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出典: へっぽこ実験ウィキ『八百科事典(アンサイクロペディア)』
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愛ゆえに人は苦しまねばならぬ!愛ゆえに人は悲しまねばならぬ!
愛 について、サウザー
これこそ、人間の感情の極み。希望よりも熱く、絶望よりも深いもの……愛よ。
愛 について、暁美ほむら

アンサイクロペディアにおけるとは、どんなにつまんない記事でも見捨てたりせず、拾って良く洗って柔らかいタオルで拭いた後にドライヤーで乾かしてあげたり、温かいミルクを与えたり、エノコログサを模した器具で遊ばせたりして、立派に育ててあげることである。

概要[編集]

アンサイクロペディアでは、多くのWikiに共通して言えることだが、ユーモア欠落症の発症者によるクソつまんない記事や、荒らしや熱心さの足りない人による短小な記事、あるいは気紛れな執筆者による書き掛けの記事(しかもこれらは余り顧みられない)などが存在する。

これらの項目は、あるいは立派なユーモアに育つかも知れないし、育たないかも知れない。しかしそのままでは確実にどうしようもない記事や退屈な記事のままだ。これらを拾い上げて飼育し、調教して、立派なM記事にすることが、アンサイクロペディア的な愛といえるだろう。

まあ……中にはどうしようもないし良くなりようも無い記事もあるかもしれないんだけどね。

アンビバレンス[編集]

しかし、可愛さ余って憎さ百倍という言葉がある通り、深い慈愛は生臭い憎悪と表裏一体である。慈悲深く手をさしのばそうとすればするほど、それを拒絶された時、人の心の中の慈愛はカオスと融合して憎悪へ化学変化する。「こっちが善意で助けようとしてあげたのに」「恩を仇で返しやがって」、そうした人間が持っていて当然の感情は、愛を容易く悪意や憤怒や憎悪へ変える。

そうした悪意や憤怒や憎悪さえもユーモアとして昇華させてこそ、一級のアンサイクロペディアンである。しかし、一級になったことに安住していては、すぐに三下のアンサイクロペディアンに転落する。

アンサイクロペディアで広範に活動するには、常に愛を求め続けなければならない。それはすなわち、仇に恩で報い続け、恩を仇で返されることを受け入れ続けるということである。あまりにも険しく辛い、苦行の道である。

関連項目[編集]