エロ爆弾

出典: へっぽこ実験ウィキ『八百科事典(アンサイクロペディア)』
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半保護

このエロ爆弾のぺーじは、いっぱい いたずらされちゃったので、
すうじのなまえのこいちねんせいのこは へんこうできないことに なってます。

ちゃんとなまえがついて おおきくなったら へんこうできるようになるよ。

どうして こうなっちゃったかは、のーとここをみれば わかるかもしれないよ。

エロ爆弾(えろばくだん)は、大日本帝国陸軍が開発、試作した誘導弾である。

概要

女の裸めがけて突進するミサイル。

1944年から、アメリカ軍は日本の大都市に対して空襲を始め、これにより日本は甚大な被害を招いた。

このような情勢下、第一陸軍航空技術研究所の大森丈夫航技少佐と第二陸軍航空技術研究所の小笠満治少佐は、「一方的に我が国土が蹂躙されるのを、ただ眺めるしかないのは、技術者の恥。」と考え、アメリカ本土に対して報復攻撃をかける事を主張した。

こうして立案されたのが「エロ爆弾」計画である。何と、アメリカの浴場の女湯に向かって突進していく誘導弾、今でいうミサイルを開発しようというのである。両少佐の主張としては、「このような恥ずかしい攻撃によって、アメリカの戦意をくじくことができる。」というものであったが、恥ずかしいのはむしろ、そのような攻撃を行う日本の側ではなかろうか、とツッコミが入る事になった。しかしながら「たとえ恥ずかしい攻撃でも、アメリカに一矢報いる事ができるのなら」と、計画はスタートした。

試作一号機は1944年10月に完成し、滑空、動力飛行試験のための機体が30機製造された。このような情勢下において、実験、即、実戦投入となった。1945年2月、伊東上空から発射された一号機は、そのままアメリカ本土まで飛行し、女湯に命中するはずであった。ところか何と、一号機はコースを変えて、熱海の温泉「玉の井旅館」の女湯めがけて、突進していったのである。エロ爆弾の内臓コンピューターには、女湯めがけて突進していくように、女性の裸がインプットされていたのであるが、白人の裸写真が入手できなかったため、日本人の裸をインプットしたところ、日本の浴場の女湯に突進していったという次第であった。

この重大な問題に対して、解決の見込みは立たなかった。そして、そもそもアメリカにおいて、公衆浴場は存在するのか? 女湯は存在するのか? という、この兵器を開発するにあたって根元的な問題に直面する事となった。1945年6月の時点で、川崎の工場では150機を製造していたが、空襲の激化によって工場が破壊され、開発が打ち切られた。


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