アール・エフ・ラジオ日本

出典: へっぽこ実験ウィキ『八百科事典(アンサイクロペディア)』
ナビゲーションに移動 検索に移動
この記事は左に寄り過ぎています。
ここが真ん中です。

アール・エフ・ラジオ日本(-にっぽん)は、神奈川県横浜市にあるラジオ放送局である。1980年代から1990年代にかけて、今日でいえばネトウヨ専門放送というべき、公共の電波を私物化する暴挙を行なっていた。

概要[編集]

1958年神奈川県ローカル局にありながらラジオ関東の社名で開局後、1981年に現在の社名に変更した。

開局当時はまだFM放送もなかった頃で[1]洋楽を中心にした音楽番組が神奈川県民のみならず東京都民にも支持されていたという。

極右路線への暴走[編集]

そんなラジオ日本がトチ狂ったのは、1982年に当時の社長だった遠山景久が「社会の木鐸宣言」を行なってからである。当時の関東地方のラジオ局は、夜間のアイドルのトーク番組で聴取率を稼ぐビジネスモデルが確立していたが、それに逆行するスタイルを宣言したのである[2]

そして、その方針は1989年昭和天皇が死去してから鮮明になっていった。

番組の聴取者を50代以上の年配者と、今で言えばネトウヨとなっているであろう“イケてない”連中にターゲットを絞ったのである。

夜間のアイドルラジオはことごとく打ち切られ、誰が聴くんだと言いたくなるような極右プロパガンダ番組がメインになり、音楽番組もかつての看板だった洋楽番組に代わり演歌番組が中心となっていった。

また、右翼の特徴として強権的な体制があげられるが、当然この時代のラジオ日本も例外ではなく、例えばアナウンサーをキーパンチャーに異動させたり、新入社員や管理職を自衛隊に体験入隊研修に出すなどの暴力がまかり通っていたという。

この結果、離職者も激増し、全盛期には150人以上いた社員も30人くらいまでに減り、番組の制作さえ覚つかなくなるようになったが、それが却って極右路線をエスカレートさせる一因となった。

ちょうどこの頃、千葉テレビ放送テレビ埼玉も番組の制作能力が充分でなかったため、昼間には静止画と音楽を何時間も流していたのであるが、ラジオ日本はこれにヒントを得て番組制作が困難になる度にプロパガンダ番組を延々流すようになったのである[3]

もちろん、これらの極右路線は一般聴取者の離反を招き[4]、その結果聴取率も暴落して広告主の逸走も引き起こすようになったのであるが、そのことはラジオ日本の極右反共路線の更なるエスカレートの一因にしかならなかった[5]

このような状況にありながらラジオ日本の経営陣が強気でいられたのは、ラジオ日本には讀賣新聞を通じて読売ジャイアンツの試合の独占的中継権を獲得していたからである。

他の番組が如何に売れなくても、一定以上の聴取率と売上が確約された題材があることで、経営は何とか可能だったのである。

これを受けとうとう2011年4月から、平日の朝に平均的なエロオヤジの宮川賢がリスナーの頭をほぐすために時事ネタで大喜利をリスナーが送るという番組をはじめたところ、急に評判がよくなり、同時間帯東京都、神奈川県内で聴取率2位をキープした。

極右路線の終焉[編集]

そんな極右路線の終焉は1993年にやってきた。

会長となっていた遠山景久の長年にわたる暴走に不満を抱いていた他経営陣と、ラジオ局を系列に持っていなかった讀賣新聞が結託し、革命が起こったのである。

まず、讀賣新聞が「ジャイアンツの放送権を東京放送さんにも与えるよ♪」と宣告。これで長らく独占していた読売ジャイアンツの実況中継がTBSラジオでも聞けるようになり、その結果ラジオ日本の聴取率が大幅に暴落したのである。 これにより、唯一と言ってよかった金づるが機能しなくなり、ラジオ日本はまたたく間に倒産寸前に陥ったのである。

こうして讀賣新聞に外堀を埋められた遠山は、ついに取締役による革命取締役会で会長職を一夜で奪われるに至った。 その後、遠山は会社に対する背任行為で告訴され、彼の全財産が差し押されられてしまった。 この過程で、彼が保有していたラジオ日本の株式が讀賣新聞の関連会社である日本テレビ放送網に引き渡され、讀賣新聞は悲願のラジオ局系列化を達成したのである。

その後[編集]

今日では宮川賢により極右路線は一掃されたとされるが、今もって少なからぬ反共番組の放送が行われ[6]、保守気取りの自称評論家の飯の種となっている。

脚注[編集]

  1. ^ 日本初の民間FM放送局は、同年12月に開局したFM東海。現在のFM東京の前身。
  2. ^ 例外的に、大阪放送は1980年代後半に早くもアニメ声優をメインにした番組を夜間のメインに立てるという、21世紀を読み切ったような当時としては斬新なビジネスモデルを立てていた。
  3. ^ 自分以外は全員馬鹿だと思い込んでいる無教養な自称評論家に時間いっぱい好きなだけ妄言を喋らせれば番組ができるので、制作の手間も人員もかからなかったのである。
  4. ^ 肝心のメインターゲットとしていた、今で言うネトウヨ層は、その無教養ぶりから番組の内容が理解できず、リスナーとして定着しなかったこともあるが、彼らにとって餌となるようなアニメラジオを一切やらなかったのが致命的な失敗であった。
  5. ^ 一般に放送番組の場合、その予算の大半がタレントの出演料となるが、どこの馬の骨ともつかない自己顕示欲ばかり旺盛な極右評論家気取りを二束三文で出演させることで、低予算の番組編成が可能になったのである。
  6. ^ 「ラジオ時事対談」、ミッキーとマットの安川親子の番組。また「オトナのJAZZ TIME」には報道部長や取締役論説委員を務め、現在は「月刊日本」を主幹として発行する南丘喜八郎率いるK&Kプレスがスポンサーについている

関連事項[編集]

Wikipedia
ユーモア欠落症患者のために、ウィキペディア専門家気取りたちが「アール・エフ・ラジオ日本」の項目を執筆しています。


この項目「アール・エフ・ラジオ日本」は、執筆者がクラックをキメていた可能性もありますが、今はまだクソの山です。より愉快にしてくださる協力者を求めています。さぁ、これを見ているあなたも、恥ずかしがらずに書き込んでみよう! (Portal:スタブ)