ソビエト連邦国防人民委員1942年7月28日付命令第227号

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ソビエト連邦国防人民委員1942年7月28日付命令第227号(-れんぽうこくぼうじんみんいいん1942年7がつ28にちづけめいれいだい227ごう、Приказ НКО СССР от 28 июля 1942 г № 227)は、スターリンソビエト赤軍全軍に対し発した、第二次世界大戦の中でも特に有名かつアレな命令書である。

嘘と出鱈目に満ちたアンサイクロペディアであるが、この命令はあまりにも強烈で、本来の意味での黒歴史である。よって、ネタにせずストレートに紹介する。その方が面白いからである。funnyじゃなくてinterestの方ですよもちろん、ええ。

概要[編集]

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ユーモア欠落症患者のために、ウィキペディア専門家気取りたちが「ソ連国防人民委員令第227号」の項目を執筆しています。

三行でのまとめ:

  • 敵前逃亡した奴にはもれなく、それを容認した指揮官と政治将校はもれなく粛清
  • 逃げようとする奴を殺すことだけが任務の専任部隊(督戦隊)を編成。
  • 懲罰中隊懲罰連隊を編成して危ない地域に投入し、逃げないよう背後にもれなく督戦隊を付けた。

経緯[編集]

1941年6月、ナチス・ドイツはバルバロッサ作戦を発動し、ソビエト侵攻を開始した。電撃戦により首都モスクワまで数kmというところまで迫ったが、冬将軍に行く手を阻まれた。積雪もさることながら、それが解けたあとの泥沼もドイツ軍兵士や装備(特に車輌)を苦しめた。

しかしヒトラーは攻勢を緩めず、撤退を一切認めなかった。またドイツ軍第6軍の指揮官マンシュタインが必要以上に優秀であったため、一部では突出しすぎて逆に包囲されるほど功奏していた。対してソビエト軍は政治将校の存在もあってややこしく、また特にハリコフの戦い以降のイメージが強いためか誤解されがちであるが、少なくとも1941年から1942年夏にかけての状況としては芳しくなく、武装も一部はイギリス軍から密かに供給されたもので間に合わせ、さらに兵卒レベルでは厭戦ムードもあり脱走や投降も相次ぐなど、とてもではないが徹底抗戦とは呼べない状況であった。

視点を替え、双方の国民が当時どう見ていたか。ナチス・ドイツは第一次世界大戦の敗戦に伴う補償、ハイパーインフレなどの経済危機に直面して絶望のどん底にあった。そこでヒトラーは、非常に歪んではいるものの国民に希望を与え、プロパガンダ専任の大臣(ゲッベルス宣伝相)を置いた。少なくとも開戦当初は戦勝ムードも手伝った。こうして、国威を高揚させ、国民を戦争に集中させることには一定の成功を収めていた。翻って、ロシア以外のソビエト連邦構成国においては、士気特に戦意を上げることは難しかった。ソビエト連邦への帰属意識がそれほど強くないか、あるいは希薄なウクライナカザフスタンウズベキスタンなどでは、「兵士だけ徴収されていく」という不満があった。

特にウクライナは「畑から兵士が生える」と揶揄されていた。農業を手伝っていた若者達も問答無用で徴兵され、戦線に立たされた。本人や親が反抗すれば、反革命的という理由で懲罰の対象となった(最終的にはシベリア送りとなった)。徴兵されたあとも、ただでさえ戦場という過酷な環境にあってもさえ扱いはかなり酷く、装備もドイツ軍に比べれば劣悪と言っても差し支えなかった。

士気の低下を防ぐことが急務と見たスターリンは、決定的とも言える命令を発した。それが、この命令第227号である。

注釈[編集]

原文(Wikisourceロシア語版)を出典とし、無理矢理訳出した。

≪≫内は訳注である。ただし、訳者すなわち初版執筆者はロシア語を罵倒語革命用語あいさつぐらいしか知らない。故に、翻訳の正確性は一切保証しない。たとえば"хлеб"という単語が何回か登場するが、直訳すれば「パン」となる。しかし、スターリンがパンマニアまたはパン偏執狂であったという確証が見あたらず、というか「パン」以外に「穀物、小麦」を指す言葉であるため、敢えて「食糧」と訳した。他にも気になったことはあったが、原文がツッコミどころ満載であったため、色々と妥協している。

この命令書を理解するにあたり、もう一つの注意点がある。当時のソビエト赤軍は(現在の中華人民共和国における人民解放軍のように)、あくまでソビエト共産党私軍であった。このため他国家の軍隊と異なり、共産党員である政治将校(政治士官)が一種の見張り役として必ず配属されていた。彼らは保身のため、インパール作戦より無茶な命令を押し付けることが多々あった。このためチェーカー、チェキストと呼ばれ、ナチス・ドイツ軍よりも嫌われていた。

内容[編集]

命令書

ソビエト連邦国防人民委員 第227号

1942年7月28日付 モスクワ

敵は大きな損失にも構わず≪東部戦線≫正面に新しい部隊を投入し、我々の都市や村を破壊しており、新しい領域を占領しながらソビエト人民を暴行し、略奪し、殺害し、ソビエト連邦の領内に深く浸透している。戦闘はヴォロネジで、ドン川近辺で、南方で、そして北コーカサス山脈のふもとで続いている。ドイツはスターリングラードに向け、彼らの持つ石油と穀物といったいかなる犠牲を払っても、罠をしかけたボルガ川クバン川北コーカサス山脈を突破しようとしている。敵は既にヴォロシーロフグラード≪ルハンスク≫、スタロビルスク、ロソシ、クピヤンスク、ヴァルイキ、ノボチェルカッスク、ロストフのドン川方面、ヴォロネジの半分を占領している。南方面軍の一部の兵士は、恥知らずにも臆病で、パニックを起こし、モスクワからの命令なしにロストフとノボチェルカッスクから去り、軍旗を恥で覆った。

赤軍を愛し尊敬する我らが母国の人民は、赤軍がドイツの圧制者の束縛を受けている同胞を放置して東へ逃亡したことにより、信頼しなくなり、悪態をつきはじめている。

一部の愚かな者達は、我々が広大な領土と農地をもち、多数の人口を抱え、十分な食料を提供できるが故に、東へ退却することは問題ないと主張する。彼らは前線での振る舞いを正当化したいであろう。しかしこれは虚偽であり、敵を利するだけである。

すべての指揮官、赤軍兵士および政治将校は、我々の財産が無限ではないと理解しなければならない。ソビエトの領土は無人ではない、人民がいるのだ――労働者、農民、インテリゲンチャ、我々の父、母、妻、兄弟、子供達。敵が占領し、または占領しようとしているソビエト連邦の領土には、軍のための食料及び物資、産業のための金属や燃料、軍に武器や弾薬を供給するための工場や設備、鉄道がある。ウクライナやベラルーシバルト共和国≪現在のバルト三国≫、ドニエツク、およびその他の少なくない我々の領土を失ったため、少なからぬ人民、食料、金属、製品および工場も失った。我々は、毎年7千万の人民、8億ポンド≪約36万トン≫の食料、1千万トン以上の金属を失っている。我々には、人的資源および食料の面において、ドイツ以上の優位性がない。

従って、我々が無尽蔵の資源を持ち、広大な領土を有する偉大で豊かな国々であり、多くの人民を擁していると話すことを、断固退ける必要がある。このような話は間違っており、資源を横取りし、母国を浪費し、かつ我々自身を消耗させる手段であり、もし我々が退却を止めなければ、食料もなく、燃料もなく、金属もなく、原料もなく、工場も設備もなく、鉄道もなくなるだろう。

このことから次の結論に達する、退却を止める時である。一歩も退いてはならない! これは今から我々の主要なスローガンとなる。

各々がそれぞれの持ち場を、全ての領土を1メートル≪単位で≫守り、血の最後の一滴を落とすまで、ソビエトの領土に触れようとする画策を阻止することが必要である。我らが母国は最大の困難を経験している。退却を止め、持ち場に戻り、損失を厭わず敵を打倒しなければならない。ドイツ軍はそれほど強くはなく、臆病者のように見える。彼らの最後の軍備が彼らの重荷になる。いまは彼らの打撃に耐えることだ――これは数ヶ月後の我々の勝利を保証する手段である。

我々は打撃に耐え、そして敵を西に押し戻すことができるだろうか? 可能である、なぜなら我々の後方には素晴らしい工場と設備があり、軍はより多くの航空機を、戦車を、大砲を、迫撃砲を得ることができるからだ。

我々には何が欠けているだろうか? 中隊大隊連隊、戦車部隊、航空部隊に命令≪厳守の態度≫と秩序がない。これが我々の欠点である。現在の状況を救い、母国を守るためには、我々の軍にはもっと厳しい命令と鉄の規律を与えなければならない。

指揮官及び政治将校は、部隊が許可なく持ち場を離れることを容認してはならない。指揮官及び政治将校は、臆病者が騒然とした戦闘状況において、持ち場を離れ、または他の者を連れて逃亡することを容認してはならない。臆病者と卑怯者はその場で処刑されなければならない

これは各指揮官、赤軍兵士、政治将校にとって今後の絶対条件であり鉄則である――より高位の指揮官から命令がない限り、一歩たりとも退いてはならない。中隊、大隊、連隊および師団の各指揮官とそれに対応する政治将校が、より高位の指揮官から命令を受けずに撤退し、前線に穴を開ける行為は、母国に対する裏切りである。なぜなら、命令≪の遂行≫は母国にとって必要だからである。これは母国からの要求である

命令を実行せよ――母国を保全し、我々の領土を守り、嫌われている敵を皆殺しにすることは、敵の敗北を意味する。

赤軍が圧倒した冬の戦い≪モスクワ攻防戦≫の際、ドイツ軍では規律が乱れた際、規律の回復のため、厳しい処置を押し付けたが、これはドイツ人には全く良い結果となった。彼らは臆病者または当惑した者、規律に違反し有罪とされた兵士からなる100個の懲罰中隊を編成し、彼らを前線の危険な位置に配置して闘わせ、罪を血で償わせた。同様に、臆病者または当惑した指揮官から勲章を剥奪し、およそ10個の懲罰連隊を編成してより危険な地域で戦わせた。最終的に、彼らは不安定な師団の背後に特殊部隊を配置し、命令に背き逃亡したり投降したりしようとした臆病者を射殺した。知っての通り、この措置は効果的で、冬の戦いにおいてもドイツ軍は良く戦うようになった。彼らは現状では良い規律を持っているが、他国を侵略するという目的しかもっておらず、母国を守るというより高い目的を持っていないがゆえに敗北で苦しむ。

我々の祖父母が過去の戦いで敵を研究して勝利を得た時のように、我々も敵から学ぶべきであろうか? 私はそうすべきだと考える。

赤軍最高司令部は次の通り命令する:

1. 全ての前線軍評議会と前線指揮官は従わなければならない:

а) 確実なプロパガンダにより、前線の兵士から厭戦感、および退却に危害がない≪という考え≫を、無条件で取り除くこと。
б) 前線司令部からの命令なしに、占有すべき位置から無許可で退却を容認した指揮官は、無条件で、軍法会議にかけるため最高司令部へ出頭させること。
в) 指揮官、より高位の指揮官、それらに対応する政治将校は、1~3個(状況による)の懲罰連隊(それぞれ800名)を編成し、作戦に従事する全ての部隊から臆病者、卑怯者、または規律違反により有罪である者を編入し、彼らの母国に対する罪を彼らの血により贖う機会を与えるため、前線で最も困難な位置に配置すること。

2. 軍団評議会、特に軍団司令官は従わなければならない:

а) 占有すべき位置からの撤退を容認した指揮官、指揮本部付、政治将校は全員無条件で更迭し、軍管区評議会の軍法会議にかけること。
б) 軍団の境界ごとに3~5個の充分に武装した防衛小隊≪督戦隊≫(それぞれ上限200名)を編成し、不安定な師団の背後に配置し、師団の中で臆病者と卑怯者が出た際に射殺できるようにし、師団の忠実な兵士が母国に対する義務を遂行できるために役立てること。
в) 軍団ごとに10個を上限として(状況による)懲罰中隊(それぞれ150~200名)を編成し、臆病者、卑怯者、または規律の違反で有罪である者を編入し、母国に対する罪を血で償う機会を与えるため、軍団前線で困難な位置に配置すること。

3 師団および軍団の指揮官と人民委員は従わなければならない:

а) 師団または軍団指揮官の命令なしに、占有すべき位置から許可なく兵を撤退させた連隊長、大隊長とそれに対応する政治将校は、全員無条件で更迭し、勲章を剥奪し、前線軍管区評議会の軍法会議にかけること。
б) 兵士に命令を忠実に実行させ、また秩序を強化するため、軍団の防衛小隊≪督戦隊≫には必要な全ての援助と補給を与えること。

この命令書は全ての小隊、中隊、騎兵隊砲兵隊、飛行隊、コマンド隊参謀≪の構成員≫が読むこと。

国防人民委員 ヨシフ・スターリン

結果[編集]

「ソビエト陸軍においては、前進より退却に勇気を要する。」
アヴェレル・ハリーマン元駐ソビエト米国大使

これにより、敵前逃亡する兵士を問答無用で射殺する大義名分ができた。一兵卒の立場から見ると「進むも地獄、退くも地獄」という状況である。このような抑圧された状況では日本軍のバンザイ・チャージよりも無茶な突撃を実行するしかない状況も多々発生した。少なくとも戦術と呼べないことは確かだ。

自軍の督戦隊による被害者が多すぎ、またいちいち数えていないという状況もあり、結果的には兵力をいたずらに浪費することとなった。しかし構わず次々に兵力を送り込んだ。とてもではないが戦略と呼べるものではなかった。

最終的には、徹底した力押しで勝ってしまったが。

関連項目[編集]


NRV remove.gif 第1回ノー削除デー作成記事
本項は記念すべき第1回ノー削除デーに作成されました。