インターナショナル

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インターナショナル(:international)とは、国家と国家が接触する場のことである。社会主義共産主義者にとっては、実在する組織または歌であることでも知られている。

概要[編集]

インターナショナルは、ラテン語で間・相互・中を意味する接頭辞、「inter-」を国家を意味する「national」の前に付けることで成り立っている言葉である。

よって原理的には国家の中をも指しうるが、その和訳である「国際」という言葉が端的に示しているように、実際には国家の際、国家と国家が接触する場を指すことが多い。

だが、「国家と国家の接触する場」とは何だろうか?果たして辞書的な意味で、そんな場は存在するのだろうか?

インターナショナルの存在するとされる領域[編集]

地理的インターナショナル[編集]

万里の長城のように、幅のある壁を立てることで、一般人でもインターナショナルが実在するかのように感じ取ることができる。

国家と国家が接触する場は、地理的には原則として国境線しか存在しない。

ところが、数学的には、曲線直線の幅は0であるため、人間にとっては、国境線上にいることは、インターナショナルな場にいることではなく、二か国に同時に滞在していることとして映ってしまう。

そこで、インターナショナルがあたかも実在するかのように見せかけるトリックとして、国境紛争と国家間の壁が設けられた。

国境紛争の歴史はメソポタミアまでさかのぼり、国家を仕切る壁は万里の長城ハドリアヌスの長城までさかのぼる。

近年では、ドナルド・トランプメキシコとの間に建てようとした壁は、その系譜に属する極めてインターナショナル意識の高い活動の一例だったと言えよう。

また、中華人民共和国もインターナショナル意識が極めて高いことが知られており、尖閣諸島南沙諸島カシミールなど、多方面的な国境紛争を繰り広げることでインターナショナルな場を人工的に生み出している。

政治的インターナショナル[編集]

政治的なインターナショナルを代表する潮流は、国際連合などのいわゆる「国際機関」と、社会主義組織としての「インターナショナル」の二つに大別される[1]

「国際機関」では、国家間の政治的な駆け引きを見ることができるので、国家の相互作用という意味ではインターナショナルだと言える可能性がある。ただし、多くの場合、ロビイング団体や国家として認められていない自治組織なども参加していることや、「国際機関」自身が国家から半ば独立して好き勝手なことを言い始める[2]ことから、純粋なインターナショナル性は損なわれてしまっている。

社会主義的なインターナショナルは、単に国家をまたがる社会主義者の集団に過ぎず、したがって本当の意味でのインターナショナルではない。だが、社会主義者にとっては、そのインターナショナルこそが、真のインターナショナルなのである。

「国際」交流(人間関係のインターナショナル)[編集]

インターナショナル・スクールや国際結婚のような、人間関係における「インターナショナル」が持ち出されることがある。

だが、そこで接しているのは国家同士ではなく、あくまでも個人同士であり、それを「インターナショナル」と称することは、国民国家が存在するという幻想の上でしか許されない。

社会主義インターナショナル同様、そのインターナショナルは、実のところ虚構でしかないのである[3]

哲学的インターナショナル[編集]

哲学、特にポストモダン哲学においては、internationalを成立させるのに必要なnation自体が作られた装置に過ぎず、したがって、internationalもフィクションを越えては実在し得ない。あなたがhi-storyを物語るのでもない限り。

歌としてのインターナショナル[編集]

「インターナショナル」と題した曲は複数存在する。その一つは社会主義者にとって労働歌・革命歌として広く知られている。

ただし、そのことはインターナショナルの実在を証明はしない。讃美歌を讃えても、無神論者にとって神の存在証明にはならないのと同様である。

インターナショナルな何かの日[編集]

複数の国家の、ごく一部の意識高い系が盛り上がることで知られる。そこに国家と国家の接触はなく、やはりこれもインターナショナルではない。

その証拠に、英語版アンサイクロペディアでは3つもの日が紹介されているが、その全てに詳しい日本人はごくわずかだろう。

結論[編集]

Wikipedia
ユーモア欠落症患者のために、ウィキペディア専門家気取りたちが「インターナショナル」の項目を執筆しようとしても、曖昧さ回避にしかなりませんでした。

インターナショナルは、誰もが存在するものと信じ込まされているが、実在するかは極めて怪しい。もしかしたらそこにはがあるだけかもしれないのである。

脚注[編集]

  1. ^ 二国間の政治的接触は、バイラテラルなのであり、必ずしもインターナショナルではない。
  2. ^ マスク不要を主張したことで新型コロナウイルス感染症拡大に寄与した誰かさんはその好例である。
  3. ^ 何かあると、その虚構を以て外交的問題にしてしまうのが国家だって?至極真っ当な指摘だが、彼らは国民国家を掲げ続けるしかないんだから、大目に見てやるがよい。

関連項目[編集]

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本項は第39回執筆コンテストに出品されました。