コメットさんの呪い

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コメットさんの呪い(コメットさんののろい)とは、1967年1978年に特撮番組として制作され、2001年にアニメ化された、星から来たお手伝いさんの活躍を描いた物語『コメットさん』に関わった俳優やスタッフ、更にその親族の運命にまつわる都市伝説である。この都市伝説が述べるところによれば、歴代の『コメットさん』で主演のコメットさん役を演じた俳優は、通常ではありえない程の確率で大きな不幸に見舞われている。

概要[編集]

玩具の売り上げ不振により打ち切られた『Cosmic Baton Girl コメットさん☆』。

コメットさんの呪いの具体例としては、1967年の特撮シリーズと1978年の特撮シリーズでコメットさん役を演じた二人の当時のトップアイドルに関わる出来事が広く知られている。初代コメットさんこと九重佑三子は、1967年の特撮シリーズ終了後、1970年に当時の九重のマネージャーに捏造された、男性遍歴の曝露や整形疑惑のスキャンダルにより、トップアイドルの座から転落した。また、二代目コメットさんこと大場久美子は、1978年の特撮シリーズ終了後に本格的に女優へ転向したが、サイドビジネスとして始めたレストランのマネージャーの失踪により、約1億2000万円の借金を抱え、1994年に自己破産に至った。

とりあえず、亜季にゃんはマネージャーから目を離してはならない。

具体例[編集]

1967年の特撮シリーズ
  • このシリーズで主演を務めた初代コメットさん役の九重佑三子は放映終了後、スキャンダル記事が原因で失脚した(上記参照)。
  • このシリーズで居候先の長男役を務めた蔵忠芳は放映終了後、30歳で芸能界を引退。その後飲食店を経営していたが、肝臓癌のため45歳の若さで亡くなった。
  • このシリーズで居候先の二代目主人役を務めた伊丹十三は放映終了後、映画監督に転身して成功を収めたが、構想作のトラブルからマンションから投身して亡くなった。
  • このシリーズでオープニング映像のアニメパートの原画とコミック版の執筆を務めた漫画家の横山光輝は放映終了後、2001年のアニメシリーズ『Cosmic Baton Girl コメットさん☆』が放映された時期に足を骨折して寝たきりとなり、2004年に寝タバコの不始末により焼死した。
  • このシリーズで主演を務めた初代コメットさん役の九重佑三子と歌手の田辺靖雄の息子である音楽プロデューサーで自称肉マイスターの田辺晋太郎は、父方の従兄弟となるミュージシャンの小山田圭吾が2020年東京オリンピックの開会式での音楽の作曲担当を辞任した際に小山田を擁護するツイートをして炎上してしまい、自身が監修する商品を販売していたヤマサ醤油が謝罪する事態となった。
  • 1987年頃、フジテレビのバラエティ特番内でこのシリーズの再現コント(OP特撮も再現)が放送され、ここで(非公式の三代目)コメットさん役を演じた国生さゆり長渕剛との不倫騒動や2度の離婚をした。
1978年の特撮シリーズ
  • このシリーズで主演を務めた二代目コメットさん役の大場久美子は放映終了後、実家が隣家からのもらい火で全焼し、その頃に始めたサイドビジネスに失敗し、1億2000万円の借金を抱えて自己破産した(上記参照)。また、ダンサー兼振付師の高橋てつやと結婚したものの、母親の死が因で発症したパニック症により、6年弱で離婚した。
  • このシリーズで居候先の長男役を務めた西川和孝は放映終了後、高校卒業を機に芸能界を引退して渡米。帰国後は水泳指導員としてサラリーマン生活を送り、とある市の市議会議員選挙に立候補して上位当選したが、一期で市議を退任した。その後強盗殺人を犯し、香港やタイに逃亡した末に強制送還されて、逮捕。無期懲役の判決が下された。
  • このシリーズの第1話のロケ地となった宝石店「ココ山岡」は放映終了後、購入したダイヤモンドを5年後に購入時と同額で買い戻すという特約商法で売上を伸ばしたが、バブル後の不況で買い戻しが上回るようになって債務超過に陥り、1997年に負債総額約526億円で破産した。
2001年のアニメシリーズ
  • このシリーズでライバル役を務めた本多知恵子は放映終了後、癌の告知を受けたが、既に手遅れだったため余命宣告も受けた。しかし、本人の意向で「最後まで仕事を続けたい」と体調を崩すまで仕事を続け、多発性癌のため49歳の若さで亡くなった。
  • このシリーズは、玩具の売り上げ不振により当初の放映予定を大幅に短縮して10ヶ月で打ち切られた。おまけに、次番組がヲタク向けアニメという事態になった。
Nemurineko.jpg この節を書こうとした人は途中で寝てしまいました。
後は適当に頑張って下さい。(Portal:スタブ)

難を逃れた具体例[編集]

特撮シリーズの主演を巡り、この呪いから危うく逃れた者もいる。

  • 1978年の特撮シリーズの主演はオーディションで大場久美子が選ばれたが、最終候補の中にはデビュー前の岩崎良美がいた。落選後、岩崎は「江戸の鷹」で芸能界デビューした。
  • 撮影に入ろうとした時、スポンサーのブラザー工業が主演を大場久美子が務める事に難色を示して、「榊原郁恵に替えて欲しい」とクレームを入れたが、監督の湯浅憲明はこのクレームを受け付けなかった。榊原はその後、「ナッキーはつむじ風」でドラマ初主演となった。
  • 特撮シリーズを2度制作した国際放映は、1991年頃に新たな特撮シリーズの制作を企画していた。この時、コメットさん役に西田ひかる山瀬まみを起用しようとして進めていたが、諸般の都合で企画は頓挫して制作されなかった。しかし、国際放映の執念は凄まじく、10年後にアニメシリーズの制作(原案者として参加)へと繋がった。

関連項目[編集]

Haruhi.jpg この項目『コメットさんの呪い』はまだ書きかけの項目よ! ただの執筆者には興味ありません。この中で、宇宙人未来人超能力者異世界人の執筆者がいたら、この記事の加筆に協力しなさい、以上! (Portal:スタブ)