アルティメット・タック・ボール

出典: へっぽこ実験ウィキ『八百科事典(アンサイクロペディア)』
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アンサイクロペディアンたちが不甲斐ないばかりに、ユーモア不足のはずのウィキペディア専門家気取りたちに「アルティメット・タック・ボール」の項目を先に執筆されてしまいました!

アルティメット・タック・ボールとは、「完全に平等で公平な世界」を目指す人権運動から生まれた新時代のスポーツである。

概要[編集]

スポーツの原型は基本的に「競技」ではなく「闘争」である。他者を蹂躙し利益を得るための手段であって、時代が下っても「合法的な暴力」として扱われる事が多い[1]。しかしそれは人権思想を踏まえ「社会的公平」を求める世論からはかけ離れたものであり、現代では「見世物としての面白さ」を重視するあまり選手を使い捨てるような行為は厳に慎むべきものとなっていった。そんな中で、体型や経験に左右されず誰もが平等に参加できるスポーツとして生まれたのがアルティメット・タック・ボールである。

平等性[編集]

アルティメット・タック・ボールは「で行うフットサル」とでも言うべきスポーツだが、最大の特徴は全プレイヤーがスタンガンを携行して試合を行う点である。スタンガンに代表される電撃兵器は人体の表層部位に激痛を与えるが、これは鍛えた体にも女性の柔肌にも等しいダメージを残す極めて平等な武器だと言える。これを攻防に使用する事で、どんなに体格差があろうともパフォーマンスは同等となる。また電撃による痛みは本能的に身体を怯ませる為、試合中に活躍するエースプレイヤーほど電撃を浴び続けて萎縮していく。結果として、メンバー全員に等しく活躍の機会が与えられるのである。

スタンガン必要最低確保数の都合により[2]普及率は高くないが、平等時代の新スポーツとして世界的に注目を浴びている。

日本での現状[編集]

日本においては公平性や平等性の考え方の違いから、先進国の中では非常に知名度が低い。これは日本人が平等性に興味が薄いわけではなく、その逆が大きな理由となっている。「世界一成功した共産主義国家」とも呼ばれ非常に平等/公平を重視する日本人にとっては、スタンガンによる平等性はまだまだ甘いものと見られた。完全に平等で公平な競技だと言うなら、そもそも勝敗が存在するのは如何なモノか、と指摘を受けたのである。これはスポーツだけでなくテーブルゲームでも同様で、ネットワーク思想家ジナコ・カリギリ女史はイギリス人思想家による「チェスこそ世界一公平なゲームである」という論文に「プレイヤーの知能が勝敗に影響を与え、また明確に決着が付くため公平ではない」と語った論説が知られている。勝敗があるゲームで完全に公平だと示すには、万単位の対戦を行ったのち勝率が完全に五分五分でなければならない、という女史の持論は学会でも大きく取り上げられ、多くの議論を産んだ。

しかしアルティメット・タック・ボール自体がまだ新しいスポーツであり、「見世物であるプロスポーツはまだしも、一般の運動で勝敗をつけるべきではない」という思想が主流となりつつある[3]日本でどう普及していくかは未知数である。確かに現代日本の思想からするとまだ発展途上だが、この先アルティメット・タック・ボールが日本で独自に進化し勝敗の概念を失う事で、新しい平等スポーツとなる可能性もある[要出典]

脚注[編集]

  1. ^ 1970年代を舞台とした『アストロ球団』でも、ビクトリー球団総帥が試合中の殺傷は全てアクシデントとして処理され罪にならないとして「アストロナイン全員を殺害する」と記者会見で宣言するシーンがある。
  2. ^ スタンガンが人数分必要なのはもちろん、激しいスポーツ中に使用するため故障も懸念される。予備まで含め、100丁単位を常に保持している必要がある。
  3. ^ 思想家小林よしのり氏が提唱した「学校教育では運動能力に優劣をつけず、例えば徒競走やリレーは手を繋いで仲良くゴールするべき」という考えは、その後のゆとり教育にも取り込まれた。

関連項目[編集]


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