コレ・ガビップ・ノソ・コチカラ

出典: へっぽこ実験ウィキ『八百科事典(アンサイクロペディア)』
移動先: 案内検索

コレ・ガビップ・ノソ・コチカラ(Chole Gaviph nosso kochkhr ; 1566年-1631年)はアイスランド生まれの男性で、真っ赤屋さんと呼ばれていた。また極度のロリコンでもあった。プロサッカーチーム「ヴィップカラキマスター」に所属。

人物像[編集]

幼少時代はヴィッペルトに住む叔父カーネルと共に過ごしていた。

象が踏んでも壊れない筆箱を木端微塵にしたと自慢するほど健康体だった彼は、 10年間毎日献血したとして山田次郎から表彰された。

  • 性格は冷静で優しいおっちゃんであるが、若い頃は社交性があまりなかったらしい。
  • 芋とカブトムシをこよなく愛す。特にカブトムシのことなら16時間は語り続ける。
  • 蕎麦アレルギーを持っている。
  • どことなく落合福嗣に似ている。

魚肉店を営んでいる当時は、生き物の生命を殺すことのコンプレックスを感じていたが、いつしか快感に。 近所の貧しい子供たちにはいつも魚肉ソーセージを与えていたが、山田次郎が来たときは値段を吊上げていたため、水銀党支持の親とは不仲になってしまった。 水銀党と不仲なのは叔父のカーネルが蒼星会信者だからとかそんなことないとか

年表[編集]

  • 1566年 - アイスランドのアークレイリに生まれる。
  • 1575年 - アルゼンチンに亡命
  • 1581年 - カーネル叔父さんを見て献血に目覚める。
  • 1584年 - 魚肉店開業。パンの道に命をかける
  • 1586年 - 警官にアルゼンチンバックブリーカーをかけて逮捕される
  • 1591年 - 悩んだ末魚肉店を取り壊す
  • 1595年 - 木下に強盗される
  • 1597年 - 悪人を大量に殺害
  • 1611年 - スネ毛カッターの特許を得る
  • 1629年 - 白内障になる
  • 1631年 - 65歳で歿。

真っ赤屋さん[編集]

真っ赤屋さんとは世の中を真赤に染め上げる史上最強の戦士達が集まる組織。本業名は「悪を殺す」、トレードマークはちょび髭のベレー帽。

代表的人物としては、ヴィッペルト市長の山田次郎やコチカラがいるが、山田次郎はコチカラが活躍していた頃は多忙を極め体調を崩したため休業中であった。

表向きは自由説を唱えているが、その裏で治安の為に国民の寄付により悪人を殺し、その者達の血を集めてDNAデータベースを作っている。

子供達には世の中の悪い人を拳一つで撃破していくヒーローとして見られ、その身体能力の高さから機械天使(アクエリオン)だ、とも言われている。

コチカラの場合、サンタを狩る一方、 子供達の笑顔と服役中の友人である木下のため、悪人を殺し、その血を貧しい子供達にトマトジュースとして配給する。
真っ赤だしヴィッペルト市民にはローゼンメイデン信者が多いので真党紅に関係有るとか無いとか。

木下ドナルド[編集]

木下ドナルド

1581年6月3日に生まれた彼女は日本人アメリカ人のハーフだったこともあり 普段からマジシャンのようだと言われていた。格好もマジシャン。

木下は急性骨髄性白血病に罹り絶望のあまり強盗の罪を犯してしまい、 知り合いに骨髄移植の適合者がいないので刑務所の中でドナー待ちの状態だったが、 病で免疫力の低下していた彼女は1612年に伝染病により死亡。

コレジャナイロボ[編集]

コレジャナイロボ

5秒に1回、「不景気……不景気……」と嘆きながら臭い息を吐く。

コチカラは、「コレジャナイロボ」を貰った所為でサンタ狩りに加わったという。

カーネル叔父さん[編集]

ヴィッペルトに生まれる。6歳の時に父親が亡くなり、幼い弟、妹の世話をさせられる。

15歳から社会に出て働き始め、路面電車の車掌を皮切りに、軍隊、消防士、保険外交員、船の仕事、タイヤ売り、ガソリンスタンドなどを経験。 40歳の時にヴィッペルト市のジップデクーレで、ガソリンスタンドの一角を借りて食堂コーナーを始める。 この頃にコレ・ガビップ・ノソ・コチカラを引き取る。

参考文献[編集]

  • カソ・スレ『ヴィッペルトのコチカラ』

関連項目[編集]

Wikipedia
ウィキペディア専門家気取りたちも「コレ・ガビップ・ノソ・コチカラ」については執筆を躊躇しています。そのような快挙を手際よくやりおおせたことは、我らの誇りです。