ダダイスム

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ダダイスムとは、1910年代に起きた「破壊」「否定」を根底に持つ芸術思想である。この思想は「芸術なんて無い」と言いながらも芸術作品を発表するという矛盾点を持っていたこともあり、すぐに廃れた。主に便器を芸術作品にする。シュルレアリスムと同様、幼児の落書きを褒める際に使われる言葉でもある。

概要[編集]

作品例。
作品例その2。

ダダイスムの最大の特徴は、「支離滅裂」である。一般人から見たら「これのどこが芸術なんだ?」と言ってしまうような芸術作品しか発表しない。芸術作品には大体隠された意味があるが、この思想は「芸術に意味はない」と自己否定しているので何でもありの世界である。しかし、主に過去の芸術の文化、秩序、常識の批判のために出来たような思想なので、人為的なものは全て無くしている。例えば、バラバラに切った文字の書かれた紙切れを紙吹雪のように撒き散らして、それをそのまま「芸術だ」と言い張る、もしくはそこから連想されるものをそのまま実物化したりするという方法がある。

また、妄想かつナンセンス、意味不明、支離滅裂な詩を作ったり、言語の意味を完全に否定したり意味不明にしたり、(周りから見れば)過激なパフォーマンスを行ったりすることもある。

この思想は一般人からすると意味不明であるため、美術館に芸術作品と称した便器を預けると紛失することが多々ある。

よくある作品のパターンとしては、を飲んで泥酔した状態で文を書き、その全く意味不明で支離滅裂な文章をそのまま芸術作品としたり、前述のように紙吹雪で適当にできた単語をどうにかこうにかしたものを芸術作品にしたり、便器を配置したり、写真を適当に撮って落書きしたり、インクのシミを作ったりすることで立派なダダイスムの芸術作品にすることが多い。

「ダダ」というのは辞書を適当に開いて見つけたであると考えられており、名前の付け方にも偶然性の思想が反映されていることが伺える。

歴史[編集]

ダダイスムの起こりは、飛行機ができて「空を飛ぶ夢が実現した」と若者たちは興奮気味だったのが、第二次世界大戦で戦争に使われることになり虚無感を感じ理性の否定を行おうとしたからであるとされている。しかし、実際は世界各地の大都市で便器を美術コンテストに芸術作品と称して出展しようという悪質なフラッシュモブのために作られた。これらのフラシュモブは「ダダ」と呼ばれ、主要なものでは、ニューヨーク・ダダパリ・ダダがある。

シュルレアリスムへ[編集]

「ダダ」を命名したトリスタン・ツァラはアンドレ・ブルトンに誘われ、フランスパリに拠点を移しダダイスムの活動を進めたが、二人の関係が悪化すると、ダダイスムの勢いはだんだん薄れ、代わりに破壊ではなく無意識を探るシュルレアリスムが台頭するようになる(後述)。その後二人は和解しツァラはシュルレアリスムに加わり、完全な終わりを告げた。

人為的なもの、意識的なものを否定するダダイスムは偶然性に頼っていたが、全ての方法が出尽くしネタ切れに苦しんでいた。そこで人々は「偶然性がだめなら無意識は?」という考えに達し、シュルレアリスムに移っていった。自然な流れである。当時の背景として、ユングフロイト心理学の研究をしており、人類の無意識の層が広いもので全人類に共通している、という仮説を発表し、それに高い関心が集まっていたことが挙げられる。

しかし、「これは芸術だ」と言い張る姿勢、幼児の落書きを芸術にこじつけられるという点では変わっていないと言える。

ネオダダ[編集]

一旦終わりを告げたものの、1960年に再び同じような現象が起こり、「反芸術」「ネオダダ」と呼ばれる。美術、芸術を否定し自己矛盾するという点では全く同じだが、60年代では工業化が進み大量生産ができるようになっていたため、工業製品を使うことが多々あったというのがオリジナルとは違う点である。新品を廃品同様に使い古したり、粉々に破壊したりと資源とお金を浪費していた。

ネオダダは世界中に広まりを見せたが、その後「俺達はなんて馬鹿なことをしているんだ」と気づき、ピタリと消滅した。

作品例[編集]

Izumi.jpg

これが最も有名な、教科書にも載っているはずであろう「泉」という名の便器だ。この作品は一度例によって紛失しており二個目が作られた。この画像はおそらく二個目である。なお、形が女性器に似ているなどという考察もあるが、ダダイスムの意味不明さからしてそれは全くあり得ない。

なお、アンサイクロペディアにもダダイスムによる記事がある。→参考

関連項目[編集]