コリン・パウエル

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コリン・パウエル(Colin Luther Powell, 1937年4月5日 - )は、アメリカ合衆国の数少ないまともな政治家こりん星出身。

人物[編集]

パウエルは非常に優秀な人物であるが、常に名脇役にとどまり主役となったことがない。なぜなら、人種差別の根強いアメリカに生まれてしまったから。

若くして軍人として活躍。めちゃめちゃ優秀だったらしいが、出世はできず。なぜなら黒人だから。

その後政界に進出。類まれな国際感覚と現状分析能力を発揮し、大統領の器と言われたが、結局大統領選には出馬せず。なぜなら黒人だから。

ビル・クリントン政権では副大統領就任の打診もあったが辞退。なぜなら黒人だから。

かわりに統合参謀本部議長を務め、湾岸戦争を指揮し、勝利を収める。国民からは人気が出たが、その後はなりを潜める。なぜなら黒人が目立つとろくなことがないから。

ジョージ・ウォーカー・ブッシュ政権では国務長官となったが、やはり副大統領を辞退。なぜなら黒人だから。

しかし1期で引退。なぜなら黒人だから。

後任を同じ黒人のコンドリーザ・ライスに譲った。なぜなら白人はパウエルの後を継ぐのを嫌がったから。

政策[編集]

穏健派と知られた。湾岸戦争では指揮を執ったが、基本的には戦争回避を信条とする。そのため、アメリカの政府内ではかなりの異端児。ブッシュ政権で国務長官を退いているが、これも戦争回避の姿勢が、ボスチンパンジーと合わなかったため。

すぐれた国際感覚と外交手腕を持っていたが、国連主導による国際協調を主張したため、アメリカではかなりの異端児扱いされた。チンパン皇帝とも気が合わなかった。

エピソード[編集]

これは実際にイギリスで語られるジョークである

ある日、ブッシュがイギリスを訪れた。そこでエリザベス2世女王トニー・ブレア首相と会談した。エリザベス2世はブッシュに、「優秀な指導者とそうでない者の見分け方をお教えしましょう」と言って、ブレアに問題をだした。「ブレア、あなたの父親と母親の子供で、あなたの兄弟ではない人はだれ?」と。ブレアはすぐに「それは私のことです」と答えた。

ブッシュはなるほどと思い、早速帰国してドナルド・ラムズフェルド国防長官に同じ質問をしてみた。ラムズフェルドはしばらく考えていたがまったく見当もつかなかったため、「少しお時間をいただきたい」と言ってホワイトハウスを後にした。そしてすぐに参謀会議を召集して数時間にわたり検討したが、その質問の答えが分からなかった。

そこでラムズフェルドはパウエルに電話した。パウエルはその質問にすぐに「それは私のことです」と答えた。喜んだラムズフェルドはブッシュのもとに戻り、報告した。

ラムズフェルド:「大統領、答えが分かりました。答えはコリン・パウエルです。」

ブッシュ:「違う、答えはトニー・ブレアだ。」

このエピソードからも分かるとおり、アメリカではブッシュ・ラムズフェルド・参謀会議の連中が揃いも揃って馬鹿ばかりである。頭のいいパウエルが政権内で疎まれるのは当然といえよう。

関連項目[編集]