シュトレン

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「くさりかけがいちばんおいしいのよ」
シュトレン について、大楠道代

シュトレン(独: Stollen)は、フルーツが入ったコチコチの菓子パン。ドイツオランダで伝統的に食される。人々は11月下旬になるとこぞってこれを買い求め、クリスマスまでの4週間ほどのあいだ少しずつ切っては食べ、切っては食べ、パンの熟成が進みほとんど腐ったようになっていくのを目と舌で確かめては「ヒヒヒヒ……」と陰気な笑い声を立て、日に日に高くなる物価を呪い、みみっちい因習からあえて逃れようとしない自分たちの愚かさを嘲笑いながら、家族みんなで倒錯的な快楽にふけるのである。

歴史[編集]

シュトレンの歴史は、14世紀のドイツのクソ田舎において始まったとされている。毎年冬になると、庶民のつましい家々の前にでっぷり肥った僧侶が立ち、ソーセージのような指で戸を叩く。その音を耳にするや、をほふったりウンコを投げたりしていた民衆は震え上がる。問答無用で「年貢よこせ」の大合唱が始まる。そこで何も差し出さなければ、その家に来年はない。黒っぽい服を着たスキンヘッドヤクザたちはそのようにして彼らの暮らしを脅かす。

ここに一人、外から聞こえてくる大音声のありがたいお経を聞きながら、妻子とともに頭を抱えている貧しいパン屋がいた。売れるものはみなもう売ってしまった。商売道具は必要最低限のものしかない。家具らしい家具はひとつも残っていない。最近はパンの材料にも事欠くしまつだ。家じゅう探し回って、戸棚の奥に固くなったフルーツケーキを見つけた。半年前に入れてすっかり忘れていたやつだ。表面にうっすら生えたカビを隠すためになけなしの砂糖でせいいっぱいコーテイングし、恐る恐る差し出した。

「何これ」
「これはその、私が考案したお菓子で、幼子イエス様が白いおくるみに包まれているところをイメージしたものでして」
「ふーん」

と言ってとりあえず不問に付して帰ってきたものの、なんか固いしちょっと変な臭いもするしで、僧侶たちは仲間うちでさんざんたらい回しにしたあと、自分たちでは食べないことにした。

「捨てようぜ。どうせ盗んできた(gestohlen)ものだし」

と言いかけたところで司教様が登場、僧侶たちは慌てて、

「トンネル(Stollen)ですよ、似てるでしょう形が、ハハハ」

とごまかしたら、司教が興味を示したのでひっこみがつかなくなってそのまま献上した。

適当につけた名前は後世まで残ってしまった。司教がいたく気に入ってしまったのである。今まで選りすぐりの新鮮なものしか食べてこなかった司教様にとって、熟成されたパンの旨さはこたえられないものだった。幼いイエスの肉体をかたどったものだという話も気に入った。一口ごとに若き日の甘美な思い出が脳裏をよぎった。司教はシュトレンをできるかぎり薄くスライスしてちびちびと長い時間をかけて味わった。みみっちいふるまいを人に見られまいと最大限の努力を尽くし、そうやって楽しむことで背徳感が増し、ますます旨く感じられた。だが秘密にしようとすればするほど周りからは悟られやすくなるもので、口伝えに少しずつ広まり、最終的にローマ教皇のお耳に入った。教皇様はゲテモノ食いではなかったので「これもっとバター入れたほうがおいしいよね」と至極まっとうなことをおっしゃり、かくして15世紀初めにはシュトレンはおいしくなって新登場、庶民に広く愛されるお菓子になった。

シュトレンの食べ方[編集]

シュトレンの食べ方には作法があり、それをきっちり守ることでけちくささも増してますますおいしくなる。

  1. 端からではなく、真ん中からナイフを入れる。包装の真ん中あたりにはキリスト教関連の印か、王侯貴族の紋章か、安価なものでもメーカーのロゴくらいは入っていて、それを真っ先に破壊するのは楽しいが、理由はそれだけではない。
  2. なるべく薄く切る。もちろん長く楽しむためである。持ち上げようとするとホロホロ崩れるくらいが望ましい。フォークなど使っていると粉々になるので手で食べる。指に砂糖がついたら指をなめる。皿にこぼれたら皿をなめる。シュトレンと一緒にプライドも崩壊するのを楽しむ。ひりひりするような快楽がそこにはある。
  3. ちょっと食べたら切り口同士をくっつけ、ラップできっちり包んで保存する。こうすることで熟成が進み、置いておけば置くほど風味が変わって、またちょっと食べて、食べたらこうやってつけて、ヒッヒッヒッヒッヒ…………

シュトレンか、シュトーレンか[編集]

近年、日本でもシュトレンが流行っている。本場のものよりだいぶ小さいのをバカみたいに高い値段で売っているが、それはいい。いつものことだ。どんな形であれ、おいしいものが国を超えて広まるのは喜ばしいことだ。ただちょっと困ったことがある。なぜか「シュトーレン」と根拠のない長音が入って、その名前で広まってしまっている。

名前の発音が輸入される過程で奇妙に歪むのだっていつものことだとおっしゃる方もおられるだろう。ただ、これだけのことで切実に困っている人たちが高知県にいるのである。その名も酒盗連盟、略して「酒盗連」。酒盗とは江戸時代末期、貧しい土佐の庶民が、旗本のぼっちゃんが食いのこしたのわたを集めて、漬け汁に沈めて熟成させたものである。これを「ああうめえなあ、これでがありゃあな、酒盗んで来たいくらいうめえな」とオーバーに自画自賛しながら食っているうちに本当に旨いような気がして来て、それで現在までそのみみっちい性根、じゃないエコな精神と共に残っているのである。酒盗連がシュトーレンの勢いに負けて廃れてしまうのを危惧し、この団体は毎年「遺憾である」との声明を出しているものの、これまで見事に無視されている。

現状はこのようであるが、虐げられつつも力強く生きようとする民衆の思いが生んだ、これら二つのすばらしい食品が共存し、やがて手を結ぶこともあるかもしれない。酒盗入りシュトレン。けっしてあり得ない未来ではない。なぜなら、しみったれた我々はみんな、腐りかけが大好きだから。