ネズミ講

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ネズミ講(-こう)とは、ペットブームから派生した講社であると共にその活動全般を指す。

概要[編集]

ネズミ講は富士山への登山を取り仕切る富士講大勢での極楽往生を求める念仏講と同じく、江戸時代に成立し市中で広く流行したもの。当時の江戸は今で言うペットブームに沸いており[1]、特にネズミはその繁殖力から商売繁盛や家督繁栄に繋がるとして好まれていた。絵入りの飼育指導書「珍玩鼠育艸」なども出版され、色や模様を比べて楽しむ事も多かったという。現代のハムスターブームに比べても、その勢いは非常に強かったのである。

その一方で「不潔な場所にいるネズミが病気を媒介する」という医学知識は既に戦国時代頃海外から持ち込まれており[要出典]、ネズミの飼育にはしっかりとした管理が必要だという考えは江戸時代初期には完成していた。そこで衛生体制を守るため、ネズミ飼育の知識を共有するなど飼育者のネットワークを構築する必要が出てきた事で生まれた講社が、このネズミ講である。

ネズミ講の活動[編集]

富士講が加入者間で富士詣りの管理をしていたように[2]、ネズミ講に入っていると出所のしっかりした飼いやすいネズミを安価で入手することができた。また掛け合わせによってどのようなネズミが生まれるか、飼育するのにどんな餌がいいか、などの情報を会報誌によって定期的にやりとりすることで、多くの愛好家の交流を手助けしていた。これは結果としてメンデルに先駆けた大規模な交雑実験ともなり、江戸の科学レベルを大きく押し上げることとなった。

しかし江戸末期になると、珍奇な模様や色合いのネズミを高額で売買するという商取引が主体となっていった。また繁殖力の高さを活かして「先子鼠売買」、つまりまだ生まれてもいない子ネズミを取引材料にする所謂「商品先物取引」も横行し、「季節が変わって子ネズミが生まれれば、いくら投資しても必ず取り返せる」と古女房どころか家屋敷まで担保に入れ多額の借金をしてまでネズミを買うという事例も出始めた[3]。実態のない架空の経済活動があまりにも肥大化した事で、幕府が「市中の経済を乱す」として処罰対象[4]とした事によりネズミ講は歴史の表舞台から姿を消すこととなった。また明治以降も、経済の安定を優先しネズミ講は事実上禁止されている。

脚注[編集]

  1. ^ 江戸市中では、金魚ネズミが三大人気ペットだったと記録されている。また季節の虫(鈴虫)も、都市化が進んで自然が少なくなった江戸では珍重されていた。
  2. ^ 富士講に入った者が抽選で優先的に富士山へ登れるようにし、登山制限によって事故や遭難を防いでいた。そして抽選に漏れたり登山に向かないと判断した場合、「富士塚」と呼ばれるレプリカの富士山に登らせたとされる。
  3. ^ 「土地は絶対に値下がりしない」という信仰から過熱した、1980年代の不動産バブルと同じ図式である。
  4. ^ 当時はこういった経済監視は珍しくなく、折り詰め一つが二両という高級持ち帰り寿司店が処罰され廃業した例もある。

関連項目[編集]

歴史の渦に巻き込まれる! この項目「ネズミ講」は、歴史に関連した書きかけ項目から歴史に残る記事進化しなければならない。
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