実際、書き込まない、書き込みすぎないことに味のある植田まさし氏の作風と、一定水準の書き込みを要求されるストーリー漫画では、明らかに住むべき世界が違っていたように、4コマの基本と普通の漫画の基本はあまりにも差があって、氏がその後、一貫して4コマの世界で戦い続けるのもしょうがないというか必然というか。

それぐらい、4コマ漫画と普通の漫画には求められるものに大きな違いがある。

そのため、竹書房の挑戦であるストーリアについても、とりあえず、各作品のストーリーについては特に言うことはない。しいて言うなら、4コマ形式ではない漫画を経験していたいがらしみきお先生や小坂俊史先生は、さすがに読ませ方について分かってらっしゃるという話で、そのほかの4コマ作家の皆さんについては、担当編集もちょっとがんばれという話になるぐらいで。

なお、ここではちょっとと書いて死ぬ気でがんばれと読む。

とりあえず、まず、コマ割りのへったくそなことへったくそなこと(ほめ言葉)。うん、しょうがない話とはいえ、なんだろうこの初々しさは。これについては、編集部にコマ割りに関する指針やら経験の積み重ねが微妙に足りなかった結果、普通の漫画が主体の雑誌とは違った色がそこにあるため、決して埋もれない創造性を持っていることは事実である。けれど、そうは言ってもやっぱりヘタ。正確に言うと、手塚治虫氏&石ノ森章太郎氏というコマ割りの達人が築いた形式と大きく異なるコマ割りの連発ということであり、場合によっては普段目にする少年&少女マンガからも少々外れている。わるかないがよくもなく、一言で言えば、その点を重視しない編集者のセンスまるわかりになるのがちょとまずい。

なーんせ、いつもの4コマと比較することで、より作者の感性やリズムをより詳細に計れるのが、普通の漫画のいいところと悪いところである。本来なら、そこに編集者が介在することでよりコマ割りのセンスが発揮され、まあまあ先の姿を予測できるのだけれど、うん、その、なんだ。作者のセンスより編集者の見えざる手のほうがよく見えるのはちと怖い。より先の話が分かってしまうのが怖い。

ま、こーいった戯言については、結局、編集者と4コマ作者の双方が成長し続ければまったく問題ないけれど、内容はともかくとしてコマ割りが成長しない作者が少年誌で消耗されていった歴史が存在するこの国で、どうやって編集者が作者を支え続けていくか大変に見ものであると同時に、そのむごさひどさやるせなさについてはどこぞの立川流どころの騒ぎではない。そのため、作家陣はともかくも、担当編集者が総じて成長し続けなけりゃ、雑誌ごと作者が消えるなどという地獄がまた一つ、形成されたかもしれない件については、特に問題はない。表現というものはそういうものなわけで。

そして、それに、そこで得た経験が4コマ漫画に還元されるならばまったく問題はない。作者にしても編集者にしても。こういった雑誌で生き残ったこと、生き残らせたことがどれぐらい財産になるかについても気にしない。あわせて、ストーリーについては時代によって作者込みで評価が変わるものであるため、たとえ人肉食おう親子で性交しようが天皇皇后陛下が斬首されようが、まったく問題ではない。けど、まぁ、読者からの反応から作者を守ることは大切である。いろいろといろいろと。

寄席芸人伝[編集]

せっかくなので、そのコマ割りの何がへったくそかについてをさらに落語と絡める。

酒のウンチク漫画、BARレモン・ハートで知られる古谷三敏氏が残した名作マンガ、とはいうものの内容に比べて知名度はサッパリという快作、寄席芸人伝には表現の真髄に迫る話がゴロッゴロと転がっており、編集の際に気をつけなければいけない視点についても、それとなくそれとなく教えてくれる。中でも、落語家や色物の芸人たちの演技よりも寄席という入れ物を一つの表現と見立てる話では、観客をどかんどかん笑わせる芸よりも、観客を疲れさせずにひきつける芸を格上と見立て、全ての演目が終了して観客が満足しながら出て行くまでを1つの出し物、芸であると考えることで、芸人たちにどういった表現が求められているかを明確に伝えている。

つまるところ、もっとも実力のある芸人の邪魔をするようでは、どんなに観客が笑ったとしても芸は未熟であり、なおかつ、そのことに寄席の経営者が気づかないようでは、観客もまた離れっちまうという話を教えてくれる。それが伝統というものであり、芸人同士の人間関係を壊さない大切な様式美ってえものである。

そういう点で、実は4コマ漫画と言うものは、人の表現の邪魔にならない表現に満ち溢れている。そらそうだ。それこそが4コママンガの存在理由、レゾンテートルであり、コマの大きさが一定で、読むほうのリズムもほぼ決まっている以上、表現を抑制する術にこれほど長けた形式はそうないわけで。ページの隅や雑誌のおまけ、果ては新聞の最後のページ近くなどにひっそりと印象を残すことこそが、4コママンガだった時代が確かにあり、4コマ雑誌もまたそんなニッチなところに目をつけたからこそ、その発足から30年少々を生き延びてこられたわけで。が、このたびそんな世界感を乗り越えて、普通の漫画の世界に4コマ作家が挑戦ということになった結果、いきなり、大ゴマどーん、1ページ丸ごとどどーん、見開きどかーん、というわけで、ネームバリュー上位の作者を食ってしまえるコマ割りというか表現が連発された件について、心の底からチャレンジャーだなあとしか言いようがない。なんだろう。4コママンガには心に抑圧される何かがあるのだろうか。

けど、その結果として、もんのすごく、雑誌内の人間関係が気になるわけで。もちろん、100年も前の明治大正時代の寄席の作法と2014年の平成時代を一緒にする必要もないけれど、その真ん中、昭和時代の少年ジャンプで30年以上の長期にわたってこち亀が生き残り続けた理由を考えれば、人の表現の邪魔にならない表現に徹した作品のありがたさという話が見えてくる。かぶらないネタ、かぶらない設定、何よりも他の連載陣とは違う抑えたコマ割りの徹底は、そのほかの連載を支える大きな役割を担い続けると同時に、それが作品および作者の個性にもなる。そういう技術を持つという個性になる。

翻って、ストーリアの話に戻すと、やはり強い表現が多すぎという話になる。その上、雑誌であれば強い表現は他の作品によって緩和されるけれど、それがもし単行本化なんて話になった際、似たような表現ばかりになっては、目も当てられない。そして、そういった大きなコマ割りというものは雑誌の大きさと単行本の大きさ、さらに文庫版の大きさでまったく印象が異なるため、雑誌であるならば見開きちゅどーんという衝撃も、文庫版ではさ・ほ・どになる上、似たようなサイズの作品が多いWeb版ではさらにインパクトが薄まる。だからこそ、雑誌単行本文庫版でインパクトが変わらない手塚&石ノ森両氏が偉大なわけで。

けど、まぁ、こういった形で4コマの世界や業界の壁をぶち破るチャレンジは大事である。だからこそ、命がけの創造をという話になり、その上で先々を見通して、とりあえずは単行本化する際に苦労しないよう配慮しなけりゃならんわな。後、人間関係については、立派な編集部の人がちゃんとやってくれるだろう

あとがきにかえて[編集]

時代ごとの表現のルーツを拾い集めて解きほぐして組み合わせる。その中に、文化だの歴史だのといったスパイスを加えて、タマネギパン粉を混ぜ合わせて、サラダ油をひいたフライパンで弱火でじっくり焼き上げると、おいしいハンバーグになるという話はウソである。そこにおいしいソースを用意しておくまでが書評というものである。

というわけで、4巻の最後にに深く関わる表現の話をするならば、そもそも、たかが表現なんてもので人を動かすだの心を振るわせるだの、動き始めた時代の先頭に立つとかいうだのといったあまっちゃけた考えでは、思いついた時点で一歩も二歩も時代から遅れ、あぶくゼニからもにわかファンからもダイブ遠くにハナレテイル。などと書いてみる。自分のつたない表現を4コマ雑誌に連載して単行本に手をとらせてそこから生まれるファンとの交流とわずかなお金に一喜一憂、とかいう話ももちろん大事であるけれど、そこから時代と呼ばれるワケのワカラヌものを手にとって大きな流行を生み出すには、どうしても普通と呼ばれるための努力とはまったく違う、別のところでの努力が必須になる。

とりあえず、本当に時代の先頭に立つなどと決めた場合、事前に孤独への覚悟と無駄な努力への莫大な投資が必須となる。いわゆる、バクチというやつである。

というのも、基本、流行の先端に立つなどという話を例えるなら、自分が切り開いた登山道に年間数十万人もの人間がやってくるという光景を思い描くのが調度いい。そこに何もない場所に、景色と空気と経験を用意することで、人々をなぜだか山に登りたくなる。そこに、日本の文化があるけれど、どうしたってそんな山道に人を導くためには、どうしても1人か、もしくは極少数の仲間内でその道のりを整備しないといけないわけで、大抵の場合は自分のやっていることに疑問を持って手が止まるか、その疑問に押しつぶされて表現を終えることがほとんどである。けれども、自分で道なき道を切り開いて、そこに人々を呼び込むことで得られる経験たるやもうすごいすごい。

けど、その努力が当たる場合なんてほとんどない。

けれど、そんな表現に慣れると、もしくは一度経験すると、こういう状況でどんな胎動が時代を動かすかぐらい、けっこー簡単に予測できるようになるのが世の中である。中でも、どこぞのシグルイの秘剣・流れ星のように、押さえ込めばこむほど強く反発するのが世の中だってのに、楽しいぐらいに一部の表現を押さえつけてきた連中がいるため、そこかしこでボロが出まくっているのもまた世の中である。

と同時に、この文章を書いている2015年2月という時代を換算するに、確実に表現の世界に東日本大震災への反動が芽生え始めるという話と、その反動に伴うゆり戻し、さらに、震災から4年という時点において、そこかしこで震災の影響により、表現し続けないと精神的におかしくなる連中が表に出始めるころになる。一度あの空気を受け入れてしまったがために二度と元の自分には戻れないという、まるで処女膜みたいな話は、数多くの戦乱と天災に付随するオマケみたいなものである。そのため、最初のうちは元の姿に戻ろうというあがきを見せた後、当然のごとくに諦めが入り、次は絶対に分かってもらえないことが分かるけれども伝えたいというどでかい矛盾の中、つたない表現を積み重ねていくことで、多くの人間が精神バランスを崩しては持ち直し、持ち直してはまた崩すことで、維持していく。

そんな賽の河原を経験すると、信じがたいほど表現に労力がかからなくなる。自分で自分の精神の崩し方を知ると、ものすごく表現に労力がかからなくなる。まぁ、そんな一種の狂気と表現が結びつくと、とってつもないほどの量や質が維持されることとなり、さらには信者が生まれてしまい、そこから時代の潮流が始まるまでがよくある話で、そこに手綱がつけられるかどうかが、編集者にとってもっとも重要な仕事になる。分かりやすく言うと、初心者の作ったルートで初心者を山に登らせるなという話である。

けど、まぁ、さすがに4コマ漫画にそんな話はないだろう、多分。わからんけど。でも、時代を押さえつけるバカの側に登山道を作って、爆発寸前の火口へ人々を呼び込むのが一番手っ取り早い時代の先頭に立つ手段というのもまた事実である。報道でも表現でも。

関連項目[編集]