UnNews:のび太が電撃離婚

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ドラえもん」の主役であった野比のび太(48)が静香夫人(48=旧姓は「源」)と電撃離婚していたことが判明した。

結婚当時ののび太

のび太は本来はジャイ子結婚して貧乏子沢山の生活を送るはずであったが、その子孫であったセワシが自らの借金生活に嫌気が差してドラえもんを20世紀のオイルショック時代に少年期を過ごしていたのび太の元に送り込み、のび太の結婚相手を静香夫人に切り替えることに成功。セワシにとっては過去である「のび太の未来」が変わったことでセワシはこの世を去ることになったが、「借金の取り立てがキツかったし、これで楽になれる」と満面の笑みを浮かべながらこの世を去っていた。

セワシの捨て身の策略で1989年に静香夫人と婚約したのび太は翌年に挙式を挙げ、後に一児(ノビスケ)の父となった。のび太は環境保護局の自然調査員としても活躍し、経済的に何一つ不自由ない生活を送り、職場である環境保護局の中でも常ににこやかに仕事を行い人への挨拶を欠かさない。のび太一家は「リア充型おしどり一家」と友人達の間で評判になっていた。

しかしその評判とは裏腹に、一家の内情は壮絶を極めていた模様である。

ノビスケ誕生後にのび太夫婦は2人目の子作りに挑んだが、なかなか成果が出ない「二人目不妊」に陥り、1995年頃から夫婦仲に亀裂が入り始めていた。またのび太の小学生当時の趣味であった「風呂場覗き癖」がこの頃から再発。年頃の女性が居る家の風呂場で毎週のように覗き行為を敢行して月1回以上のペースで通報され、その度に静香夫人が覗きの被害者宅に謝罪に行くようになっていた。

それでも「そばについててあげないと、あぶなくて見てられないから」という理由でのび太との結婚を決意した経緯があった静香夫人は「この程度は想定内。あぶなくなかったらのび太さんじゃない」と気丈に振舞っていたが、21世紀に入った頃からのび太の仕事が多忙化し、さらに不況に起因する公務員批判の影響で給料が伸び悩み「いくら働いても報われないし、公務員はいいよねと妬まれる」とストレスが溜まるようになった影響で、のび太はDVにまで走るようになった。怖くて泣き出すノビスケを尻目にのび太が静香夫人に暴力を振るっていたと思われる叫び声と泣き声が野比家の周辺で聞こえたことも一度や二度ではなかったという。

それでも「のび太さんのそばに居ると決めたんだから」と静香夫人は耐え忍んでいたが、2004年に開かれた「四十路突入記念○×小学校同窓会」で当時のクラスメイトであった出木杉英才(48)との再会をきっかけに静香夫人は出木杉と不倫交際を始めてしまった。最早夫婦仲は完全に崩壊していたが、「ノビスケが大学に入って一人暮らしを始めるまでは一緒に居よう」と夫婦で取り決めを実施。正式な日付は「非公開」(静香夫人に近い関係者)であるが、ノビスケが大学に入学して一定の時間が経ち、婚約日から23周年となる2012年10月25日近辺で正式に離婚が成立したと見られる。

今後はノビスケの親権は静香夫人が持つとともに、離婚後も夫婦ともに苗字を変えず「野比」のままで居ることなどが取り決められている。従ってノビスケは今後も「野比ノビスケ」のままとなる。

この電撃離婚劇に対して、静香夫人の父親である源義雄氏は「のび太君は若い頃は素晴らしい青年だったのだが…あのように変わってしまうのは見抜けなかった。特に『DVは”まさかこの人が”という人がやらかす』という話が最近は言われるようになったけど、1989年当時にその情報があれば…」と悔やんでいるという。

また静香夫人の当面の食い扶持を確保するために、のび太と静香夫人の結婚から離婚までの23年間を綴ったドキュメンタリーの製作が開始されている。2013年の春頃を目処に「ドラえもん のび太の結婚生活」と題した大長編ドラえもんシリーズ作品が一般公開される予定である。この作品はのび太の覗き癖やDVだけでなく「スネ夫さんやジャイアンさんにも言えなかった」(静香夫人)エピソードも収録される予定であり、「夫婦仲が危ない両親を持つ子供が見たら危険すぎる」と既にR18指定される事も決定している。

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