エギル・スカラグリームソン

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エギル・スカラグリームソン(生没年不明、10世紀)とは、アイスランドヴァイキングである。

一族[編集]

エギルの祖父はノルウェー北部のソグン・フィルザフィルキ地方の豪族にして「夜狼王」の異名をもつクヴェルドウールヴ(文字通り「夜の狼」を意味する)であったが、当時敵対していたノルウェー王・美髪のハーラル(850年頃‐930年頃)に暗殺されると夜狼一族は崩壊、遺された二人の息子はアイスランドへと逃亡した。兄のソーロールヴは穏健派で、復讐の野心に燃える弟・グリーム(エギルの父親)をたしなめ、和平のために単身ノルウェーへと帰還して友愛を説いたがけんもほろろ、ハーラルによってその場で粛清されてしまった。その報せを耳にしたグリームは怒りのあまり髪の毛がメラメラと逆立ち、ついにはすっかり抜け落ちてしまった。それ以来、グリームは「ハゲ」の二つ名で呼ばれるようになった。エギル(禿げのグリームの息子、スカラ(=禿げ)グリーム(父親の名前)ソン(=息子))が生まれたのは、そんな夜狼一族がノルウェー王室への復讐に燃え、風雲急を告げるある日のことだった。

人物[編集]

アイスランドの伝承『禿げのグリームの息子のエギルのサガ』によると、広い額(髪の生え際はかなり頭頂部よりも後ろにあった)に太い眉毛、低くてずんぐりした鷲鼻に、長くてふさふさのヒゲ、頭より太くなった首、肩幅は広くて衣紋掛けのようだったと言われている。また、夜狼一族の証である銀色の体毛はしっかりと受け継がれており、まるで全身が白髪に覆われているかのようだったという話である。

また、詩吟をよくし、生涯にわたって敵対し続けたノルウェーや、懐具合が寂しくなると副業としてちょくちょく荒らし回ったイングランドなどをおちょくり倒すために作られた風刺作品はいくつか現代に残されている。一説によると少しばかりの魔法を使うことができたとされているが、実際のところ女を口説く程度のものでしかなかったことは想像にかたくない。ともあれデヴュー作『ソナトレーク(償い難い息子の死)』をはじめ、力強い言葉によって綴られた詩や歌は何人かの女や暇人たちを魅了してやまなかった。

武勇[編集]

エギルの武勇。

エギルは父親から受け継いだ大刀を振り回し、夜狼一族の残党を率いて誰よりも勇敢に戦った、とサガには歌われている。7歳の時に「名誉の問題」で初めての殺人を成し遂げ(名誉を守るための殺人はむしろ美徳とされた)、17歳で初陣を飾り、ハーラル王の弟の友人の小姓の兄嫁の弟の知り合いであるホーコンを討ち取る手柄を立てている。その後もアイスランドを拠点としてノルウェー王室に喧嘩を売り続け、945年にはついにノルウェーの首都ベルゲン(当時)を攻略してエイリーク王(血斧王、ハーラルの後継者)を追放、親ヴァイキング(要するに癒着)政策を推進するアトレイヤル・バールズをノルウェー王位に就けたはいいものの、父グリーム危篤の報せを聞いて一時帰国した隙に政権は奪還されてしまい、アトレイヤル王の存在はあっけなくなかったことにされてしまったのだった。それでも諦めずにノルウェーとの戦いを繰り広げたものの、どうしてもノルウェーが倒せなかったのであった。

家族[編集]

エギルはノルウェー戦で戦死した兄・ソーロールヴ(伯父の名前をもらってつけられた)の妻・アースゲルズを娶って3人の子宝に恵まれた。しかし長男のボズヴァルと次男のアリンビョルンは戦死(一説には北海サーモンの密漁がバレてノルウェー当局に逮捕・処刑されたとも)してしまい、残った末娘のソルゲルズは戦友のアリンビョルン(次男の名前は彼からもらった)に嫁いで3人の子をもうけ、その血脈は後世まで保たれるのであった。

参考文献[編集]

  • イヴ・コア著、谷口幸男監修『ヴァイキング-海の王とその神話』創伝社、1993年

関連項目[編集]