ヤマノクチバク

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ヤマノクチバク(山之口貘、学名:Tapirus Yamanokuchi)はバクの珍種である。しばしば他の哺乳類と混同される。

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分布[編集]

沖縄原産であり、沖縄と東京において目撃されている。確認されたのは常に同じ一頭のみで、目撃情報は1903年から1963年の間のみにとどまっており、現在は絶滅したものと思われる。ちなみに、都会にみられる、露店などで色紙に書いた落書きを売っている生き物は全くの別種であり、バクですらないただのバカである。

形態[編集]

バクの一種であるが、きわめて特異な形態を持つ。

バク科の特徴として、前脚が後脚より長く、脚の指が前に四本、後ろに三本ずつあることが挙げられる。対するヤマノクチバクは前脚にくらべてかなり長い後脚を持ち、直立二足歩行であり、各脚の指の数は五本であった。きわめてヒトに近い特徴を持っていながらバクの一種とされているのは、あくまで1925年以降の自称によるものである。

生態[編集]

ヤマノクチバクはまるでヒトのような、さらに言えばオッサンのような、もっと言えばルンペンのような外見であったが、もちろんルンペンではない。人間と間違われたために生後間もなく初等教育を強いられたが、中学校に落第し、晴れていちどは野生に帰った。

本来たいへん知能が高く、前脚を器用に使って文章を書いた。イルカゾウが訓練次第で文字を書けることを考えればさほど珍しくないようだが、ヤマノクチバクの場合ことさら外部からの訓練は行われず、それにもかかわらずテキストには明確な意味があった。自ら生態をレポートすることができたため、生存中に動物行動学者の研究対象となることは少なかった。

ヤマノクチバクのレポートは一見平易でありながら詩情にあふれ、文学とみなされることが多い。文学者にもその生態は注目されており、例えば佐藤春夫はヤマノクチバクとじかに接触してその生育を援助しつつ見守り、研究成果を『放浪三昧』としてまとめた。ヤマノクチバク自身は「詩とは」「文学とは」と問われると困惑し、雑誌に「分からないからとりあえず定義は置いておいて、ただ出来たものを読んでほしい」という趣旨の文章を寄稿するなどした。

沖縄のがじまるの木や台風を好んだが、東京に移動せざるを得なかったらしい。金銭をあつかうことはできたが得意ではなく、路上や公園のベンチで眠っている姿がしばしば目撃されている。草食であったのもバクであるからではなく、ひとえに貧乏のためであった。メスの扱いにも生涯慣れなかったとされ、次のようなテキストを残している。


若しも女を掴んだら

若しも女を掴んだら
丸ビルの屋上や煙突のてつぺんのやうな高い位置によぢのぼつて
大声を張りあげたいのである
つかんだ

つかんだ

つかんだあ と張りあげたいのである
掴んだ女がくたばるまで打ち振つて
街の横づらめがけて投げつけたいのである
僕にも女が掴めるのだといふ
たつたそれだけの
人並のことではあるのだが。


バクである。バクは人間と少し違うのである。はじめて一つの巣に定住した時期に、ようやくそれを認識しはじめた。というより、せざるをえなかったのである。




僕は間借りをしたのである
僕の所へ遊びに来たまへと皆に言ふたのである
そのうちにゆくよと皆は言ふのであつたのである
何日経つてもそのうちにはならないのであらうか
僕も、僕を訪ねて来る者があるもんかとおもつてしまふのである
僕は人間ではないのであらうか
貧乏が人間を形態して僕になつてゐるのであらうか
引力より外にはかんじることも出来ないで、僕は静物の親類のやうに生きてしまふのであらうか

大概の人生達が休憩してゐる夜中である
僕は僕をかんじながら
下から照らしてゐる太陽をながめてゐるのである
とほい昼の街の風景が逆さに輝いてゐるのをながめてゐるのである
まるい地球をながめてゐるのである


ヤマノクチバクは、紛らわしい外見をしていた。それゆえに、バクであるにも関わらず、でなく現実を食わざるを得なかった。しかしヤマノクチバクは地球から地球を眺めることができた。地面に寝そべって、四本の脚で地球を抱きしめることができた。そして、食べて生きる糧とすることも。


(前略)
どうせ生きたい僕なんだから何を食つても生きるんだが
食へば何を食つても足りないのか
いまでは空に背を向けて
物理の世界に住んでゐる
泥にまみれた地球をかじつてゐる

地球を食つても足りなくなつたらそのときは
風や年の類でもなめながら
ひとり、宇宙に居残るつもりでゐるんだよ


ヤマノクチバクの生きている姿は六十年弱の間目撃され、その後急に地上から見えなくなったとされる。しかし、むしろ逆に我々が、地球ごとヤマノクチバクの腹の中におさまっているのかもしれないのである。