テセウス (戦艦)

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テセウス(ギリシア語: Θησέας英語: Theseus)は、ギリシャ海軍が第一次世界大戦直前にトルコ海軍のレシャディエに対抗して建造した弩級戦艦である。艦名は古代ギリシアの王で第一回アテネマラソンの創設者でもある「テーセウス」にちなむ。

建造の経緯[編集]

この艦の船体はドイツのフルカン社にて建造が進められ、主な構造は、1884年に建造された汽走砲艦キッサの艦首・艦尾に新造した艦体を接合したものである。

しかし主砲の35.6cm連装砲は当時のドイツの技術では製造できず、アメリカに発注された。

砲艦キッサは元々ギリシャ独立戦争で損傷した帆走の鋼製戦列艦であるヘルマフロディーテスを改造して建造された。ボイラーは原型のままだが、原型の艦はオスマン帝国下で長期放置されて喫茶店として使用されていたため機関は16000馬力の蒸気タービンに更新された。1896年のキリスト教徒虐殺事件後の紛争ではクレタ島沖に派遣されたが雷撃により艦の中央部を損傷、自力航行不能となっていた。

ヘルマフロディーテスは元々砲艦ヘルメスが触雷により艦尾を、アフロディーテが艦首を喪失したことから、両者をつなぎ合わせ、舷側砲を大幅に増強し戦列艦としたものである。

砲艦ヘルメスは1724年に木造砲艦アドニスを鋼体化したものであり、アフロディーテは1710年に機帆船ネレイデスから鋼体化された。

ネレイデスは甲鉄船サイレンを元に蒸気機関を設置したものである。ネレイデスの船首像はキプロス沖で遭難したナルキッソス号から船主が移植したものとされ、のちの鋼体化後はアテネ博物館に寄贈された。

砲艦アドニスは帆走フリゲートのヒュラースから改造され、装甲の増強や船体の延長(20.3m)が行われている。

ヒュラースは東ローマ帝国滅亡まで正教会総主教の御用船として用いられたガレー船のネクタール号として知られていた。ネクタール号は、ローマ時代の船として唯一後世に残されたとされる二段櫂帆船(ドロモーン)のガニュメデスを船体前方2/3使用し、新造した船尾と結合して3本マストに改装された。

ガニュメデス号の建造に際しては、テセウスが乗船した大型船の櫂を簡略化し帆走設備を増強、大型化したとされる。この船は紀元前146年のローマ征服時には三段櫂船として大型化していたが、紀元前317年時点では、30本の櫂で進み黒や白の帆をマスト2本に張るオリジナルの姿であった。紀元前480年のペルシア戦争に参加した記録も残されている。

すなわち、当艦の艦名は、2300年前にクレタ島侵攻のため改造前の当艦に乗り込んだテーセウス王にちなむとされる[要出典]

関連項目[編集]

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