クライマックスシリーズの呪い

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クライマックスシリーズの呪い( - のろ - )とは、2004年から2010年にかけて福岡ソフトバンクホークスにかけられた呪いのことである。

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概要[編集]

ソフトバンクの前身である福岡ダイエーホークスは低迷が続いていたが、1999年2000年パ・リーグ連覇以来、一躍パ・リーグ随一の人気球団に登りつめた。2003年にも阪神タイガースとの死闘を制して日本一となり、ホークスはまさに絶頂期を迎えていたのである。しかし、その翌年の2004年から、悪夢は始まった。

きっかけは2004年に始まったパ・リーグのプレーオフ制度であった。ホークスはこの年から3年連続でプレーオフに出場した。2007年にこの制度がクライマックスシリーズと名を変えた後も、毎年のように出場したが…。

各年[編集]

あらかじめことわっておくが、ここで述べることは全て事実である。まさに「事実は小説よりも奇なり」である。

2004年[編集]

はじめに、この年からスタートしたプレーオフ制度の仕組みについて説明しよう。まず、レギュラーシーズン2位と3位のチームが対戦し(第1ステージ)、その勝者がレギュラーシーズン1位のチームと対戦する(第2ステージ)。現在のクライマックスシリーズとは異なり、第2ステージで先に3勝したチームがパ・リーグ優勝となる。レギュラーシーズン1位チームと第2ステージ進出チームとのゲーム差が5以上ある場合には、1位チームに1勝のアドバンテージが付くというルールだった。しかし、この年のホークスと西武のゲーム差は4.5。わずか0.5ゲーム差でアドバンテージなし、という不運に見舞われる。ちなみにこの年は球界再編絡みのボイコットで試合が少なくなったため、もしもそれがなければ5ゲーム差以上になっていたかもしれない。プレーオフの前からホークスファンの間で「今までの133試合は一体何だったんだよ」という声が聞かれたが、そうは言っても初めてのプレーオフだったため、多くのファンはむしろ楽観的な見方をしていた。

しかし、ホークスファンに待っていたのは、まさに悪夢のような光景であった。まず、この年三冠王とMVPを獲得した松中信彦が、プレーオフではわずか2安打と大ブレーキ。第1ステージに勝利した西武に対して、待たされて実戦感覚の鈍っていたホークスという、チームの勢いの違いも明らかだった。それでもどうにか2勝2敗で迎えた第5戦目、ホークスは7回まで1-3とリードを許していたが、8回、9回に1点ずつを加え土壇場で同点に追いついた。しかし、延長10回に西武に1点を入れられ、そのまま敗退した。

レギュラーシーズンでは1位通過だったのに優勝を逃すという前代未聞の事態に、ホークスの選手・ファン一同は大いに悲しんだ。しかし、これはまだ本当の地獄の始まりに過ぎなかったのである

2005年[編集]

ロッテに敗退した瞬間の全ホークスファンの心境。

球団名がソフトバンクに変わってから初めてのこの年、第2ステージの対戦相手はロッテであった。この年もレギュラーシーズン1位チームと第2ステージ進出チームとのゲーム差が5以上ある場合には、1位チームに1勝のアドバンテージが付く。しかし、この年のホークスとロッテのゲーム差は4.5。わずか0.5ゲーム差でアドバンテージなし、という不運に2年連続で見舞われるというある意味奇跡。しかも、136試合で王監督の背番号と同じ89勝と驚異的な勝率だったにも拘らず、である。

始まる前からあった嫌な予感は的中し、第1戦、第2戦とロッテが連勝し優勝に王手をかけた。第3戦も8回まで4-0とリードを許してしまう。もう駄目かとあきらめかけたその時!、9回裏の怒涛の攻撃によって同点に追いつき、10回にサヨナラ勝ちをおさめたのである。続く第4戦も勝利し迎えた最終戦、7回まで3-2とリード。しかし、優勝を目前にした8回表、初芝清の放った平凡なゴロを処理しようとした川﨑宗則とバティスタが交錯。このプレーをきっかけにしてロッテが逆転、そのまま優勝となった。

この時のホークスファンの心境がどのようなものだったのかは、最早言うまでもないであろう。第3戦目であっさり負けていればまだ諦めが付いたものを、最終戦まで引っ張って、最後の最後で優勝を逃す。しかも2年連続。これを呪いと言わずに何と言おうか。

2006年[編集]

日ハム優勝の瞬間、茫然自失となる松中選手。

二度も優勝を逃したホークス球団は、さすがにこれではまずいと思ったのか、レギュラーシーズン1位通過チームには無条件で1勝のアドバンテージが付くようにルールを改正するよう提案し、これが承認された。しかし、肝心のホークスのこの年の成績は3位。自分で提案したルールによって、自分の首を絞めるという最悪の結果となった。

しかし、この年は王監督がシーズン途中で胃の手術のために戦線離脱しており、チームのメンバーはなんとしてでも王監督に優勝を捧げたいという熱い思いがあった。第1ステージは、過去2年プレーオフで絶不調だった松中が珍しく好調だったこともあり、西武を破ることに成功した。しかし、続く日本ハムとの第2ステージでは、第1戦に敗退した後、第2戦ではサヨナラ負けを喫し、またしても優勝を逃した。

これによりホークスのプレーオフ敗退は、他球団のファンにとっては秋の風物詩もしくは同情の対象として、ホークスファンにとってはシャレにならない死活問題として認知されるようになったのである。

2007年[編集]

この年からプレーオフ制度はクライマックスシリーズと改められ、日本シリーズの出場権をかけた戦いへと変わった。しかし、ホークスにかけられた呪いはこの年も健在で、第1ステージであっさりロッテに敗北した。持ち前の運の無さに加え、夏場以降にチーム状況が悪化するプレッシャーに弱い選手が多すぎるなどの問題点も露呈した。

2008年[編集]

この年のホークスはクライマックスシリーズに出場していない。ゆえに恒例の呪いは発動しなかったが、ホークスファンにとって最悪の年であったことは間違いないだろう。この年のセ・パ交流戦では優勝したものの、後半になって失速。重度の9月病を発病し、さらに王監督の引退発表がとどめを刺した。結果、1996年以来12年ぶりとなるレギュラーシーズン最下位に終わった。「今年こそはクライマックスシリーズで勝利を」と思っていたファンに、そのクライマックスシリーズにすら行けないという超展開が襲ったのである。

2009年[編集]

この年から監督が秋山幸二氏に変わり、心機一転をはかったホークスだが、9月病の再発により3位に終わった。「こんなチーム状況では勝つのは難しいのでは」とファンですら薄々思っている中で、楽天とのクライマックスシリーズに臨み、案の定、あっさり2連敗で敗退した。

2010年[編集]

CSで王手をかけ、今年こそは勝利間違いなしと油断していたら、アッという間に追いつかれて…

この年、2003年以来7年ぶりにパ・リーグ優勝を果たしたホークス。1勝のアドバンテージ付き、しかも全試合ホームという、過去最高の好条件下でのクライマックスシリーズ出場となった。「さすがに、今年こそは呪いを解いてくれるだろう」と、ファンの期待は近年まれにみる高まりを見せていたのだが…。

3試合を終わって3勝1敗(アドバンテージ含む)で王手をかけたホークス。この地点でホークスファンは十中八九ホークスの日本シリーズ出場を確信した事だろう。しかし、過去5回の失敗がプレッシャーになったのか、打撃陣が軒並み絶不調に陥ってしまう。今年一年酷使してきた自慢のリリーフ陣も、最後の最後で崩壊。終わってみれば、その後3連敗という悪夢。またしても、日本シリーズに進む事は出来なかった。

初戦と最終戦に、シーズン終盤に調子を崩していた杉内俊哉を先発させた判断も裏目に出た。これが和田毅だったとしたら、もしかしたら…。全くもって運の無い球団である。ここまでして勝てないホークスもホークスであるが

2011年 呪いの解除[編集]

2011年、呪いの解除を目指したホークスは、投手陣の補強はなかったものの、横浜から大分のアゴジラ、西武から青森のキヨシ、オリックスから黒くない方のカブレラを召喚した。例年のごとく故障者や怪我人は発生したものの、層の厚さに物を言わせ、セ・リーグを含めた全球団に勝ち越し、また、終わってみれば2位に17.5ゲーム差という圧倒的な強さでリーグ優勝を決めた。

西武ライオンズとのクライマックスシリーズは、前年に引き続き、1勝のアドバンテージ付き、しかも全試合ホームという最高の条件下で臨んだ。

第一戦は来年MLBに行きたい左腕来年ソフトバンクに行くかもしれない左腕が投げ合い、和田の好投もあり4対2でソフトバンクの勝利。

続く第二戦はかつてのセットアッパー一昨年の日本シリーズですごかった中継ぎが投げ合い、かつて「プレーオフ通算打率2割未満の毎度お馴染み逆シリーズ男」の称号を恣にした5億の置物が、西武の抑えにして新人王候補に対して代打初球打ちグランドスラムという暴挙快挙を成しとげ、7対2でソフトバンクの勝利。

翌第三戦は去年のエース西武のエースが投げ合い、9回まで互いに無得点の激しい投手戦となる。延長10回にこれで何球団目?のタイムリーで西武が先制し、杉内が先にマウンドから降りるも、その裏、センターばかり守ってる左翼手のタイムリーで同点に。引き分けでもソフトバンク優勝というデマに踊らされた地蔵がフライングして踊りだすとの珍事もあったが、12回裏に再び長谷川のタイムリーで試合を決めた。

なお、この年にソフトバンクが呪いを克服した理由には以下の諸説があるが、真相は謎のままである。

  • 世界各地で抗議デモや暴動が起きる情勢において、博多っ子がキレて暴れだすのが時間の問題だったため。
  • 大相撲の八百長問題が取り沙汰される中、シーズン中勝ちまくったのにCS敗退だと流石に八百長を疑われるため。
  • チームスローガン「ダ」が、強かった頃の「ダイエーのダ」を思い起こしたため。
  • 孫正義社長がツイッターで「優勝、やりましょう」と言ってしまったため(逆の呪い)。
  • 守備練習でもバットで打つという特殊な練習の効果。
  • 大アゴ様のご利益。
  • 川崎宗則マリナーズに自らを売り込むために、今年から本気を出した。
  • 杉内俊哉が、巨人に自らを売り込むために、珍しく本気を出した。

関連項目[編集]