クリスマス・イブ

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クリスマス・イブとは行き過ぎたイマジナリー彼氏・彼女との妄想デートの果てを歌った時代を大きく先取りしたクリスマスソングである。

概要[編集]

1983年12月14日に発売された山下達郎の12作目のシングルである。クリスマスイブに相手が来ないことを歌った歌であり、よりにもよってクリスマスの日にドタキャンの食らった失恋ソングであるにも関わらず日本で有数のクリスマスソングになっている。

が、普通に考えればクリスマスに連絡もなくドタキャン食らうなんてありえないことであり、ともすれば別の意味又は別のシチュエーションを指していることが考えられる。

考察[編集]

先にも挙げたが、クリスマスに連絡なくドタキャンを食らうことはまずない。まず、予定があるなら最初から約束をしない。また、クリスマスである以上性の6時間を過ごすのは前提であり唐突に避けられない予定ができた場合は連絡をするくらいの親密さがないはずがない。しかし歌詞を要約すると、連絡なくドタキャン食らっている。ならどうゆう事なのか。

候補として、連絡できないほどののっぴきならない事態が発生した場合が考えられる。例えば、誘拐された、重病、交通事故など。しかし、これらの場合はこちらを歌うほうがストーリー性が高くわざわざボッチを歌う必要はない。

ここで、歌詞を見てみると、街の情景、一人きりのクリスマスイブ、のほか「思いを伝えられない」という部分がある。クリスマスに告白するのはおかしな話ではないが、どちらにしても来ないこととは繋がらない。

以上のことから、この歌の中には実際にクリスマスで会うべき人はいないことが考えられる。となれば、何を待っているのか。これは相手が実在しない場合、特におかしくもなくなる。

非実在彼氏・彼女[編集]

昨今では知られるようになった存在である、想像上の彼氏彼女の存在がある。文字通りの中にしか存在しない人物であり、自分の思い通りの行動を行う。もちろんクリスマスデートも妄想上で可能ではあるが、しかしここであえて来ないことを押し出すことで、会えないことの情景、寂しさ、複雑な感情を様々に作り出すことができ、悦に浸ることができる。

実際にこの曲の歌詞は繰り返しが多く、クリスマスの情景を除くとほとんど中身がない。これは、聞き手の想像力を高めるためのものではなく、単にイマジナリー彼女・彼氏の調査があまり進んでおらず、ざっと表面をなぞっただけであるためであり、当時の社会情勢がうかがえる部分である。

関連項目[編集]