トマ・ピケティ

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トマ・ピケティ(Thomas Piketty)とは、ピケを張る真面目なプロレタリアを冷笑しているのにマルクスに匹敵する21世紀左翼の代表に仕立てられたフランス人である。代表作は『21世紀の資本』(Le Capital au XXIe siecle)。

概要[編集]

フランス5月革命の夢破れて冷めやらぬ1971年に生まれたピケティは、ソビエト共産主義の夢ともども崩壊していく1980~90年代に学生生活を送り、英国とフランスの名門校で博士号をとり、新自由主義改革の荒波で苦しむ人民の中に肉体労働で分け入ることなく経済格差を研究して、パリ経済学校で大学教授となった。そして2013年、『21世紀の資本』という書物を公刊して、2011年に米国で絶頂期を迎えたオキュパイ・ウォールストリート運動に深甚なる影響を与え、マルクスに匹敵する学者だと国際的に注目される。

熱狂的論争が全世界で交わされたが、ピケティ本人は「社会主義革命を起こす気のないフランス社会党を他に有力政党がないので支持しているだけのしがない学者に夢中になってどうするの?」と至って無関心だ。左翼と自認しているのに現実に展開される真正マルクス主義団体の民主集中制式意思決定には違和感を隠さず、「左翼だけど、マルクスには何の感慨も沸きません」と冷笑する。その辺りは、代表作に日本語版において「資本」と入れても「資本論」という名付けるのを許さず(資本論の原題はLe Capitalのみ)、訳者に、冷笑主義の言論活動で知られる山形浩生を選んだのをみれば、明らかだろう。時評集の刊行先に至っては、青木書店でもなければ岩波書店でさえなく、なんとブルジョワを礼賛する日経BP社だ。

主張[編集]

所得格差は第二次大戦前後の数十年間だけ縮小していた
バルザックの小説に登場する貧困を現実世界の貧困と直結させる読みを提示して、格差の構造を解説するピケティは、重い相続税累進課税のおかげで第二次大戦の前後の間だけ所得格差が縮小していたと論じる。このような歴史観が21世紀において左翼本流の地位を獲得していると聞いたら、20世紀の同時代を生きた左翼団体は、「ソ連の敵だった資本主義体制の方を褒めるとは何事か!」と激怒し、反動分子として吊し上げるだろう。そんな彼らを「でも、格差縮小を認めるのが今どきの左翼みんなの空気とされています」と冷笑するのが、左翼団体から観たピケティの立ち位置だ。
GDP崇拝をやめよ
反経済成長的な物言いだが、その後には「一人当たり国民所得の方がずっと大事」と続く。決して、金銭より精神や国民総幸福の方が大事などとは語らない。
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資本収益率は国民所得の成長率を構造的に常に上回ってきたし、上回っているし、上回り続けるという主張。つまり、資本経済は国民を未来永劫古今東西、常に凌駕するという左翼団体憤死ものの定理。
自由貿易は原則として正しい
保護貿易を求める一国主義の労働組合に対してピケティは、税制が正当でないとしても、自由貿易の発想そのものを否定しない。「安物が外国から輸入されて国内産業オワタ」などという戯言にピケティは聞く耳を持たない。
週35時間労働制にとらわれるな
ピケティは生産性の向上と肉体負荷の軽減を単純な労働時間測定よりも重視する。しかし、そのために技術革新を断行しようとすると、左翼系の労働組合はリストラ反対とストライキをいつまでも続けるだろう。
ボルケシュタインはフランケンシュタインの怪物ではない
ボルケシュタイン指令は、人件費の安い国から来た外国の労働者をその外国の賃金水準のままフランスで雇って思う存分搾取できる命令だと思った?経営者さん、欧州憲法条約に反対する左翼団体の言い分を真に受けてはいけません。
大学はむしろ過剰だ
ピケティは大学の縮小を前提にした政府からの改革案に対して、いや実際のフランスの大学の教室は学生がいつもすし詰めで、革命勃発寸前でしょうと突っ込む。しかし、ピケティは突っ込むだけで、学生のストはなかなか認めない。
水曜日も学校に行こう
フランスの学校は水曜日がお休みだったが、ピケティはそこに女性差別と教会介入の構造を読み込み、水曜日も学校に通うようになったことを称える。ピケティは手抜きをしたい先生たちの味方ではない。
Nemurineko.jpg この節を書こうとした人は途中で寝てしまいました。
後は適当に頑張って下さい。(Portal:スタブ)

称えられる理由[編集]

このようにピケティは、典型的な左翼の主張を冷笑してばかりの大学教授だが、なぜか左翼団体からその主張を聖典扱いされている。いったいどういうことなのだろうか?

それは史実におけるマルクスエンゲルスの関係を想起すると分かりやすいだろう。史実におけるマルクスはパリで極貧生活だった。資本論で世界情勢を分析しても、その評論を自力で世に広めることはできず、具体的な行動は実業家エンゲルスに任せきりだった。

つまり、マルクスたるピケティは本質的に分析しているだけで格差縮小のために何も実践しない知識分子なので、エンゲルスたる21世紀の左翼団体はその名前を借用して実はピケティが認めていない自分たちの論理をピケティの名前で展開することができる。その主張はピケティのものではないだろうと突っ込んでも、あまりに厚い文献を暗唱できるほどの猛者はいないだろうから、どうとでもピケティのブランドをつけることができる。

史実においても、レーニン毛沢東はマルクスをあまり熱心に読み込まず、ロシアや中国の伝統に都合の良い部分だけを抜き出して「マルクス主義」国家を形成したものだ。現代の左翼が存命人物のピケティを緻密に読み込まず、勝手読みを繰り返したとしても、その所業はマルクスの時代からそう変わるものではない。

読まれ方[編集]

代表作の『21世紀の資本』は700ページ以上ある大型の本で、お堅いみすず書房から刊行された学術書である。とてもとても大衆が読みきれるような分量ではなく、何が書いてあるのか分からなくなること必定だ。そのため、要点を分かりやすくまとめたガイドブックが原典の売り上げを上回るほどに多数刊行されている。

ガイドブックは原典より概して読みやすく、ガチの共産主義者が出したマルクス論よりも遥かに親近感の沸くものだ。ピケティ論議にガチさがないのはきっと、9割9分のピケティ論者が『21世紀の資本』を自分の力だけでそのまま読破せず、ガイドブックだけを読んで論文を書いているためと思われる。

解釈者には誰を選ぶべきか?ピケティは冷笑主義の代表的言論人を日本語の訳者に選んだ。ならば、生真面目に読み解き革命を唱える人間よりも、冷笑してあれこれ愉快な解説を行う人間の方がより的を射た分析ができるのだろう。

関連項目[編集]

Wikipedia
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