もりしげ

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もしかして: 森繁久彌
もりしげ1913年5月4日 - 2020年6月30日)は、日本漫画家マルチタレント大阪府出身。もりしげ事務所所属。代表作は『花右京メイド隊』、『こいこい7』。

略歴[編集]

  • 1913年 - 大阪府枚方市に生まれる。
  • 1934年 - 早稲田大学商学部へ進学。在学中から舞台役者として活躍する。
  • 1936年 - 軍事教練を拒否して早稲田大学を中退。その後東京宝塚新劇団(現・東宝)に入団。
  • 1939年 - NHKアナウンサーとして満州に渡る。
  • 1946年の復員後は役者コメディアン歌手として成功を収める。今で言うマルチタレントの魁である。
  • 1971年 - 漫画家としても活動したくなったので週刊少年マガジン(講談社)にて美少女戦隊を題材とした『こいこい7』を連載しようとするが、当時の編集部に「斬新すぎて理解できない」と断られ、週刊少年マガジンに読み切り作品として掲載することで互いに納得した。
  • 1996年 - ろんどべる名義で『おさわがせ悪魔っ娘(デビルン)』で正式に漫画家としてデビューする。
  • 1999年 - 『花右京メイド隊』を月刊少年チャンピオン秋田書店)4月号から2006年9月号まで連載。御年86歳で突然大豪邸の家主になった主人公・花右京北斎を美少女メイド集団・花右京メイド隊が介護する姿は介護保険後期高齢者医療制度問題を予言した社会風刺を含んだ内容であり、二度アニメ化される大ヒットとなった。
  • 2002年 - 『こいこい7』をチャンピオンRED(秋田書店)10月号から2007年3月号まで正規に連載。これもアニメ化される大ヒットとなったが、後半でのようじょへのディスクのインストール、死姦や大量虐殺(ジェノサイド)、ジャイアン独演会を含んだメメント・モリ(死を思え)な展開には、チャンピオン紳士といえどもドン引きした。最終回は「おっぱい出してノーカンな」的内容であった。
  • 2002年頃より、メディアへの露出が急激に減少。一説によると、密かに体の一部を機械へと改造し定期的にメンテナンスを行っていたが、既に製造中止となっていた部品がこの頃に底を突いたとされている。
  • 2007年 - 『フダンシズム-腐男子主義-』をヤングガンガンスクウェア・エニックス)15号より連載。腐男子腐女子への恋愛を描いた性別を超越した物語には、白寿を目前にしたもりしげの人生経験が生きていると思われる。
  • 2020年 - 遂にサイボーグ化していた部品が完全になくなったため生命活動を維持できなくなり逝去した。享年は107歳。

人物[編集]

  • 現在も続く長寿番組『徹子の部屋』第一回目(1976年2月2日)のゲストに呼ばれた時には、黒柳徹子胸を揉みまくったが「還暦を迎えたおじいちゃんのすることだから」と大目に見て貰った。ただし、これについては元々台本に書いてあったとの説もある。
  • 芸能関係者の葬式で「また私より先に逝ってしまった」と述べる弔辞は役者を引退し漫画家専業になってからも続けており、「弔辞仙人のもりしげ節」として役者時代を知らない若い人にとっても有名であった。

逸話[編集]

  • ある日、目の見えない子供達の前で歌を歌うことになったもりしげ。普通にいくつかの童謡を歌っていく中、「七つの子」を歌い始める。そう、歌詞の中に「丸い目をしたいい子だよ~」とあるアレである。しかし、もりしげは一瞬、言葉を詰まらせるも、「丸いしたいい子だよ~」と咄嗟に歌い、多くの識者から絶賛されることになる。
  • 第二次大戦中、満州NHKに勤務していたもりしげ。当時からしゃべりのセンス、および当意即妙な会話は一級品であり、当地に巡業に来ていた多くの芸人とも交流を持っている。中でも、五代目古今亭志ん生、六代目三遊亭円生という、後の落語界を引っ張る二大巨頭とは酒を酌み交わす仲になっており、酔っ払った志ん生をもりしげが介抱するという、その後の落語、映画の2大スターとはとても思えない話も残っている。なお、当時から、酒を酌み交わしながらの余興で、芸の鬼である志ん生をうならせており、アナウンサーでありながら芸の道を進むよう勧誘されている。
  • とにかく、元アナウンサーだけあって語りの技術がものすごく、さらには演劇畑出身であることから仕草の一つ一つにキレがあるため、あの黒柳徹子が真剣に聞き役に回る。これに対抗できるのは、タモリの密室芸の爆発力ぐらいである。

もりしげ病[編集]

もりしげの役者から漫画家への転身が成功した影響で、役者やコメディアン、ミュージシャンなどの他の芸能ジャンルで成功してから漫画家へ転身したがる者が増えたために、小林信彦は著書『日本の喜劇人』でそのような人の事を「もりしげ病」と呼んだ。小林信彦は同書で、「もりしげは元来漫画家志望であり、たまたま役者としての才能もあったために成功したのであって、彼の「転身」を他の役者が単純に真似するのはおかしい」と書いている。

ちなみに、その転身の最大の失敗例は手塚賞準入選を受賞し調子に乗り、トップミュージシャンから漫画家に転身したもののジャンプ金未来杯で惨敗した間界野昂次である。

主なもりしげ病患者[編集]

Nemurineko.jpg この節を書こうとした人は途中で寝てしまいました。
後は適当に頑張って下さい。(Portal:スタブ)

主な作品[編集]

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ユーモア欠落症患者のために、ウィキペディア専門家気取りたちが「もりしげ」の項目を執筆しています。
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キャプテン翼の例のアレ.jpg もりしげ は、漫画関連の書きかけ項目です 」

「 書きかけとかつまらないとかはどうでもいい、もりしげ加筆するんだ! 」 (Portal:スタブ)